第60話 家に着いて(12月30日 あの時から4時間30分)

文字数 2,214文字

 亨玲は、燈を子供室より広い寝室で休ませた。電気ポットで白湯を作り燈に飲ませ、時呼に電話をしたら通話中だった。
 「ちょっと待っててね」
 燈に断りリビングの様子を見に行く。リビングは家を出た時と変わらない、酷い有様だ。幸というか、被害を受けたのはリビングキッチンだけで、他の家の部分は今まで通り使える。
 業者には病院を出る前に連絡しておいた。四時頃には直しに来てもらえる。
 寝室に戻り実家に電話を入れた。状況を話すと、両親とも明日憶の見舞いに来ることになった。通話中に業者が来たので電話を切る。業者に割れた窓と損傷を受けた家電や家具の撤去、応急処置として窓枠に板を張ってもらう作業をお願いした。
 メールをチェックすると、一つは時呼からで、明日義母が憶の見舞いに来ると書いてあった。師匠からのメッセージもあり、今日首都に来るようだ。時呼に電話する。
 「トキは大丈夫?…燈はベッドで休ませてる。…僕の両親も明日見舞いに来るよ。それから、師匠も今晩首都に来るとメッセージがあった。…関係あると思う。僕が思っているよりも、師匠は深く関わっているみたいだ」
 時呼は「それじゃあ」と何か言いかけて「なんでもない」と口を閉じた。
 亨玲には時呼が何を言おうとしたのかわかった。
 なぜ自分達は首都を離れなかったのか。
 それは、亨玲も悩むところであった。気を見た限りでは首都にいても問題はないはずだった。でも現実は違う。その事については、自分が見誤ったと亨玲は感じていた。
 「病院に行く前にも師匠から連絡があって…」と、亨玲は自分が知っている事を話すと、時呼は少し驚いたような様子だった。
 「師匠も初めての体験だと言っていたよ。…これから師匠に連絡するところだ。…ああ、わかってる。時呼も気を付けて。…ふふ、それじゃあ、明日」
 亨玲は時呼との通話を終えて、師匠にメッセージを送る。すぐに返信があった。師匠は今首都に向かう電車の中だった。メールでやりとりし、師匠と明日の午前十時に病院で会うことになったので時呼にもメッセージを送る。
 時刻は五時。リビングに様子を見に行くと、ちょうど作業が終わるところだった。散らかったガラス破片はなくなり、窓は撤去され板が張られている。
 「天ノ宮さん、もう終わります。今のところはこんな感じですがいいですか?新しい窓は、入荷は年明けてからになりますね」
 「ありがとうございました。大丈夫です」
 業者を見送り、寝室に戻る。
 さて。夕食をどうするか。キッチンは、まあ使えなくはないが、調理するのもな。燈を置いて自分一人で買い物に行くのも、燈と一緒に出かけるのも無理がある。デリバリーがあればいいが。
 燈は寝息を立てて眠っている。まだもう少し寝させておくか。…やはり、気が弱まっているな。
 亨玲は静かに寝室を出てギャラリールームに行った。意識を研ぎ澄まし、壁棚に保管されている石に意識を向ける。反応したのは、二つの石。ムーンストーンとチャロアイト。二つの石を取り出し、寝室に戻る。
 気配を感じ取ったのか、燈が目を覚ました。
 「…パパ」
 「目が覚めた?大丈夫か?燈」
 「…うん」
 「燈、ほら」
 ムーンストーンとチャロアイトを燈に見せる。
 「わぁ。きれぃ」
 「燈を守ってくるお守りだよ。薄い水色の石がムーンストーン。紫の石がチャロライト」
 「くれるの?」
 「そう。燈のだよ」
 「ありがとぉ」
 燈は上体を起こして二つの石を手に取った。
 「ムーンストーンと、ちゃ、ちゃらい…?」
 「チャロライト」
 「チャロラィトォ」
 「うん。燈、喉乾いてるだろ」
 亨玲はポットからお湯を注ぎ、常温のミネラルウォーターを混ぜて温度を調節する。
 「うん」
 「はい。ムーンストーンとチャロライトはここに置いておこう」
 「うん」
 燈の手から石を二つを受け取って、ベッドサイドテーブルに置き白湯を渡す。燈は両手でカップを持って、コクコクと飲んだ。
 「燈、夜ご飯はどうしようか?」 
 「…う〜ん。…わかんない」
 モバイルのデリバリーアプリを見てみる。案の定デリバリーに対応していない店が多いが、こんな日でも意外とデリバリーに対応している店も揃っている。
 「意外とやっているな」
 『りゅうのたいげつ』というお店が目に止まり、聞いたことがあるような気がした。どこで聞いたのか。お店の紹介を見ると、中華薬膳料理と書いてあり思い出した。
 「『六季』の料理人が独立して開いた店か」
 帰り際にもらったショップカードが、確か『りゅうのたいげつ』だった。亨玲はメニューを見て、燈に玉子粥と中華風コーンスープ、自分には薬膳炒飯を注文した。
 「四十分ぐらいでご飯が届くよ」
 「うん」
 六時前に料理が届いて、燈と食事をする。
 「おいしー」
 一口コーンスープを飲んで、燈の顔が和む。炒飯には海老、黒木耳、クコの実が入っていた。味付けは『六季』らしい薬膳を感じさせつつ、完全に中華になっている。燈も、思いのほかしっかりと食べ、食後に薬を飲ませた。
 燈に歯磨きをさせ寝かせた後、亨玲もシャワーを浴びて燈の隣に横になる。まだ時間は早いが電気を消して、体を休めることにした…。
 …ふと気配を感じて目を開く。隣では燈が寝息を立てている。静かに体を起こし、モバイルを見ると時刻は十一時二十九分だった。
 「…この気は、憶か?」
 燈は少し顔を歪めうなされている。亨玲は嫌な予感を感じ、時呼に電話した。
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