第67話  あの世からの伝言

文字数 2,354文字

 子供の頃は、金縛りに合う度に、「うわぁ、また来るかな、ああやっぱり来たか!」と、辛くてたまりませんでした。いっしょに暮している家族は何ともないのに、なぜ自分だけがこんな酷い目に合うのか、と不満を持っていました。

 しかしだんだん慣れて来ると、その状況も冷静に分析できるようになり、こいつは害のない者だとか、あきらかに私よりも力の弱い者だとか、逆にこれはヤバい奴だ、とか。

 怖さよりも興味深さの方が強くなりました。

 害のない者や力の弱い者の中には、亡くなった親族だったり、知り合いだったり、親しかった友人だったり、昔別れた恋人だったり、まあ大体において、出てくれば、悲しくて淋しい気持ちになります。不浄霊でも弱い者が来れば、「出て行け!」と追い返しました。

 そして自分よりはるかに強い霊の特徴を挙げると、彼らはズバリ「しゃべります」つまり会話が成立します。そして何らかの「意思」を持っています。とは言え、やって来られても私にはただじっと耐えるか、あと叫ぶぐらいしかできませんが。

 ただ問題は、その私の真夜中の叫び声を聞いた、彼女であったり嫁であったりする人にとってそれは恐怖以外の何物でもないらしく「お願いだからそういうの、やめて」と頼まれます。

 叫び声を聞いた人によれば、それは私の声ではないし、人間の声だとも思えないのだそうです。いっしょに寝ることになる前に「俺、真夜中に叫ぶよ」と言っておくべきでした。余談ですが、ナナちゃんも号泣したり、叫んだりするらしいです。

 まあ共同生活なので私の我儘を通すわけにもいかず、それまでは亡くなった母がキッチンの北西角に神棚を祀っていたのですが、「何とかして」と頼まれて以来、その神棚を鬼門から裏鬼門にかけての対角線上(正中線)に移動いたしました。毎日、神棚のお米とお水とお酒を替え、榊も水を替えて、枯れて来たら新しくしました。はたして、それ以来、金縛りらしい金縛りには合わなくなりました。それはそれで少し淋しい気がします。せっかくの不思議体験が勿体ない。

 さて、少し昔の三谷幸喜監督の「ステキな金縛り」と言う大変楽しい映画がありました。今日はあれに出て来た落ち武者ではありませんが、ちょっと変わった人のことを書いてみたいと思います。

 金縛りに合う状況はいつもと同じでした。

 朝方。ゆらゆらと私は、白いレムの波間を彷徨っている時に遭遇します。

 その時、玄関の方でドアの開く音が聞えます。つけっぱなしの換気扇によって下がった部屋の気圧が、ドンと小さな衝撃を受けて元に戻ったことを感じました。

 ――誰か、来た。

 うちは玄関が鬼門にあります。あの人たちもちゃんと玄関から入って来るのです。そしてトントントントンとこちらに近づいて来る足音がはっきりと聞こえます。

 あまりにリアルなので本当に誰かが入って来たのではと間違うこともあります。

「いやだな、いやだな、来ないでほしいな」と思う間もなく、すぐ傍にその気配を感じます。次の瞬間、ズシンと体は石のように重くなる。

 昔はただ、なすがままにじっと耐えていただけでしたが、あるとき、頑張ればほんの少しはからだが動かせることに気が付きました。

 それはものすごい力を必要とします。何度も試しているうちに、なんとか口が聞けることにも気が付きました。しかし発する言葉はけっして言葉にはならず、ただの大きな呻き声でしかありません。隣で寝ている人にはホントに迷惑でしょうね。

 でもその大声を出すと、スーッとからだの力が抜けて、動けるようになるのです。

 

 さて、うちは昔から月に一回、お寺さんに父母の祥月命日参りをお願いしています。別に熱心な仏教信者ではありません。私が子供の頃、父が亡くなって以来、母がずっとその習慣を続けて来ました。その母も亡くなり、私がその習慣を受け継いでいるだけです。

 その朝も、やはり私は金縛りに合いました。

 いつものごとく、ドンと大きな圧力を受けて体はピクリとも動かない。その時は、よほど強い霊だったのか、口も動きません。しかし、目を開けることはできました。

 見れば、目の前に小太りの上半身裸のオジサンが座っていました。その顔を見ると思わずドキッとしました。なんと目がありません。いや、よくよく見ると、それはとても細い目を閉じていたのです。これはマズイのではないか。かなり強そうな奴がやって来たと内心ビクビクしておりますと、

その人は言いました。



「あのな、わしはあんたのお母ちゃんが入院してた病院で、いっしょに入院してたもんやけど、あんたのお母ちゃんが先に亡くなって、わしもその少し後で向こうへ行ったんや。今もあっちでいろいろ世話になってるんやけどな、そのお母ちゃんからあんたに伝言を頼まれたんや。坊さんがな、今日は寺の都合が悪くてこっちに来られんから、祥月命日参りは来週に変更してくれということや。伝えたで」

 

 一気にそういうと、ふっと消えて私のからだは元通り動くようになりました。

 時計を見ると午前8時です。と、その時、携帯が鳴りました。私はあまりに驚いて、それが携帯のコール音であることに気が付くのにしばらく時間を要しました。

 慌てて電話に出ると、なんと今日来るはずのお寺の住職さんからです。

「お早うございます。光園寺の若院です。誠に申し訳ありませんが本日午後にお伺いする予定になっていましたが、突然の告別式が入りまして、大変申し訳ございませんが、来週に変更していただきたいのですがいかがでしょうか?」

「では来週の日曜にお願いします」

 私は即答しました。あっちでも母は、こっちにいる時と何も変わらずに、いろいろな人の役に立っているに違いないと思いました。

                              了

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み