『ゴール』という詩

文字数 663文字

* 仕事が嫌になって、何もかも放り出してとんずらしたくなった時に書いた詩。


死んだら、あの月へ行く。
あたしは紺色の空に浮かんだ白い月を見て思う。
それがあたしの希望。

いつからかそれがあたしの慰めになった。
勤め帰りの人達で混雑する交差点を自転車で走り抜ける。
あたしは頭の中で今日の夕食を思い浮かべる。

人混みを抜けると空を見上げる。
月はそこにある。
変わることなく永遠に。
何十億年の時を経て、なおそこに在り続ける。
たった一つのもの。
死んだら、あの月に行く。
それが私の心を強くする。

だからがんばれ。
それまでがんばれ。

あたしの体は消えた。火に炙られ、灰になった。
でもあたしの魂はあの場所に辿り着く。
月明りに乗って。

あの場所にはどんな魂が行くのだろうか。
親に殺された子供の魂か?戦争で襤褸屑みたいに引き裂かれた人々の魂か?
自分を呪い、悩み続け、そして哀しみの果てに死んでしまった人達の魂か?
あたしがあの場所に行くには悲しみが足らないのだろうか。

月の色は魂の色。
あたしはその冷たい星で、この星の、そこに生きている人達の行く末を見守りたい。
何の因果でこんな矛盾に満ちた生き物が生まれたのか。
それでも愛しい人たちは幸せに暮らしているのだろうか。

そこであたしは存在から解放される。永遠に。
悲しむことも、悩むことも、憤る事も無い世界。
だって、あたし自身がいないのだから。
そこは冷たい楽園。静寂の楽園。

あたしはぶるっと震える。
・・・めちゃ、寒そう。
そして夕飯のおかずに戻る。
今日はあったかい鍋にするか。


終わり。

物事に終わりがある事はとてもいい事だと思う。
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