はぐれ神 5

文字数 850文字

私は参道の脇にぽっかりと開いた穴を見詰めた。
穴の周りは竹と注連縄で囲いがしてある。
果たしてこれをどうしたものか考えた。

 毎日毎日、ここに来て一度は穴を眺める。
「ふう・・」
とため息を付く。

私は空を見上げた。雨が落ちて来そうだ。
今日は天気も悪いし仏滅だし13日の金曜日だし、十法暮(じっぽうしぐれ=何をやってもうまく行かない日、凶日)と来ている。
だからなのか参拝客も少ない。

都賀はあの出来事から半月も過ぎた頃、突然修行の旅に出ると言って、出て行ってしまった。
都賀の女房は一体何が夫に起きたのか分からずに混乱していた。
私は取り敢えず「都賀は心眼を開いたのです」と言って置いた。

私は穴を眺めながら思った。
自分は都賀に嫉妬しているのだと感じた。
都賀が言った事が本当なら、私こそがそれを見たかった。松が龍になって天高く飛んで行く姿や、卵の薄皮の中で横笛を吹く男や踊る少女。そして三尾の白狐。
自分こそが見るべきである。都賀の様な凡人では無く。
そんなものが見られるのなら、この命を投げ出しても構わないと思った。
どうして私ではなくて都賀なのだ?
どうしてあの時、私は西の参道へ行かなかったのか。
悔やんでも悔み切れない。

龍の消えてしまった穴など如何程の価値があろうか・・・。
私はそう思った。
もう空高く飛び去ってしまったのに・・。
くそっ!忌々しい!
いっそのこと埋めてしまおうか。
などと神職にあるまじき考えも浮かんだ。
私は石ころを穴に向かってひとつ蹴飛ばした。
もうひとつ蹴ろうとした時にふと声がした。

足を止めて隣を見ると、黒服の男が2人。サングラスをしている。
一人がサングラスを外して私を見た。目が鋭い。まるで公安の様な。
まさか!都賀が何かやらかしたのか??心神耗弱の為に?
私の胸に一瞬そんな考えが過った。

男は軽く一礼をすると言った。
「宮司様でいらっしゃいますか?」
私は頷いた。
「宮司の橘で御座います」

男達は私と並んで松の穴を眺める。
「松の件で参りました。・・・これが松の抜けた穴ですか?」
男は言った。
私は驚いて男の顔を見た。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み