第43話 老人と子供

文字数 1,860文字

 よく昔から、「神さま」や「仏さま」に呼ばれている、とよく言われることがある。

 どういうことかと言えば、まったく意図するところがないにも関わらず、例えば新聞、雑誌、テレビ、今ならばネットなどのメディアで、決まって同じ「神社」や「仏閣」をふと目にする。

 それも一度だけではなく何回も。最初は気にも留めていない。でも何度か目にするうちに「おや、まただ」と意識するようになる。そうなったら、それはきっとその場所に呼ばれているのだろう。

 心を真っさらにして、できるだけ早くその場所へ行くことが望ましいのだろうと思う。

 

  老人と子供



 一昨年の末頃、最初はどこで見たのかは忘れてしまったが、奈良県にある壷阪寺(つぼさかでら)の記事を見掛けたことがあった。

 その後、「壷阪寺」と言うワードが度々目に入った。

 壷阪寺は関西では眼病封じで有名なお寺だ。

 何か、所縁があるのかと気になっていた矢先、今年25才の厄年を迎える息子が、突然、目の痛みを訴えた。

 取り敢えず眼科へ行かせたところ、なんと右目が網膜剥離を起こしていると言うことで、急遽、入院、手術の運びとなった。

 網膜剥離とは、たとえばボクサーのように外から物理的な力が加わって起きるとばかり思っていたが、加齢、遺伝など原因は様々。

 息子の場合もスマホのやり過ぎだとか、花粉症で目をこすり過ぎだとかいろいろ言われたが、原因ははっきりしない。

 ただ、罹ってしまったからには、この病気に猶予はなく、1日放置すると失明の危険性もあるとのこと。それで行った街の眼科から、うちにも帰ることなく、そのまま総合病院へと送られて、翌日には手術となった。大変にスピーディである。それだけ緊急性を要するのだろう。

 そして術後は一週間ぐらい絶対安静で、食事とトイレ以外はずっとベッドでうつ伏せの体勢を取らなければならない。けっこうと言うか、かなり辛そうだ。 

 手術が終わって翌日の朝、見舞いに行った時、息子は私に、術後、麻酔でまだ意識朦朧としていた時、個室のベッドの脇で、「小さな子供の声を聞いた」と言う。
 夢を見たのでは? と聞いたところ、決して夢ではなく、うつぶせで動けない息子の腰にやさしく触ったのだと言う。その瞬間、じんじんとしていた頭痛がふわっと軽くなったのだそうだ。

 息子は物心付く前から、とても霊感の強い子供だった。息子の生まれた日、やはり霊感の強い私の母が、「この子はお大師さんに守られているよ」と言った。

 息子は3月21日お大師さんの日の生まれだ。ちなみに母の守本尊は大日如来である。

 お大師様、大日如来、厄年、眼病、なるほど。少々強引かなとも思ったが、度々目にして気になっていた、壷阪寺に繋がった気がした。これは呼ばれているに違いない。そう思い、次の休日に、壷阪寺へと向かった。

 さて一通りお参りを終え、護摩炊きと、お札ふだも頂いてさあ帰ろうと山を車で下っていた時のこと。

 時刻は午後4時を少し回っていた。県道とは言えけっこう急峻な坂道だった。
 しばらく走っていると、老人と小さな子供の二人連れを見掛けた。

 駅まではまだまだある。季節は3月。雪こそ降ってはいなかったが、夕方の山道は、身を刺すような寒さだった。

 一度は二人を追い越したものの、こんなところに老人と子供。どうも心配になって、バックして声を掛けた。

「あの、駅まで行かれますか? よろしかったらお送りしましょうか?」

 すると老人はたいそう喜んで、お願いします、とおっしゃられたので、二人を後部座席に乗せた。

 老人に話を聞けば、先月、ひ孫が生まれたが、ほとんど生まれつき目が見えないと言う。
 その孫の快癒を願ってお参りに来たのだそうだ。こんな山道を寒い中、信心深いご老人だと思った。

 さて駅に着いて、ふと後ろの席を見ると、乗せたはずの子供がいない。老人一人きりだった。

 老人に尋ねると、最初から一人で参りに来たと言う。

 ではあの子供は一体何だったのだろう。不思議なこともあるものだ。

 後ろから見た時、山道を小さな子供が老人にぴったり寄り添うように歩いていた。まるで老人を守るように。

 そう言えば、うちの息子も小さな子供のことを話していた。

 なんだかとても有難い気持ちになりつつ、私は息子の居る病院へと急いだ。きっと守られているに違いない。

 そして息子は無事退院した。今度は二人でお礼に行かなければ、そう思った。

                      

                                   了

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