東京砂漠  電車編 

文字数 1,478文字

東京の大学に通う事になった。

田舎から出て来る時、爺ちゃんが言った。
「東京は東京砂漠っちゅうくれえだから、気ぃ付けて暮らせや」
僕は「何じゃ?東京砂漠って」と思った。


 田舎から出て来て真っ先に驚いたのは、大人がスーツを着て自転車に乗っている事だった。すごい違和感に襲われた。
田舎では大人は車に乗る。
自転車に乗っているのは小中高の若輩共が主である。彼らは運転が出来ないから。
それもスーツで自転車に乗るなんて。
まず無いなと思った。


次に驚いたのが満員電車の凄さだった。
電車が3,4分置きにやってくるのにも驚いたが、その混雑と言ったら。
噂には聞いていたがこれ程過酷だとは思わなかった。

入り口付近に立っていたら、いつの間にか車両の中央に押し込められていた。ドアは果てしなく遠い。目的の駅で降りようと藻掻くが降りられない。
「すいません。降ります」
そう言ってドアに向かったが、時すでに遅し。満員電車の中に更にわらわらと人が入り込み、そしてドアが閉まった。しんとした電車の中でなんとなく立場を失くし、さっきの「降ります」と言った言葉を飲み込みたいと思った。

皆、視線を合わせない様にしている。
視線の置き場に困るなんて今まで経験したことも無かった。
この混雑の中で文庫本を高く持ち上げ、あくまでも本を読もうとする強者がいた。
スマホを取り出そうにも手が動かない。下手に動いて痴漢と間違えられても困る。
僕はじっと蓮の花と寺が映っているポスターを見ていた。
「永代供養。樹木葬もあり。宗派は問いません」
それを頭の中で何度も読んだ。

次の駅に着いて、必死で前の人に食らい付いて電車を降りた。
やって来たホーム反対側の電車を2つ見送り、3つ目に夢中で乗り込んだ。
ドアの上に手を掛けて体を入れる。
「ちっ」という舌打ちの音が後ろから聞こえた。
僕は振り返る勇気が無かった。
今日はもう終わりにしてこのまま家に帰りたかった。



ある日の事。
ぎゅうぎゅうの電車に乗り込んだ。もう、誰も乗れないだろうと思っていると、リーマン風の男が突進して来た。それも肘を立てて「がん!!」と僕の隣にいた若いリーマンにぶつかったのである。
状況を分かりやすくするために無理無理に乗り込んで来たリーマンを「リーマン1」とする。もう一人を「リーマン2」としよう。

リーマン1はタックル状態で乗り込んで来た。
そしてリーマン2に肘を喰らわせた。
リーマン2は怒った。
「痛え!!何すんだ。馬鹿野郎!降りろ!!」
そして一度乗り込んだリーマン1の腕を取ると、ドアの外に投げ出した。
隣にいた僕は驚いた。朝っぱらからこんな暴力沙汰が起きるとは。
これが東京砂漠たる所以なのか?

リーマン1は「何をするんだ!!この野郎!お前こそ降りろ!!」と言って、また突進して来た。
リーマン2は「お前こそ降りろよ!!」と言ってリーマン1を両手で突き飛ばした。
「危ない!」
僕は思わず手を出したが、勢いが付き過ぎて、彼の体にぶち当たった。結果として彼を突き飛ばした様な形となってしまった。
「あっ」
僕は言った。
「あっ」
彼も言った。
僕は慌てた。
「済みません。そんな積りじゃ」
リーマン1は尻もちを突いた。
その時ドアが閉まった。
リーマン1は何かを喚いていたが、電車は何事も無かった様に走り出し、リーマン1の悪態も車窓の向こうに消え去った。
茫然とする僕にリーマン2は目を合わせて軽く頭を下げた。
僕は目を逸らせながら曖昧に頷いた。
いや、加勢した訳では無くて・・・。
そう言いたかったが、勿論言えなかった。



学習したこと。

1.込んでいる電車に乗ったらドア付近を死守する。
2.トラブルには関わらない。




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