飲み会を断った件とモグラ殺しの件

文字数 2,221文字

F男は朝から黄昏ていた。
それは今朝方見た夢のせいだ。
この所、ちょっと調子が悪い。何故なら、アップした話がどうにも行き詰ってしまって、にっちもさっちも行かなくなったからだ。
「8月 20日 入水」である。
無理な話はやめれば良いのに、やけくそで書いている内に何となく話が繋がってしまったのだ。

「頂き女子」に騙されて大金をつぎ込んだ挙句、すっからかんになった主人公が死のうと思って海に入ったが、入った先で亀(亀形ロボット)に助けられ、深海の時空を超えるトンネルを通り抜け、竜宮城(アンドロメダ銀河の地球型惑星にある)に辿り着いてしまったというストーリーだった。
アンドロメダ竜宮城では国王(タイ)派と国教主(ヒラメ)派に分断され、長い間激しい争いが繰り広げられていた。
そこに第三勢力である貴族(エイ)派が台頭して来て、その貴族(エイ)派にリクルートされた主人公がめちゃくちゃ活躍するという話なのだが、そもそも何でそんな亀が日本近海に出没しているのかとか、250万光年も離れている銀河に、幾らファンタジーとは言え、そんな易々と行ける訳が無いだろうとか、じゃあ、一体そのトンネルは何で出来ているのだとか、F男の頭では解けない(きっと誰の頭でも解けない)問題が山積して、身動きが取れない状態に陥ってしまたのだ。
いっその事、取り止めて書き直しをしたかったのだが、あまりのバカバカしさに逆に人気が出て来てしまってPVがうなぎ上りに上昇し、引くに引けない状況となってしまった。

眠っていてもその問題が頭を占領する。
そんな訳でここ数日F男は悩みながら眠り、悩みながら目覚めるという日々を過ごし、ちっとも寝た気がしなかったのだ。

そんな合間に観た夢だった。

どこかの寺へ行った。それは確かに寺だったのだが、まるで古い民家の様な寺だった。夢の中では何度かその寺へ出かけているという設定だった。勿論、現実ではそんな寺は存在しない。していたとしてもF男は知らない。
帰ろうと思ったら、おっちゃん二人に呼び止められた。
有髪で背が低く、どこにでもいる昭和のおっちゃんという体の二人組。オヤジが着るポロシャツと紺のジャンバー、それにズボンといういで立ちだった。実はこの二人はこの寺の僧侶なのだ。
住職とその弟子。
彼等に「よう。久し振りだな。ちょっと飲みに行かないか」と誘われたが、F男は小説の続きを書かなくてはならないと思ったので「済みません。ちょっと仕事があるのです」と断った。
二人は「そりゃあ、残念だな」と言いながら、バス停まで見送ってくれた。F男が振り返ると二人は「仕事、がんばれよ」と手を振ってくれた。
あまり僧侶の品格は感じられなかったが、良い人達だなとF男は思った。

場面が変わる。

地面にぼくぼこと穴が開いている。直径20センチ程の穴だ。一つの穴からモグラが顔を出した。そしてF男を見るとすぐに引っ込んだ。
F男はモグラを捕まえようと思った。
こんなに穴を開けやがって危ないだろうと思う。
モグラが引っ込んだ穴を覗くと、そこには円らな瞳をしたモグラ夫婦とこれまた可愛い二匹の子供のモグラがぎゅっと詰まっていた。モグラ一家は揃ってまん丸の黒い瞳(現実ではモグラに円らな瞳は無いはずだが)でF男を見上げた。
「可愛いなあ」と思いながらも「駆除しなくちゃ」と、F男は片手に持った鎌でぐさりと一匹のモグラを刺したのだった。

夢とは言え、あんなに可愛いモグラを鎌で殺すなんて・・・俺は何と言う鬼畜なんだ・・・。
F男は自分が嫌になった。

「モグラを殺す夢」という事で検索をしてみる。モグラとは夢の象徴としてあまり宜しくないらしい。身体が疲れているとか、ストレスを抱えているとか書いてあった。
救われたのは、モグラがいい感じでいると吉夢で嫌な感じでいると凶夢だと書いてあったことだ。
だからこれはもしかしたら吉夢かも知れない。


「あのモグラは土中という暗い無意識の中に潜み、そしてぽっこりと顔を出した、ある意味、今行き詰っているストーリーへのヒントだったのではないか? 俺は自分の無意識から浮かび上がって来たチャンスを逃してしまった。くそう・・・。捕まえて置けば・・・。
4匹もいたのに1匹も捕まえられず、あまつさえ殺してしまうなど・・・。あんな可愛い目をして俺を見上げていたのに・・・。俺は残酷なサイコパス野郎だ」

モグラ殺し(夢)の痛みを感じながら、F男はとぼとぼと歩いていたが、ふと立ち止まった。
「いや、あのモグラ一家は、俺の今の状況を象徴しているのかも知れない。『身動きが取れない程ぎゅうぎゅうに詰まったモグラ達』はにっちもさっちも行かなくなった俺のこの状況を表しているのかも知れない。という事は、あの円らな瞳で俺を見上げたのは・・・あれは、助けを求める俺自身だったのかも知れない。それを、俺は、鎌で・・・」
F男は思わず顔を両手で覆った。
暫くそこに佇む。
通勤や通学の人々が、こんな月曜の朝っぱらから、こいつは何をやっているんだという顔で通り過ぎて行く。

F男は「きっ」と前を向くと、何が何でもあの物語を完結させてやると強く心に決めた。
そうする事があの寺のおっちゃんズやモグラ一家に報いる、俺の出来るたった一つの事だと思ったのだ。そして完結した暁には、是非あのおっちゃんズと旨い酒を飲みに行くのだ。
そう思ったら、何か元気が湧いて来た。
人って考え方一つなんだな、と思いながらF男は心の中でモグラに線香を一本やって、ちょっと明るい気分で会社へ向かった。


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