第68話 〝気〟のせい

文字数 1,378文字

  〝気〟のせい


「顔色をうかがう」
 これは日常生活の中で、人の感情が表情に表れると言うことの例えです。

 実際に、「この人、今は機嫌が悪いから話しかけるのはよそう」と思うことはよくあります。

 つまり、人の気持ちが見た目にはっきりとわかる。その「気持ち」だけでは目に見えませんが、気持ちが肉体に作用して可視化するわけです。

 またあるいは、「病は気から」などとも言いますが、実際に少々の病気は気力でなんとかなるものです。人間にとって「気持ち」あるいは「気」と言うものが、いかに重要であるかよくわかります。

 地球上で単純に他の肉食動物に比べて弱者である人間は、まだ言葉も持たなかった太古の昔より、集団で生活をして来ました。

 その頃の人間はおそらく「気」によって、意思疎通もできていたのではないでしょうか。

 それが文明の発達により、どんどん退化して行き、今では、顔色を窺うことぐらいしかできないようになってしまったのでしょう。



 ところが、多くの人間の中にはまだその能力を残している人がいます。

 たとえば、肉体的には耳を自在に動かしたり、もっとすごい人は、鳥肌を自由に出す(体毛を逆立てる)ことができたりする人もいるそうですが、それと同じで、精神的なもの、昔の人間には必然だった、「他人を慮る能力」をいまだに持っている人間がいることは確かなようです。

 なぜなら、私自身がそうだからです。共感力、感受性が大変強いのです。

 共感力が高すぎて実際生き辛く思っている方も多いとは思いますが、ひょっとしたらこの力を五感の次にある、第六感と言うのかもしれません。

 どういう風に感じるのかと言えば、私の場合は、他人の気持ちの揺らぎ、感情の強さを五感の中の、嗅覚と皮膚感覚に変換して感じ取ります。

 人から体温以上の熱や、冷たさを感じたことはありませんでしょうか。あるいは、体臭やフレグランスではない、甘い匂いや、焦げたような臭いなどを感じたことはないでしょうか。

 そのように何かを感じ取った時、人は「気のせい」と思うのかもしれませんが、実はこれが、「気」のせいなのです。

 

 さて、ここで短い体験を書いてみたいと思います。 

 今朝の通勤電車でのこと。
 混雑具合も徐々に平常通りになりつつあります。私は青空が見たいのでいつもドアの前に立っているのですが、今朝、何となく右腕がぽかぽか温かい。

 右腕だけです。それで右を見ると、ちょっとふくよかな50代ぐらいの女性がにこにこしながらスマホ画面を見ていました。

 ぽかぽかの温源はこの人です。ふくよかだから熱いのではなく、全身から温かい気が発散されています。

 ああ、なんてやわらかくてやさしい気なのでしょう。

 ちらりと見たスマホの画面には、赤ちゃんとそのお母さんの写真。おそらく、娘さんがお母さんに送ったお孫さんの写真でしょうか。赤ちゃんを見ている時の女性は皆、お母さんの顔をしていますね。

 たぶんこの女性はもともとこんなにぽかぽかする「気」の持ち主なのだろうと思いますが、その写真を眺めてにっこりほほ笑む表情はまるで仏様のようでした。

 私は思わず「あなた、すごく温かい気の持ち主ですね」と言いたかった。

 でも変な奴だと思われるので、ぐっと我慢しました。

 でも朝から何か癒されました。感謝です。
                         了
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