第24話 作戦会議

文字数 3,756文字

 獅黒のまえ、会議机で話を聞いていた青螺と蘇方が顔を見合わせる。
「まえの青螺って……あの、高飛車な」
「初対面のオレにムカつくツラだと罵倒してきた、あの子?」
 獅黒は頷き、辛い思い出を『雑な仕事』と言われて落ち込む季朽葉を睨む。
「……うう……リオメル……。あの後、俺は何度も彼女が封印されているところへ門を繋げようとしていた。どうしてもできなかったんだが、あるとき突然繋げることができてね」
「そんな彼女をなぜ私たちが助けなければならないんだ? 助けたのは季朽葉さんなんだろう?」
 青螺が首を傾げる。はずした眼鏡を専用布で磨きながら、季朽葉の代わりに獅黒が疑問に答えた。
「昔の季朽葉くんでは到底不可能のはずでした。当時何らかの外部の助けがあったと思うのが自然です。過去の僕たちはできない。でも、現在の僕と季朽葉くんなら可能です。理由は――」
「邪神として完成したから、か。つまりアンタたちがこれからリオメルを助けて、その後に過去の季朽葉さんが彼女を迎えに来るってこと?」
 珍しく的を射た答えを言う蘇方に、そうですと獅黒は視線を向ける。蘇方はさらに獅黒に訊いた。リオメルの願いは綺麗な身体で夫と会いたいだったけれどもそれは叶えられたのか? と。なにげなくされた質問だったが、蘇方の横で机のうえに突っ伏している季朽葉の肩が、何かに怯えたようにびくりと揺れる。
「……。はい。叶えられています。おそらく、現在も」
「どういうこと?」
「リオメルは身籠っていました。それをノーデンスが嗅ぎ付けていたわけです。そのまま封印され、封印された空間のなかで、二つの魂と肉体を行き来して、誕生と死亡を繰り返しているとしたら」
「死の原因にもよるが……それは、地獄といってもいいだろうな」
 今度は青螺が答えた。獅黒は丹念に磨いた眼鏡をかけて他三人の顔を見る。
「今回は相当に残酷な場面を見せてしまうかもしれません。なので僕が行きます。視覚情報と意思疎通をテレパシーで常時つなげますので、皆さんは今後に役立ててください。リオメルの封印に入るのは明日と致します。それでは会議と本日の業務を終わります。お疲れさまでした」
 おつかれさまでした! と季朽葉以外が挨拶をする。蘇方と青螺は、退勤の解放感からか、元気よく事務室から出ていった。
「季朽葉くん」
「……」
「雑とは言え、あなたはあのとき、自分に出来る精一杯のことをやったのですから、もう泣かないでください」
「……ありがとう」
「さあ、明日はハードになりますから、張り切って夕食を作らないといけません。縁起をかついでトンカツが良いでしょうか。もちろん、僕たちは大豆肉のカツですけれどもね」
 獅黒はめずらしく柔和な笑みを出す。鼻水と涙でぐしゃぐしゃの季朽葉の顔の、うっ血して赤くなったひたいのまえで指の輪を作り、軽くはじいた。

 翌日の朝となり、獅黒は自室であらかじめ用意していた神父服に着替えた。いつもは後方へ流している髪を手櫛でラフにまとめ、角も他者から見えないように幻術で隠している。姿見で己をもう一度確認したあと、部屋を出、社殿を出た。鳥居のまえには鈴を持った季朽葉が待機している。彼らは視線だけを交わし、季朽葉の手によって鈴が鳴らされ、無言のままに獅黒はリオメルの封印世界へと入った。その後すぐに無事に世界への接続を確認した季朽葉は、青螺と蘇方が待機している事務室へと戻る。
「やあ、準備は良いかい?」
 季朽葉はふたりに問う。青螺と蘇方は覚悟を決めて頷いた。二人の決意を受けて、季朽葉は懐から魔封クリスタルを取り出し、机のうえにそっと置く。
「獅黒はテレパシーを常時接続すると言っていたけれども、それだと負担が掛かっちゃうから、投影装置を作ってきたよ」
 細かな光の粒があふれ出し、机の上に少し散ったかと思うと、すぐに天井に向かって次は光の柱が伸びる。それはやがて扇状にひろがり、映画のスクリーンのすがたとなった。
『皆さん。そろそろ世界に入ります』
 砂嵐とノイズが画面に走り、すぐに映像がスクリーンに映し出される――。

 リオメルの封印世界に入った獅黒は、潜入に成功したことに安堵して、軽く息を吐いた。獅黒はまず空を見る。青い空、と思いきや浮いているはずの白い雲はなかった。あったのは太陽と青と白の網目模様……海底から見たであろう水面である。よくよく周囲を観察をすれば地面や建物のあちこちから小さな水の泡が噴き出していた。ここはリオメルの精神そのものと思われた。
 獅黒はここに来た際の手順を確認する。第一に、小山内神父を探し、なりかわること。第二にレネーヴェとリオメル、そしてアルを探し出すこと。あらためてあたりを見回す獅黒。見える範囲だけでいうならそこまで広くはないようで、獅黒は手始めに近くにあったカフェに入った。店員はいないが、客席には、客がまばらに座っていた。彼はひとつの席に自分とおなじ背格好をした神父を見つける。
「もし。僕の目を見てください」
「は……? あなたは……?」
 小山内は、己と瓜二つの男に話しかけられて、かじろうとしていたドーナッツを皿のうえに置く。獅黒は即座に暗示を小山内に叩き込んだ。小山内の瞳から光がなくなると、彼は何事もなかったかのように、ふたたびドーナッツを持って食べはじめた。カフェでひとやすみしたあとリオメルのところへ赴くはずだったのだろう。コーヒーカップの横に置かれた手帳にはリオメルとレネーヴェの名とふたりが住む住所が書かれており、獅黒はその手帳を拝借し、店を出た。単純な街の構造をしていた。道沿いに歩いていると、赤く長い髪を乱雑にまとめた、パーカーにデニムパンツすがたのアルを見つけ出した。しばらく彼に着いていくと大きな屋敷が目のまえにあらわれ、獅黒は、アルが屋敷内に入ったのを確認したあとに追って玄関の呼び鈴を鳴らした。屋敷には庭園がひろがっており、広大な敷地にはたくさんの薔薇が植わっている。すべて黄いろの薔薇だった。
「……なるほど」
 薔薇の花言葉は主に『愛』や『情熱』をあらわすが、いろが変われば意味合いも変化する。黄いろは『不貞』『嫉妬』『友情』などを表現する場合がある。この庭園はまさに彼らそのものなのだった。
 ふと、広い庭園で、獅黒は違和感に気づいた。黄いろの薔薇花壇の一部に赤く染まっている。何であろうかと近づこうとしたところでドアの鍵が回った。
「……どちらさま?」
 扉のすきまから見上げる、月と同じいろの長いまつげと冷たい青の瞳孔。背丈と年齢こそ下だがリオメルに相違なかった。獅黒は、リオメルを怯えさせないように、背をかがめて話しかける。
「こんばんは。わたしは小山内と申します。こちらの家主さまに会いたくてきました」
「神父さま……? お父さまがおよびになったの?」
 レネーヴェのことを、夫ではなくお父さまと言う子どもに、獅黒は、確認の意味もこめてやさしく問いかける。
「お父さまの名前を聞いてもいいですか」
「レネーヴェといいます」
「……わかりました。あなたのお父さまは心の病気の可能性もあります。もしよろしければ、お話をお聞きしたいのですが、扉をひらいてもらっても」
「どうぞ。……別のお客様……お父さまのお友達も、来ていますが」
 こくり、と細いすきま越しにリオメルはうなずいた。すぐにチェーンが外される。歳のころは思春期を過ぎたあたりか、それよりまえ。少年とも少女ともつかない外見に着せつけられた服装は、ハイウエストの白いワンピース。そんな彼女の背中に着いていくと通されたのは応接間である。カーテンはすべて閉められ、(だいだい)いろの電燈が煌々と灯ってはいるものの空間はどこか寒々しい。ソファには深緑の布が張られ、綿が敷き詰められた座面とひじ掛けには、寄り添うように、ゴブラン織のクッションが添えられており、磨き上げられ、ニスを塗られたソファの木枠は、なまめかしく光を反射させていた。柱時計が厳かに時を刻むなか、赤く長い髪の男が、一人掛けのソファのひとつに腰掛けている。陰鬱な顔をしたその男――アルは、獅黒を一瞥して、下卑た笑いを浮かべた。
「神父さまがこんなところに何の用だ?」
「家主に呼ばれましてね。相談に乗ってほしいと」
「へえ」
 獅黒がとっさについた嘘に、アルはつまらなさそうに返事をして足を組みなおす。どうやらこの空間では現世での彼らの記憶が消されているらしい。リオメルとアルの関係は以前のものではないし、レネーヴェとリオメルの関係も言わずもかな。どういうことであろうかと考えるも、獅黒の思考はまとまりそうになかった。なにかヒントにならないかと、さきほど小山内から拝借した手帳をひらこうとしたところで、応接間を出た廊下の奥から男性の悲鳴がひびいた。獅黒は驚いて席を立つ。声がしたほうに行こうとするが、なんともやる気がない声で、アルは獅黒を止めた。
「やめとけ、やめとけ。きりが無いぞ。


 妙に含みのある言い方である。問い詰めてもおそらくアルは言わないだろう。獅黒は彼を無視して叫び声がしたほうへ向かう。
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登場人物紹介

リオメル【主人公】

自分に自信の無い、おどおどした地味な主婦。あることをきっかけに妖艶な美女に変容する。

レネーヴェ【主人公の夫】
容姿端麗、非の打ちどころのない男。リオメルのことを愛している。彼の就いている職業を、リオメルは知らない。かつて、アルとは深い仲だったようだが……。

アル【レネーヴェの幼馴染かつ親友】

街の芸術家。レネーヴェの親友だが、アル自身はそうとは思っていない。レネーヴェに対して偏執的な愛を向ける。

小山内【街の教会の神父】

東国とのハーフで、故郷を離れて、リオメルたちが住む街に移住してきた。非常に信心深い。孤児院を営んでいる。

季朽葉【祈りの門の番人】
リオメル、アル、レネーヴェの三人を、高次元の場所である『祈りの門』から見守っている。アルと強く関わることになり、彼にこきつかわれている。

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