第46話 実《げ》に恐ろしきは 前編

文字数 1,720文字

   ()に恐ろしきは 前編



 「先生、彼の奥さんを呪い殺す方法教えてください」

 その日、連れ合いの出ている占い館でのこと。

仕切りのカーテンを割って入って来たH絵は、年の頃なら20代半ば。某有名アパレル会社のOLだと言う。

 H絵はその占い館の中でも悪名高い占いジプシー。ご存じない方もいらっしゃるだろうから、占いジプシーを簡単に言うと、自分の納得の行く答えを得られるまで占い師を何人もあちこち渡り歩く人のことなのだそうだ。

 その様がまるで彷徨うジプシーに似ていることからそのように言われているらしい。

 そして今回の質問は、不倫中の上司が、別れを切り出したが、復縁できるか? と言う、よくありそうな、大変、はた迷惑なご質問。どうやら詳しく話を聞くと、どうも上司様はH絵の自己中な性格に心底嫌気がさしたらしい。と言うか、はなから上司にとってはただのお遊びだった。

 その上司もゲスだが、それを本気にして付き纏うH絵も相当なものだ。

 そしてこう言う客は、占い師が「無理!あきらめて」などと言おうものならとことん逆恨みされるのだそうだ。そうならないために、何重にもオブラートに包んでそれとなく諦めさせる、次の恋愛に向かわせるのが占い師の力量なのだろうが、生憎その先生は無理なことは無理とはっきり言うタイプであった。 

 なぜはっきり言うのか。当たり前のことだが、あいまいな回答をすると、H絵のような女性は絶対に自分の都合の良いように解釈するから。その結果、占い師に聞くまでもなく、ダメだった時、鼻息も荒く再びやって来て「先生、行けるって言いましたよね? どうしてくれるんですか!」となる。狂暴な人は、怒りに我を忘れて占い師を思いっきり罵倒したり、中には机を蹴り倒したりする強者もいる。H絵はまさにそのタイプだった。これが逆恨みと言わずして何と言おうか、である。



 占い師の中にはこういう客はNGにする先生もけっこういる。その先生も本当はノーと言いたいが、それでは占い師としてのプライドが許さない。それで正面から堂々と対決を挑むわけだが、中にはうまく導けることもあって、本当に分かり合える客もいるらしい。その結果、真実の愛を手に入れるような人もいる。そうなったら占い師冥利に尽きるのだそうだ。

 このH絵が初めて先生の所へやって来た時、一瞬でブース内の空気が黒く淀んだのを感じたそうだ。 瞬間、「こいつ、ヤバいやつや」と思ったと言う。そして尋ねた質問が、「彼氏の奥さんを呪い殺す方法を教えてください」だったらしい。

 先生はスピ系にも大昔から大変造詣が深かったから、もちろん呪術の方法は知っている。でも迂闊にそんなもの教えるわけはない。何せ呪いで相手を撃ち殺すために必要不可欠な実弾は、呪う側の命なのだから。

 自分の命を呪術と言う銃に込めて撃つわけで、つまり墓穴は二つ。しかし先生は教えないが、蛇の道は蛇、金さえ出せば教える人もたくさんいるらしいし、今の世の中、ちょっと探せば簡単に見つかる。そのほとんどが危険極まりなく軽率な行為なのだそうだが。とにかくH絵は、苦心して奥さんの髪の毛を手に入れ、やがて碌でもない方法で呪いを実行したらしい。

 それが上司にバレて愛想をつかされた。いや普通は怖い。私ならそんな人、怖くて近寄りたくもない。実際、気の毒な奥さんは重い病気になって入院するは、上司は不倫がバレて左遷されるは、散々だったらしい。

 呪い(邪念)は本当に怖い。そしてその日、これほど悲惨なことになっているのに、H絵はさらに復縁できますか? などと悪びれる様子もなく尋ねて来た。

 しかもその顔ははっきり言って完全にゾンビみたいだったと言う。近付いたら顔や手の肌が針で突かれたようにチクチクしたのだそうだ。

 さすがに先生ブチ切れて、私にはもうあなたは無理! と引導を渡した。するとネットである事ないこと散々悪口を書かれて、それからしばらくして、H絵の姿を見掛けることはなくなった。

 噂によると、自分に絶望して死んでしまったらしいが……。

                                

                               続く
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