第62話 猫の祟り

文字数 2,539文字

 悪霊に祟られる、などと世間ではよく言われます。怪談やホラーでは、恨みを持った霊がその相手を直接ボコボコに痛めつけることはよくあります。

 しかし実際、こんなことがちょくちょくあるとは思えません。

 私はバイクで道を横切る霊と接触して2度ほど弾き飛ばされたことはありましたが、この場合は、事故です。霊が痛めつけてやろうと言う意思を持って、直接誰かを傷つけることってあるとは思えないし、もしあったとしても、まれなことで、しかもそういうことのできるのは、かなり高位の霊ではないかと思います。低級な霊は、意思すらなく、ただの思念であることが多いです。

 じゃあ呪いって? 祟りって? これは直接その霊が対象に対して何らかの物理的な力を加えるのではなくて、その対象、もしくはその対象の家族、もっと強力なら、その子供や子孫に対して、とても「悪いことが起こる」ように仕向けることだと思います。いわゆる末代まで祟られる、と言うやつ。これは本当にありますし、怖いことです。

 

   猫の祟り



 私の母は、若い頃、芸者をやっておりました。芸事の嗜みで、母はたいへん三味線が上手だったそうです。 

 うちに母の三味線が2竿ありました。これは母が亡くなり、お炊き上げをしていただきました。

 昔、三味線は動物の皮が使われておりました。

 一番有名なところでは猫皮ですが、流通している三味線では猫だけではなく犬も使われていたそうです。でも音色で言うなら、猫の皮の表面の凹凸と8つある乳首の凹凸加減が三味線本来の濁った良い音を出すので猫の方が高価だったそうです。

 考えると、ずいぶんと残虐なことだと思われるでしょうが、大昔は、今と違って合成皮革などはありませんし、民俗学的に世界中を見渡せば、動物の皮を使った楽器は普通にあります。

 ちなみに、昔の高価な三味線は、皮だけではなく、糸巻やバチは高級な象牙でした。これも怖い話ですね。

 人間の霊も怖いですが、実は動物の霊はもっと怖い。

 昔から、猫を殺したら三代祟られると言いますが、私が小さい子供の頃、もう使わなくなって久しい母の三味線に落書きして「三味線に悪戯したらあかん!バチ当たる!」と、えらい叱られたことがありました。

 

 今現在はそんなことをすれば動物保護法に触れて、手が後ろに回りますが、昔は、三味線用の猫を獲ることを生業としている〝猫獲り〟と言われる人が実際にいたそうです。

 これは昔、母が知り合いの三味線屋さんから聞いたお話です。

 その男は、三味線工房に、猫の皮を卸す商売をしておりました。

 男の持って来る猫の皮はとても質が良く、良い三味線ができると大変評判が良かった。

 男は罠の名人でした。市内のあちこちに猫獲りの罠を仕掛けて、毎日多くの野良猫を捕獲していました。今それを聞けば、ずいぶんと酷いお話だと思いますが、野良猫は昔、害獣とされていたため、捕獲しても犯罪ではありませんでした。まあ卑しい仕事には変わりないでしょうが。

 

 やがて男は、野良だけではなく飼い猫にまで手を出すようになりました。なぜ飼い猫かと言えば、野良は皮が傷だらけな猫が多いため、製品にしたときに値段が下がるからだそうです。

 昔は飼い猫と言えども、今のように家に閉じ込めていることはあまりなく、放し飼いにしていたことが多かった。鈴や、何かしら目印になる物を付けていたため、それが飼い猫であるかは一目瞭然でした。チリリンと鈴の音がすれば男の目がキラリと光ります。

 

 ある日、男はいつものように市中に仕掛けた罠の確認に回っておりますと、ある大店の前まで来た時、どこかでにゃあにゃあと鳴く声が聞えました。仕掛けた罠に入っている猫かと思って見たところ、罠の箱は空でした。ふと向かいの塀の上を見ると、白猫が一匹、男の方をじっと見ておりました。今まで見たどの猫よりもずっと美しく、上品そうな白猫でした。男は一目でそれが上物であると見抜きました。男は持っていたメザシを猫の方に差し出して誘ってみましたが、猫はプイと向こうを向いたかと思うとすぐに塀の中へと消えました。男は、まるで惚れた女に入れあげるように、何とか捕まえたい、そう強く思ったそうです。

 男は、その白猫を見た場所にこっそりと罠仕掛けましたが、何日たっても猫は捕まりません。

 これはきっと餌のメザシが悪いに違いない。日ごろ、もっと良い餌をもらっているに違いないと考え、清水の舞台から飛び降りたつもりで、自分が食べたこともない小鯛の干物を入れてみました。

「高い出費だ。これで捕まらなかったらあきらめるしかない」

 男は期待に胸を膨らませて罠の確認に行きました。  

 はたして、白く美しい猫は、見事、仕掛けた罠に掛かっていました。

 白猫はみゃあみゃあと悲しい声で鳴いて男に助けを乞いました。見れば首輪に名前が入っております。それがどこの猫かはすぐにわかったらしいですが、売れば高価なことは明らかでしたので、男は、無残にも猫の首に手を掛けました。そしてその真っ白な皮を剥いだそうです。



 それからです。男の家で良くないことが連続して起こりました。3人の息子がいたそうですが、そのうち長男と三男が精神を病んで相次いで首を吊りました。残った次男は、ヤクザになり、背中から刺されて死亡。それだけでは済まず、奥さんは買い物途中に事故に遭い死亡、そして本人も酷い糖尿を患って足を太ももから切除、その後、やはり精神を病んで、電車に飛び込んで死亡。

 つまり家族全員が死んでしまったとのこと。ここまでくればもう偶然とは思えない。

 そしてその白猫の皮で作られた三味線を所有した人の上にも数々の厄災いが起こったそうです。その三味線が今はどこにあるのかわかりません。



 ちなみに、今現在でも猫皮の三味線は作られているそうですが、それは、保健所で処分された猫を引き取って解体する業者が未だに存在するとのこと。

 猫好きの人から見れば許しがたいことです。

 そうそう、昔は、愛猫を猫獲りに殺されたご婦人が怒りのあまりにその男を殺して、生皮を剥ぎ取ったと言う猟奇事件もあったとか。

 つまり、何にせよ、人間の欲が一番恐ろしい。

                               了

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