第18話 嘘は悲しい

文字数 782文字

 自分から離れていくヒロの背中を見て、ケンジはその場に膝から崩れ落ちた。ホームルームの開始を知らせるチャイムがひと気のない踊り場に鳴り響き、ケンジの嗚咽を掻き消してくれる。
(俺は……何をやってたんだ……。自分のためだけに、ただ面白いだとかそんなものために俺は今まで嘘をついてきたのか。人を騙してそれを面白がってたのか。なんだよそれ、結局俺がやってたのはヒロとおんなじじゃねぇか。なんだよ、なんだよ……信じてたものに裏切られるってこんなにも……悲しいことなのかよ。俺が今までやってきたことはそんなにもひどいことだったのかよ……。ほんとに……何やってんだよ……俺は…………)
 裏切られることがこんなにも心を痛めるという事を知らなかった。自分がやってきたことがそこまでひどいという事を知らなかった。
 嘘がこんなにも人を悲しませるという事を知らなかった。
 善悪の区切りが曖昧な子供は嘘が悪だという事を知らなかった。
 だがこの時ケンジは初めて知った。嘘は何も生まない。誰も喜ばない。皆を悲しませる悪の所業だという事をケンジはこのとき初めて知った。
(俺が悪いんだ。俺が面白がって鈴村を屋上に連れて行ったから。だから死んだんだ。俺が殺したようなものなんだ。俺のせいなんだ。だからヒロも失った。当たり前だ。……当たり前だ。俺はそれだけのことをしてきたんだから……)
 友達を失い、信用を失い、自分のやってきたことがどれだけひどいことかを自覚したケンジは泣いた。心臓が張り裂けそうなくらいに鼓動は速かった。自分では聞いたこともない声が喉の奥から漏れ出てきた。だが心の澱は払拭されない。心の闇は一向に晴れない。
 このまま溶けていきたい。そのままいなくなりたい。
 死にたい。
 そう思った時、
「ケンジ!」
 と、階段の上から声がした。
 涙でぬれた顔を振り向かせるとそこにはタカシが立っていた。
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登場人物紹介

鈴村里香 裏教育委員会員。教育実習生として潜入。

ケンジ 小学六年生。嘘をつくことが癖。

タカシ 真面目な小学六年生。ケンジの友達。

ヒロ 小学六年生。

深江ゆかり 鈴村教育実習生の同期

レイピア

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