第22話 聞いたことがないから秘密の組織

文字数 2,052文字

「田崎教諭。この世には触れてはいけない闇というものがある。そして誰にも知られていない秘密の組織なるものもあるんですよ」
「……それがあんたたちか?」
「ええそうです。それが私たち裏教育委員会です」
「裏教育委員会……そんなもの聞いたことがないぞ」
「当たり前じゃん。だって秘密の組織なんだからさ」鈴村はしたり顔でそう言った。
「じゃあその裏教育委員会は主に何を生業としてやっているんだ」
「何をか……まあなんでもやるし、何でもできる。それが私達だからね。一体どう説明したらいいか、まああれだ。田崎教諭は教育委員会の方は知ってる?」
「当たり前だ。俺たち教師はその教育委員会の下で働いているようなもんだからな」
「まあそうだろね。そして主にその教委の仕事は学校に対して教育方針を諭したりすることを生業としている。
だがそれだけではやはり足りない。例え信頼と実績に裏付けされた教育論を教え諭したとしても生徒たちは互いの自主性を重んじ、協調性を全員が全員身に着けられるわけじゃない。集団ともなれば何人かはそのレールから外れる異端なものが出てきてしまう。言わば不良だね。タバコ吸ったり、肩がぶつかっただけで因縁つけたり、行き過ぎれば法を犯してしまうあのバカな生き物だ。
私たち裏教はそういう懸念がある生徒、またはそういう生徒を粛正するために設けられた機関なんだよ。分かったかな?」
「……ああ、まあ多少はな。最初に聞いた時には何を電波なことを言ってるんだと思ったが今では信じられる」
「そりゃありがとね」
「だがまだ疑問は残る。今回のこと。ケンジが今回の粛清対象に選ばれたってことは分かる。他校の奴らを喧嘩させたりしてけが人を出したからそういう対象になったってことはまだ分かる。だがその粛清のやり方は一教育機関ができるような事じゃない」
「へぇ、例えば?」
「例えばケンジの家に盗聴器と隠しカメラをセットしたこと。そしてよきところで嘘のニュースを流してケンジを精神的に追いつめたこと。こんなのは今の日本で許される行為じゃない。いや、テレビの電波を改ざんするなんてやろうと思ってもできるような事じゃないんだ。しかもケンジの家にだけなんて。……一体どうやったんだ?」
「どうやったんだと言われてもねー。ただケンジの家のテレビにあらかじめちょっとした細工を施していたのと、テレビ局から電波塔に行くまでのルートをちょこっといじくったくらいのことだね。詳しいことは私も分からないよ。そういう雑用は下のもんに任せてたからさ。おおかた文化祭みたいなノリで独自にニュース番組を作ってそれを私たちが買い取っているテレビ局を介して放送でもしたんだろうさ」
「そんなことが可能なのか?」
「可能だよ、そんな程度ね」そう言うと鈴村は立ち上がった。「なぜなら私たちは一教育機関の枠を逸脱しているから。裏教育委員会と便宜上はそう呼んでいるけど行政機関には属さない独立した機関、いや組織と言った方が語弊がないかな。だからそれだけに自由で、それだけに圧倒的な力を有している。その気になれば現首相の首を挿げ替えることだってできるんですよ」
 まるで野党党首のような奸悪な発言をすると鈴村は校長室の扉へと歩いていった。
 鈴村が今までに言ったことがすべて真実だとするとどれだけ恐ろしいことか。田崎はそんなことを考えてしばし固まっていた。
「それでは失礼します」
 鈴村は扉に手をかける。
「待ってくれ」
 だがそれを田崎は引き止めた。
「何ですか? まだ裏教について訊きたいことでもありますか?」
「そこじゃない。裏教についてはよく分からないが、それに関する説明はそこまで明確にはできないんだろ?」
「ええ、禁足事項ですから」
「ならそこはいい。ただ……俺が訊きたいのはそこじゃない。俺が訊きたいのは、あなたがなぜ今も生きているのかってことだ」
まるで自分の推理を語る名探偵のような気迫で田崎は言った。
「なぜ……か」鈴村は背中を向けたまま呟く。「人が生きている理由なんて生まれたから以外に理由なんてないと思うんだけど……」
「そんな哲学的なことを訊いてるんじゃない。……俺はさっきタカシとケンジから事のいきさつを聞いた。それは昨日あなたが語ってくれた計画となんら遜色はなかった。だからこそ疑問に思う。
二人の話によればあなたはヒロに見立てられた人体模型と一緒に屋上から落ちた。それを二人は目撃している。人体模型は当然地面に落ちて粉々になり、その隣にあなたの死体が倒れているのを屋上から見たと二人は言っていた。これは――」
「ああ、その死体はゆかりが変装した姿だよ。ほら、私と同時期に入ってきた教育実習生に深江ゆかりっているでしょ? あの娘は私の部下だからさ。私が飛び降りる前から下で死体のフリをしていてくれたんだよ。……ってあれ? これも昨日言わなかったけ?」
「ああ、聞いたよ。だからそこは分かる。ただ俺が訊いているのは、

なぜ屋上から飛び降りたあなたが未だに生きているのかってことだ。言いたいことは分かるよな?」
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登場人物紹介

鈴村里香 裏教育委員会員。教育実習生として潜入。

ケンジ 小学六年生。嘘をつくことが癖。

タカシ 真面目な小学六年生。ケンジの友達。

ヒロ 小学六年生。

深江ゆかり 鈴村教育実習生の同期

レイピア

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