第9話 罪への意識

文字数 806文字

 まったく振り返ることなく、タカシとヒロとの別れもおざなりにケンジは猛スピードで家までの道を駆けていった。
 数百メートル走ったところで息切れを起こし、今は肩で息をしながらとぼとぼと通学路を歩いている。代謝からくるものか恐れからくるものなのか、ケンジの顔は汗に濡れそぼっていた。
(なんで、なんでそんなわけない。死んでるわけないって大丈夫、大丈夫。血もそんなに出てなかったし、落ちた高さもそんなに高くなかったし。大丈夫だって。第一、俺がやったわけじゃないし、俺が落としたわけじゃないんだし。あいつが悪いんだ、あいつが足を踏み外すから。風なんてなかったのにふらつく奴が悪いんだ。大丈夫、明日になったらまた元気な顔で出勤して来るって。そしたらまた俺を怒ってくれるって。もうこんなことしちゃだめだよって、言ってくれるって。そうだよ。大丈夫。俺は殺してなんか――)
 その時、目の前から甲高い音を響かせるパトカーが近づいてきた。
 ファンファンという騒音がどんどんと大きくなっていく。
 ケンジはまるで指名手配犯のように顔を伏せた。それは一種の防衛本能だったのかもしれない。
 当然、パトカーはケンジを素通りしていった。
(今のもしかしてさっきの? 学校の方向に行ったし……。いやでもそんな……俺が、俺が……人殺し? いや例えそうだとしても大丈夫だって。確か少年法って言うのもあるし、これで終わりってわけじゃないだろうから……。でも、でも……)
 考えうる最悪なイメージが頭の中を侵食していく。
 人が死ぬ。それ自体が現実とは程遠い事象だと思っていた。それがよもや目の前で、しかも自分のせいとなると懊悩せずにはいられなかった。認めたくはなかった。
 自分が人を殺すなんて思ってもみなかった。だが現実とは非情なものだ。ただの一瞬で何でもないことがきっかけで現実は異様な変貌を見せ、人は倒錯してしまう。まだ世間を知らない子供ならなおさらだった。
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登場人物紹介

鈴村里香 裏教育委員会員。教育実習生として潜入。

ケンジ 小学六年生。嘘をつくことが癖。

タカシ 真面目な小学六年生。ケンジの友達。

ヒロ 小学六年生。

深江ゆかり 鈴村教育実習生の同期

レイピア

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