第72話 気力

文字数 2,323文字

 パ、パ、パ、と街路灯が灯り、青白(せいはく)の光が道を照らす。
 「こっち!」
 お兄ちゃんがカゲリちゃんをおんぶして、フェンもいっしょに道を歩く。
 「ところで燈、その光は?」
 「えへへ。これ、むらさきの石」
 燈は手にした紫の石を憶に見せる。
 「これでカゲリちゃんからひかりを守ってたの」
 お兄ちゃんは、むらさきの石を見て「知らない石だ」と言った。
 「もう一コあるよ」
 ひかりはポーチの中から青白の石を取り出した。
 「これは名前がわかる石でムーンストーン。でもカゲリちゃんにはぜんぜんきかないの」
 「ムーンストーン。カゲリに効かないってことは他に使い道があるんだよな…」
 「うん。お兄ちゃんとフェンが来てくれた時に光ったよ。それから、ほら。あの光」
 ひかりは道の明かりを指差した。
 「電灯の色がムーンストーンと同じだね。ムーンストーンは助けを呼んだり、道を示してくれる石なのかも」
 「うん」
 カンカンカンと踏切の音が鳴り出した。道の先に踏切がある。遮断機が下りて燈たちは立ち止まった。電車が通過するのを待つ。
 ガタンガタンと電車が走ってくる。その電車はだんだんとスピードを落とし、踏切の位置で停車した。
 「あれ?止まっちゃった」
 遮断機が上がる。
 「まだ電車あるのに」
 プシューと電車のドアが開いた。
 「電車に乗れってことかな?」
 「うん」
 電車に乗り込んで、カゲリを座席に座らせる。フェンリルは燈に寄り添うように、床に伏せた。プシューとドアが閉まり発進する。
 「燈、この電車どこに行くの?」
 「お祭りの所」
 「お祭り?」
 「うん」
 電車はガタンガタンと揺れながら走っていく。外の景色は街の夜景から真っ暗な森に変わり、緩い坂道を登っていく。森が薄明るくなってきた。
 「わあ。見て、お兄ちゃん」
 「あ。花が光ってる」
 森の木に咲く花が、淡い桃色の光を発している。
 「あれって、さくらかなぁお兄ちゃん?」
 「桜に見えるね」
 電車は開けた原っぱに出て停車した。
 「止まった」
 プシューと音を立ててドアが開く。燈と憶とフェンリルは外に出た。そこは、山の中の平野だった。周囲の桜が淡く全体を照らしている。芝生の野花も色とりどりに淡く光を発していた。
 しかし、燈が最初に目についたのは、平野の中央にある青白色に光る柱だった。
 「お兄ちゃんあそこ」
 「光の柱がある」
 「カゲリちゃん、なおしてあげるからね。そうしたらまたいっしょにあそぼうね」
 「あそこって、見覚えがあるような」
 「お兄ちゃんおぼえてないの?ほらあ、ミコさんたちの〜」
 「あ、あ〜。巫女さんたちが輪になって回ってた…」
 「うん。それ」
 光の柱の中に入ってみると、細かい粒子が舞い上がっていた。憶が、カゲリを光の中に横たえる。粒子がカゲリに集まっていく。カゲリは瞼をうっすらと開けた。
 「…ひかり」
 カゲリは立ち上がり、燈と抱きしめ合う。
 「燈とカゲリは、一体何をしててああなったんだ?」
 「ひかりが、かぜ引いちゃったから」
 「風邪?」
 「うん」
 「燈、大丈夫?」
 「うん」
 「…で、風邪とカゲリはどういう関係が?」
 「えっとね、カゲリちゃんがひかりを守って、きょだいなテキとたたかったの。でも負けちゃって、カゲリちゃんはああなっちゃったの」
 「…その、巨大な敵とは?」
 「だから、そいつなんだよ。ひかりをかぜにしたの」
 「…なるほど。で、燈とカゲリは姉妹なんだっけ」
 「そうだよ。ね。カゲリちゃん」
 「そうよね。ひかりちゃん。お兄ちゃん、さっきはありがとう」
 「いや、別に」
 「お兄ちゃんはこれからどうするの?」
 「燈とカゲリが大丈夫なら、僕はもう戻らないと。今度は僕の番だ」
 「お兄ちゃんの番?」
 「うん」
 「わかった。じゃあお見おくりする」
 「フェンリル、道わかる?」
 「こっちだよ。ココロ、ヒカリ」
 フェンリルは森の中へと入って行き、憶と燈も後に続いた。樹木の花や野花が淡い光を発する幻想的な情景の中、白犬に導かれた兄妹が歩いていく。
 「お兄ちゃん、すごくキレイだね」
 「ファンタジーだね」
 「フェンもキレイって思う?」
 「ああ。神聖な森だ」
 燈は満足そうにえへへと笑った。
 しばらく行くと、木々の隙間から鳥居が見えた。
 「おまいりのところ?」
 「みたいだね」
 「着いたよ。ココロ。ヒカリ」
 鳥居の傍に、狼の石像があった。鳥居をくぐると正面に御堂があった。お堂へと歩を進める。
 「燈。僕はここで戻るよ。すぐにまた会えるから」
 「ぜったいだよ、お兄ちゃん」
 「うん。そうだ。燈。これ」
 お兄ちゃんのバックについている物をひかりに渡してくれた。
 「ひかりの大切なキーホルダー」
 「わあ、こはくのキーホルダー」
 「燈に返すよ。ありがとう」
 「もういいの?ひかりが持ってていいの?」
 「うん。そんな気がする」
 ひかりはうれしくなって、こはくのキーホルダーをポーチにしまった。
 「じゃあ、鳴らすよ?」
 「うん」
 「お兄ちゃん、またあそぼうね」
 カゲリが憶の裾をすっとつかむ。
 「また遊ぼう。カゲリ」
 お兄ちゃんはお堂の大きな紐をつかんで、カランカランと鈴を鳴らした。
 「ほら。燈も」
 「うん」
 燈とカゲリは一緒に綱を持ち、カランカランと鈴を鳴らす。手を合わせ、目を瞑る。
 またすぐお兄ちゃんに会えますように。
 ポツ。
 手が濡れた。
 ポツ、ポツ。
 手と頬っぺたが濡れた。
 雨?
 ひかりは目を開けて、お兄ちゃんの方にふり向いた。
 …お兄ちゃんがいない。もう戻って行っちゃったんだ。
 「フェンるルもいない…」
 ここには誰もいない。ひかりとカゲリちゃんだけ…。
 ひかりは上を向いて空を見た。
 「あ…」
 燈は目を見開いた。
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