第55話 黒い水の中で

文字数 2,597文字

 暗い空間を泳いで行くと、何か見えてきた。
 (ほら。あれ)
 (何かあるのはわかるけど、まだよく見えない。もう少し近寄ったら見えるかな)
 バスタオルとか毛布とか、何か四角い布みたいな物が漂っているように見えるけど…。何あれ?凧?
 (…あ)
 真っ暗な空間にある黒い物体なので、手の届く距離まで近付かないとわからなかった。
 (ミカ。ここがどこか、わかったよ!)
 (ん?どこなの?)
 (ベイシティー・ビーチ・アクアリウムのメイン水槽の中だと思う)
 (ベイ、ビー、リム?何それ?)
 (水族館。魚や海の動物がたくさん見れる所)
 猫のミカに言ってもわからないよなあと思いながらも言ってみたけど、やっぱり、ミカは首を傾げてピンときていない様子だ。
 (これはエイっていう海の動物なんだ。このエイでわかった)
 (ふ〜ん。でも、生きてるの?)
 (わかんない。死んでるようにも、寝てるようにも見えないけど)
 エイは優雅に泳いでいる姿勢で、黒くなって固まってる。
 何か、デジャヴを感じるなあ。うーん…。
 …あ、氷の動物だ。氷の動物の真っ黒バージョンだ。もしそうなら、セツの村の人たちみたいに治せるかも。
 (ちょっと試してみたいことがある)
 僕は、腰袋からセツがくれた無患子(むくろじ)の羽根を取り出した。
 (何するの?)
 (できるかどうかわからないけど、もしかしたらエイを治せるかも)
無患子(むくろじ)の羽根と自分の手をエイに当てて(治れ)と心の中で唱えてみた。するとエイの体から黒い靄が剥がれて、溶けるように消え始めた。
 黒い靄が消えた所から光が漏れてくる。エイの体が、思ってた色じゃなくて金色に光っている。その光に照らさせて、真っ暗だった水槽の中もエイの周囲だけ明るくなった。
 光のエイは突然泳ぎ出した。辺りをグルリと一回りして、僕たちに注意を向ける。
 …。
 (大丈夫?)とエイに声をかけてみる。
 …。
 返事はない。お互いに見つめ合ったまま沈黙が続いて、エイはふいっと行ってしまった。
 (言葉が通じなかったのかな?)
 (そうみたい。でも敵意は感じなかったよ?どうする?)
 どうしようかな。もう少し明るければいいのにと、遠くへ泳いで行く光のエイを見て、思いついた。
 (そうだ。ミカ)
 (ん?)
 (この水槽で、一番大きな物の所に行こう)
 (いいよ。こっち)
 一番大きな動物といえば決まっている。
 (うわ〜。近くで見るとでっかいな〜。二つもあるし、あ。これもしかして『赤の川』で見たやつかも。こんなの動いたらヤバイよ〜)
 (大丈夫だよミカ)
 無患子の羽根を持って、ジンベイザメに手を当てる。そして闇を晴らすように唱えた。黒い塊から靄が剥がれていき、光が溢れ出してくる。
 (にゃ、眩し)
 ミカが顔を背けて目を手で覆う。
 闇が晴れ、ジンベイザメの全容が現れた。ジンベイザメがのっそりと動き、瞼が開く。少し対話を試してみたけど、やっぱり言葉が通じない。
 もう一頭のジンベイザメも、同じ方法で闇を晴らした。巨大な光のジンベイザメが二頭復活して、周囲が比較にならないほど明るくなった。狙い通り。
 (これでだいぶ明るくなったね)
 (うにゃ、眩しー)  
 周囲が見えるようになって、水族館の構造がわかるようになってきた。やっぱりここはメイン水槽だ。もしかしたらイルカのいる水槽に行けば、お母さんイルカに絡まっている、黒い靄の元凶がわかるかもしれない。
 (ミカ。だいたいならここの構造がわかるから、ついて来て)
 (オッケー)
 とりあえずこの水槽から出ようと上に向かう。上がって行くと、足場のような通路が水中を横切っていて(あれっ?)と思った。壁沿いには梯子や通路が見える。その上は水族館の天井だ。
 (どうしたの?ココロ?迷った?)
 (あ、うん。ちょっと。思ってたのと違って。水槽から出ようと思ったんだけど、上の方まで水で満たされてる。でも、このまま泳いでイルカの水槽に行けばいいから)
 水槽の外に通じている通路まで泳ぐ。ここまで来るとジンベイザメの光も遠く薄暗い。通路の先に開いている扉がかろうじて見えた。その扉を通って先に進む。
 (こっからどうする?)
 ここからは光が届かず真っ暗だ。虹蛍のおかげでギリギリ自分の体が見えるだけ。僕が答えられずにいると(あ。あっちの方で光が動いた)と、ミカが前方を指差した。
 (行ってみる?)
 (うん)
 ミカに手を引かれて進んで行くと、僕にも光が一瞬見えてすぐに消えた。
 (あ。あっち行った)
 (ミカも見失ったの?)
 (あっちの水槽に入って行った)
 (行ってみよう。もしかしたら、イルカの水槽かも)
 光を追って水槽に入る。
 (あ。光だ。それに、ココロ。ここにも辺な形の物がいっぱいあるよ)
 (僕にも光が見える。けっこう動きが早い。さっき助けたエイかな?)
 (あ〜きっとそうだ。あんな形だったね。あのエイ、同じ場所でグルグルしてる。ん?あそこにも塊があるよ。丸い塊)
 (丸い塊?)
 近付いて行くと黒い靄の塊が見えてきた。今まで見たのとは違い、不定形の密度の高い靄の塊だ。光のエイは、この靄の周りをグルグルと泳いでいる。
 (もしかして、これが、お母さんイルカに絡まってた黒い筋の元凶?)
 (きっとそうだ。ココロ、この靄を晴らしてみて)
 僕は無患子の羽根を持って、靄の塊に手を伸ばした。その伸ばした手の付近だけ、黒い靄が晴れていく。さらに近付いて、体全体で黒い球体をかき分けるようにして、靄の中に入って行く。
 (ココロ、大丈夫?)
 (うん、僕はなんともない)
 そして僕は見つけた。靄の球体の中にいる、自分よりも小さいイルカの赤ちゃんを。そっとイルカの赤ちゃんに触れる。イルカの赤ちゃんを覆っている靄が、少しだけ霧散して、すぐにまた靄に包まれる。
 僕は、もっと強く闇が晴れるように念じてみた。でも、黒い靄はなかなか晴れない。無患子の回復の力と、闇の修復力が同じぐらいで拮抗している。
 くっ…。靄が、晴れない…。
 その時だった。
 (はい、お兄ちゃん。かしてあげる)
 頭に声が響いて、急に光が溢れて、靄が消滅していく。
 (ニャッ!?まぶし!?ココロッ!何それっ…!)
 ミカが目を抑えて指差しているのは、僕の腰の辺り。腰袋に、何か光っている物が付いている。
 (何だ?これ?…キーホルダー?)
 (たいようのしずく。明るいパワー。かしてあげる!)
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