めっちゃ諦めが悪い 4 ~車

文字数 1,504文字

余りの恐怖に指先まで痺れた。
胸のざわつきは収まらない。

真っ暗闇の中を車は進む。

片側は深い谷になっているはず。白いガードレールだけが車のライトに照らされる。ガードレールの有難さをしみじみと感じる。

それが途中から消えた。

虚空と道との境が分からない。
駄目だ。どこかで止まらなくては。危ない。道が見えない。
「祥。どこかに止まらなくちゃ危ない」
「分かっている」
祥がイラつきながら返す。


漆黒の闇。
ライトが当たるところだけ、木々が現れ、そしてまた闇に消える。
祥は山側を注意深くのろのろと運転する。
巨大な闇の空間を車は走る。

「あっ。祥。そこに脇道があった」
私は通り過ぎた道を指差す。
祥はブレーキを踏むと、山側に車を寄せて4wayハザードを出す。
こんな場所で必要か?それ。車なんか来ないよ。そう思ったが、いや、分からない。
何でも有り、な場所だから。

私は車を降りた。
両手にライトを持って誘導する。余りに深い闇に背筋が寒くなる。
祥は慎重にバックをする。
「あった!」
森と森の隙間に小さな林道。

「ん?」
私は耳を澄ませた。
・・遠くから車の音がする。
後ろを振り返ると、山の向こうが時々照らされる。
こんな真夜中にこんな山道で。

それもガードレールも明かりもない漆黒の闇の中で。
音を聞く限り、かなり飛ばしているみたいだ。
信じられない。

「やばい。祥。車が来る。急いで。飛ばしてきてる」
停まることも、追い越すことも出来ない細い道だ。
祥は「くそ!」と呟くと、「ナツ。どいてろ」と言って、加速した。
私は慌てて怒鳴った。
「祥。落ちる!ストップ!」
祥はハンドルを切り返すと小道に車の頭を突っ込む。
タイヤが砂利を踏む音がした。
そして止まった。

「ナツ。早く」
私は急いで車に乗り込む。
祥は車を奥に進めた。
「河合が追いかけて来たのかも知れない」
私はリュックから武器を取り出す。

ライトもエンジンも切った。窓はほんの少し開けてある。
外の気配が分かる様に。
静寂の中に車の音が近づいて来た。

暗闇が覆い隠してくれるといい。
車も祥も私も。
お願いだから私達を隠して。



私達は体を低くして神経だけを尖らせる。
心臓の音だけが体中に響く。息を詰める。
心臓はバクバクと鳴っている。鼓動が頭の天辺まで響く。
車の音が大きくなってきた。
近付いて来た!


「ナツ。頭を低くしろ」
祥が囁く。ナイフを握る手にじっとりと冷や汗をかく。
今にも口から心臓が飛び出そうだ。
息を止める。

「来た!」
ぎらぎらするライトが森を照らす。車に反射したかも知れない。
お願いだから気付かないで。

車は凄い速さで私達の後ろを走り去った。
ライトとエンジン音が遠ざかって行くのを全身で感じていた。

私達はもう崩れ落ちそうだった。
二人で大きな息を吐いた。
暫くは口もきけなかった。

もしもこの林道に気が付かないで、とろとろとあの道を走っていたら、今頃は谷底に
突き落とされていただろう。
震えが全身を襲う。

ナイフを仕舞おうとしてそれが手から離れないのに気が付いた。
「祥・・手が・・・」
がちがちと歯を鳴らして震える私の指を一本一本開いて祥はナイフを取り上げる。
そして私の体を抱いた。
「大丈夫だ。ナツ。大丈夫。もう去った。もう去ったから。もう安心だ」
祥は優しく言い聞かせるように何度もそう言って背中をなでる。

「・・あれ、ど、どう考えても人じゃないよね・・・」
私は震えながら言った。
「ああ・・人間業じゃない。信じられないな。・・良かった脇道に入っていて・・」
ふうと息を吐く。

祥は私が落ち着くまで私を抱いていた。

「ナツ。ここにいろ。俺はちょっと」
そこまで言って祥は耳を澄ませた。
私も耳を澄ます。

車のエンジン音が・・。
「げぇ!」
私は思わず叫んだ。
戻って来た!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み