第63話 空気のようなもの

文字数 2,297文字

 いきなりですが、ちょっと御託を並べる無礼をお許し下さい。

 「霊」もしくは「霊魂」とは、wikiによれば、肉体とは別に精神的実体として存在すると考えられる、〝想像上の概念〟と言うことらしいですが、私はこの「霊」と言う言い方があまり好きではありません。

 言い方が難しいのですが、その物の持つ、「本質」を言葉(名前)が貶めている、とでも言いましょうか、いわゆる、底が知れている、と感じられるからです。もっと崇高なものだと私は思っています。とは言え、それではわかりにくいので、不本意ながらこちらでは「霊」と呼ぶことにします。

 

 さて、私は子供の頃から、五感によりその存在を感じることが割とよくありました。

 特に私の場合は、共感力が大変強く、生きている人の強い感情を匂いで感じ取ってしまうぐらい鼻が利きました。これはおそらく私の母が大変霊感の強い人だったのでその体質が遺伝したのだと思われます。

 子供の頃は、母から、「もし何か見たり感じたりしても、人前ではあまり言わない方があなたの為だ」と言われたため、ずっとそれらを避け、あるいは口を閉ざして来ました。

 しかし、22才の時に、とても霊力の強い人に出会い「それがあなたの役割だから逃げないで受け入れなさい」と諭されて、それ以来、もう隠すことはなくなりました。



 そしてようやく最近になって知ったことがあります。

 私は自分が子供の頃より、ある少数の人だけがそう言った特異体質だと思っていたのが、ネットの普及により、そうではないことを知りました。

 単に私が知らなかっただけで、「実は私も」「実は僕も」と、多くの人が水面下にいらっしゃった。つまりそれは、珍しいことではないと言うことです。

 そして何より驚いたことが、見え方、感じ方は、その人によって違うと言う事実です。  

 私の場合は、母もそうでしたが、例えば、電車に乗っている人、道に立っている人、食堂の席に座っている人など、ごくごく普通に生きている人と同じように見える。時にパッと見ただけでは、生きている人なのか霊体なのかわからないぐらい明瞭に見えることもあります。今まで、見えると言う人は、皆が私のように見えていたのだと思っていました。 

 しかしそれはどうも違うようです。白く煙のような存在として見えたり、黒い濁り水のように見えたり、あるいは、光輝いて見えたりする人もおられます。なぜ見え方が違うのかはわかりません。なにせ、wikiによれば「想像上の概念」と定義されているのですから。これほどたくさんの人が皆同じように嘘をついているとは思えません。

 今のところ証明されたわけではありませんが、「死後の世界を見た」と同じで、科学的には根拠がないけれど、公然の事実としてはあると確信しております。

 

 さて、以前、私が遭遇した時のことを書いた文章がありますので、載せてみたいと思います。



   空気のようなモノ



 寒い夜。僕は残業ですっかり遅くなった家路を急いでいた。

 季節は冬。クリスマスを過ぎ、もうすぐ1年が終わる頃。

 最寄りの駅で電車を降りる頃には午後十時を回っていた。駅から家までは、徒歩でおおよそ十分ぐらいの道のりだ。自転車を利用するほどでもない。

 すっかりシャッターの降り切った商店街は、駅から遠ざかるに連れ、人影もいよいよ疎らとなった。もっとも、ここの商店街は昼間でも寂れている。少子高齢化はこんなところにもその毒をじわじわ振り撒いている。

 僕が子供の頃の賑わいはもうなかった。寂れた店の跡を継ぐ者もいないために、今現在、店の守りをしている年寄りたちが引退したなら、後はシャッターが降ろされ、売り店舗の札が掛けられる。

 その後に物販店が入ることはまれで、もう商店街で買い物をしようという人そのものが著しく減少しているように思われた。

 みぞれ混じりの冷たい小雨がしとしとと降っていた。

 会社に傘を置いて来たことを後悔していた。さっき会社を出るときはまだ降ってはいなかったのに、商店街のアーケードを抜けた時点で、街灯が雨粒を白く浮き立たせるほどの降り方になっていた。歩みは自然と早足になった。

 焼き立てが売りの小さなパン屋の角を曲がって、歯医者の前を通り過ぎ、向こうに自分の住むマンションの灯りが見えた。

 マンションの前に電柱があり、その向こうには大理石模様のパネルを敷き詰めた小洒落たエントランスが見える。辺りにまったく人気などはなかった。

 と、その時、ふと見ると、電柱の陰の暗闇に紛れて何かかがいる。

 人だ。黒っぽい衣装を身に纏い、電柱の陰から通り過ぎようとしている僕の方をじっと窺っている。僕は、夜の雨に紛れてほんの少し埃のような匂いを敏感に感じ取った。

(またか……)

 小さく舌打ちしてなるべくそちらを見ないようにその横を早足で通り過ぎた。

 そいつはまだじっと僕の方を見ている。

(見えないと思っているのかい? こっちはすっかりお見通しだよ)

 僕は心の中でそう呟いて 不意にそいつの方を振り向いた。

 寒気が走った。老婆だった。腰の曲がった老婆が通り過ぎる僕をずっと見ていた。

 その目は暗澹としていてとても苦しそうに見えた。

 老婆は自分の存在を知られたことに酷く驚いた様子であっという間に消えてしまった。

 そして後味の悪さだけが残った。

 彼らはそのほとんどが、おそらく、人間の形は取ってはいるものの中身がない。

 つまりその姿は仮の器だ。置き去りにされた強い感情が作り出した仮の器に過ぎない。

 僕はそれを『空気のようなモノ』と認識している。

 



                              了

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