本当にあった不思議な話

文字数 1,946文字

久し振りに友達と飲んだ。コロナが少し落ち着いて来たし、ワクチンも打ったから。
友人は相変わらずビール。そして私もビール。

「あなたの話の中で何が一番怖かったって、あの夜中に誰かが来て玄関に立っていたっていう話」
友人はそう言った。
「確かにあれは私の人生の中で一番に不思議かもね」
私は言った。


 
 東京や近郊の都市部に住む人には分からないだろうが、田舎は、夜は真っ暗になってしまう。
本当に真っ暗になる。
歩く人などいない。だってみんな車だから。夜の9時とか10時の時点で真っ暗です。
「夜中に笛を吹くと良くないモノが来る」などと祖母は真面目な顔で言う。
私は百鬼夜行は本当にあるのでは、と思っていた。

そんな田舎に生まれ育った。

大学受験の頃。
夜中の二時ごろ。
自分の無能力さに歯軋りする思いで数学の問題を解いて、それで、庭に出たのだ。
夜中の二時に。
気分転換をしたかった。

家の敷地は広く、庭も広い。
夜に庭を散策するのが好きだった。そういう変な子供だった。
月の光がまるで昼間の様に辺りを照らすのを不思議な思いで眺めた。
そんな夜に静かに呼吸を繰り返す植物を眺めるのが好きだった。

「植物の緑は緑色の光線を吸収しないで反射するから緑に見える」らしい。
んじゃ、本質は何色なの?
光の無い所で見たら。
そりゃ、黒でしょう。光が無ければ。
どう考えても黒しかない。
そうなの?
観察しようとすると、その手段が実体を損なう。
例えば、極小のモノに電磁波を当ててその実体を確かめようとすると、それが実体を損なうような。
そんな事を考えながら植物を見る。
世の中は疑問だらけだった。
よく見かける、小さい子が「何で?」「何で?」と五月蠅く聞く、あのレベルで私は「何で?」を思い付いた。そしてそれを考えた。調べたり考えたりして解決出来る事もあったが、残念な事にその理屈は私には難し過ぎるという事が大部分を占めた。


父は庭造りが好きだった。
庭には梅や松や紅葉があり、灯篭や大きな石もあった。
金木犀や山茶花や沈丁花・・・菊や女郎花や。
私はその木々の名前を調べ、匂いを確かめ、花が咲くとスケッチをしたりして過ごした。


家とそれ以外の場所、それを仕切る柵などは無かった。
だから入り込もうとするなら、誰でも簡単に入り込むことが出来た。

問題は、そう、時刻だった。
夜中の二時。誰も歩いている人はいない。

星空を眺め、さて、勝手口から家に入ろうと思ったその時、
「御免ください。・・御免ください」
と言う声が玄関から聞こえた。
玄関の常夜灯の下にスーツ姿の男の姿が見えた。
中年らしいその男は、玄関先で何度もそう言った。

夜中の二時。

私は何で今頃と不思議に思ったが、別段怖くも無く、普通に
「はい」と返事をした。
しかし、男は私に気が付かなかったらしく、「御免ください」を繰り返す。
「ここに居ますよ」
私は男に声を掛けたが、男は気が付かなかった。

私はすぐに勝手口から家に入り、玄関に回って玄関の鍵を開けた。
当たり前の様に。
躊躇は全く無かった。
その辺りの考え無しさが今になって思うと逆に一番不思議なのだが。

がらがらと引き戸を開けた私の目の前には誰もいなかった。

「あれ?」
私は辺りを見回した。
男は消えていた。ただ、常夜灯だけが、ぼんやりと無人の玄関を照らしていた。

私は「おかしいな」と思いながらも、そのまま鍵を閉めて、また部屋に戻って勉強を再開した。

次の日、父親にその事を話した。
「夜中の二時にね。誰かが『御免ください』って来たんだよ。それで玄関を開けたら誰も居なかった」
父親に叱られた。「そんなの、開ける馬鹿者がいるか」と。
当然です。
至極真っ当な意見です。

「多分、酔っ払いじゃないか」
兄はそう言った。
その時刻に田舎で酔っ払いなど歩いていない。周囲は田んぼと畑だけ。
それと川と林と森と神社と寺。
居酒屋なんて無い。

「あれは誰だったのだろう・・?」
私は今でも不思議に思う。
あれから何年も過ぎたのに。
常夜灯の下に立つちょっと小太りの男。

オカルト好きの友人は言った。
「その人と、あなたは違う次元にいたんだよ。だからあなたの声に気が付かなかったんじゃないの」
そう言った。
「ふうん。・・だったら、何でその人の声は聞こえたのだろう」
私は独り言の様に言う。

私はもしかしたら、あの人は家に帰って来たのではないかなと感じた。
どこからか、帰って来たのではないかと。
自分の家だという確信が無かったのでは?
それとも家人に何か用があったのだろうか?
あんな時刻に。
そんな訳がないでしょう。

本当の所は分からない。ただの酔っ払いだったのか、それとも・・?単なる間違い?
何度も言うが、そう。夜中の二時。
それが問題。

あの時、もしも開けた玄関先に『彼』がいたら、どうだっただろうかと時々考えてみたりする。
「うーん・・」
いなくて良かった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み