第22話 悪人イヤーゴを探せ
文字数 3,590文字
九月に入ってからは暑さがいくぶん、マシになった。もう月の半ば。「暑さ寒さも彼岸まで」と言うことだろう。
それと変わったことが二つある。一つは私と十六夜さんは、お互いの呼び名を下の名前で呼ぶことになった。「交際しているのだから」と彼女の提案だった。
今でも抵抗がある。慣れない。恥ずかしい。気を抜けば、「十六夜さん」と呼んでしまいそうになる。それでも、私は彼女を「月」と呼び、彼女は「太陽」と呼んでいた。キャンバスでは木の下にあるベンチでしゃべり、家に帰れば電話で話をした。オ○ロ夫婦に茶化されながら、楽しく過ごしていた。
もう一つは、ある男の嫌がらせを受けるようになった。柔道部の元エース、「土門 大地」からだった。IZAYOIグループの子会社に面接を受けに行った。その時に出会った。ガタイはしっかりとしていたが、実戦向きではなかった。どちらかというとボディービルダーのような見せる系の筋肉。しなやかさが足りない。だから試合ではそこそこ勝てても上位には通用しない。もちろん、卑怯な手を使わなければ、私にも勝てないだろう。
その頃、お天道様ルールなるものを己にかし、人と接していた。「攻撃を受けても反撃をしない」と言うものだ。
ダーシェ師匠から私闘を禁じられている。その掟を守っていた。それにケガだけならば、二、三日で治るだろう。
ただし、「月」を攻撃する者は例外として反撃する。私は自分への攻撃はガマンできても、彼女への攻撃は許せない。絶対に許さん。逃げても追いかけるつもりだ。必ず仕留めてやる。
だから、ケガをしても彼女には心配をかけないように、転んだとか言い訳をしていた。ベンチに座っていた時、ソーッと手をつないできた。その事を気づいていたのかも知れない。
「イタッ」
彼女がアザのできた手の甲をさわってしまった。
「どうしたの? こんなところにアザなんて、普通はできないでしょう。正直に言いなさい」
彼女が怒りだした。仕方がないので、本当のことを言った。
「何で怒らないのよ。土門君より、あなたの方が圧倒的に強いでしょう。なんでワザワザ攻撃を受ける必要があるの?」
「君の言う通り。土門なんて倒すのは簡単だよ。それじゃあ、ダメなんだ」
「なぜよ。あなたが傷つくのを見ていられないの。だからもう止めて・・・」
彼女を泣かせてしまった。仕方がない。表向きは彼女の言う通りにした。
「分かったよ。もうしない。だから、泣き止んでほしい」
そっと彼女の頭をなでた。彼女は泣き止み、微笑んだ。
「やっぱり、君にはいつも笑顔でいてほしい。心配かけてゴメン」
「そんなのいいわよ。でも、覚えておいてね。私はあなたの傷つく姿を見たくないの。約束よ」
「うん。分かったよ。もっと自分の身体のことを大事にするよ。約束だ」
数分後、彼女は送迎車に乗って帰った。
(さてと、今日もやりますか。月、ゴメン)
私は探偵を始めている。悪人イヤーゴを捜索中だ。
土門の匂いをカッシオにかがせて、オテロと一緒についていっている。ここ何日か同じ公園を通り過ぎている。この辺りがイヤーゴのナワバリなんだろう。明日はここから捜索することにしよう。
(もう、月の泣き顔は見たくない。心配をかけることは控えないとな)
― さかのぼること、一週間。
キャンバスでは一つの噂がながれていた。「十六夜 月」が、このキャンバス内で付き合っている男がいると言うものだった。噂のながれは速い。たまに尾ひれが付いたりする。元のネタから、かけ離れた話として拡がるものだ。今回もそうだ。そのうらやましい男探しが流行っていた。
(そいつはここにいるんだけどね)
ベンチで本を読んでいる。しばらくすると彼女が現れる。そこで笑顔を見る。講義を受ける。これが朝のルーティーン。私はその何気ない日常がたまらなく好きだ。彼女には感謝。幸せを感じている。今までおっくうだった朝も、規則正しくなった。彼女の笑顔を見るために、キャンバスへ通っているようなものだ。授業料を払ってくれている母さんに申し訳ない気持ちはある。だが、彼女への想いはそれをはるかに超えるのだ。「恋は盲目」と言うヤツ。今の私がそれだ。
昼は彼女がテニスサークルで汗を流している。それを遠くから本を読んでいるように見せかけ、ベンチから眺めていた。たまに本が逆さまを向いていることもあった。彼女が時折、私に小さく手を振るからだ。ファンクラブの連中はそれを自分に手を振っていると勘違い。小競り合いが起きるほど、いつも騒がしい。サークルの代表がそれを怒鳴りつけて帰らせる。これが昼のルーティーン。
夕方は彼女の送迎車がくるまで、ベンチでおしゃべりタイム。彼女はサークル仲間と一緒に現れる。さりげなくしゃべりかけてくれるので、彼女のサークル仲間も私と話をするようになった。彼女達からは「一緒にテニスをしよう」と勧誘されるのだが、私はテニスをしたことがない。だから、加減をすることができないだろう。騒がれるのが、目に見えている。当然、今も何かと理由をつけて断っている。
彼女の送迎車が到着すると一緒に歩いていく。彼女の送迎車が見えなくなるまで、彼女のサークル仲間とその場にいるのが日課だ。
(さてと、帰りますか)
ある日、駅へ歩きだした時に呼び止められた。
「おい、お前。ちょっといいか? 顔をかせよ」
(『土門 大地』だ。何か、怒っているみたいだな)
彼を怒らすことは、していないつもりなんだが・・・。
「だまってついてこい」と言うので、しぶしぶ素直にしたがった。
(人気のないところか・・・)
路地裏という場所。困ってしまった。こんなに狭い場所で彼はどうやって逃げられるのだ。自分の体型くらい、把握しろよ。どうせ、話し合いで解決しないんだろう。
「ここらでいいだろう。・・・お前はなんで『月様』と楽しそうにしゃべっているんだ。ふざけるな。お前のような存在感のないヤツが何でだ。お前は『月様』の前から消えろよ。さもなければ、どうなっても知らないぞ。確かに忠告したからな」
彼はおどしてきた。相手の実力が分からないほどのバカなのか?
(ちょっと待てよ? なんだ。そういうことか・・・)
彼は「月」のことが好きなんだな。私のことを気に入らないといったところか。
(やれやれ、仕方がない)
私は彼の気がすむように殴られてやることにした。
顔以外を好きなように攻撃させてやった。時には、わざとらしく派手に吹っ飛んでやった。だから、満足したのだろう。
「今日はこの辺で許してやる」
彼は肩で息をして帰っていった。スタミナがないのだろう。そのくせにえらそうだ。許してやったのはこちらなのに・・・。
(ふー。疲れた)
ずいぶんと服が汚れてしまった。
(母さんに怒られるな)
パンパンと服をはらい、帰った。
家に帰ると案の定、母さんに怒られた。
「早く風呂にはいってきなさい」と言われたので、着替えを取りに行った。戻ってくるとオテロとカッシオがナワバリから帰ってきていた。珍しくオテロがすり寄ってきた。服を匂いでいる。母さんが首の皮を摘まんで、エサの前まで連れて行った。その隙に風呂に入った。服を脱いで、身体を見た。アザだらけだった。
(もうちょっと、うまくかわせばよかったな)
風呂に入ったおかげでスッキリとした。夕食を食べて部屋に戻った。まだ寝る時間ではなかったが、オ○ロが現れた。
「相棒、よくやった」
私はなんのことだか分からない。
「どういうことなんだ?」
「お前の服からイヤーゴの匂いがした。アイツの匂いは忘れていなかった」
「ちょっと待ってよ。何でだよ。私は『土門 大地』に絡まれただけだぞ」
「だから、ソイツがイヤーゴと接触している可能性が高いということだ」
(そういうことか・・・)
ヤーゴの正体が「土門 大地」であり、灰色の猫がイヤーゴなんだ。これで三人の旅人が分かった。時空の旅人となるメフィストフェレスに選ばれた者。
(これからどうしたらいいんだ)
「相棒、ソイツの家は知らないのか?」
「知らないよ」
「思いきって尾行するか?」
「いや、カッシオを使おう。アイツは鼻がきくんだろう」
「あぁ、その手でいくか。明日は昼の間にナワバリから帰ってくるからな」
「こっちもできるだけ早く帰ってくるよ」
すべては、あの物語の因果を断ち切るため、オ○ロ夫婦を幸せに導くためだ。
ダーシェ師匠、私はあなたとの誓いを破るかもしれません。許してください。いつかその日がくる予感がするのです。今までありがとうございました。
それと変わったことが二つある。一つは私と十六夜さんは、お互いの呼び名を下の名前で呼ぶことになった。「交際しているのだから」と彼女の提案だった。
今でも抵抗がある。慣れない。恥ずかしい。気を抜けば、「十六夜さん」と呼んでしまいそうになる。それでも、私は彼女を「月」と呼び、彼女は「太陽」と呼んでいた。キャンバスでは木の下にあるベンチでしゃべり、家に帰れば電話で話をした。オ○ロ夫婦に茶化されながら、楽しく過ごしていた。
もう一つは、ある男の嫌がらせを受けるようになった。柔道部の元エース、「土門 大地」からだった。IZAYOIグループの子会社に面接を受けに行った。その時に出会った。ガタイはしっかりとしていたが、実戦向きではなかった。どちらかというとボディービルダーのような見せる系の筋肉。しなやかさが足りない。だから試合ではそこそこ勝てても上位には通用しない。もちろん、卑怯な手を使わなければ、私にも勝てないだろう。
その頃、お天道様ルールなるものを己にかし、人と接していた。「攻撃を受けても反撃をしない」と言うものだ。
ダーシェ師匠から私闘を禁じられている。その掟を守っていた。それにケガだけならば、二、三日で治るだろう。
ただし、「月」を攻撃する者は例外として反撃する。私は自分への攻撃はガマンできても、彼女への攻撃は許せない。絶対に許さん。逃げても追いかけるつもりだ。必ず仕留めてやる。
だから、ケガをしても彼女には心配をかけないように、転んだとか言い訳をしていた。ベンチに座っていた時、ソーッと手をつないできた。その事を気づいていたのかも知れない。
「イタッ」
彼女がアザのできた手の甲をさわってしまった。
「どうしたの? こんなところにアザなんて、普通はできないでしょう。正直に言いなさい」
彼女が怒りだした。仕方がないので、本当のことを言った。
「何で怒らないのよ。土門君より、あなたの方が圧倒的に強いでしょう。なんでワザワザ攻撃を受ける必要があるの?」
「君の言う通り。土門なんて倒すのは簡単だよ。それじゃあ、ダメなんだ」
「なぜよ。あなたが傷つくのを見ていられないの。だからもう止めて・・・」
彼女を泣かせてしまった。仕方がない。表向きは彼女の言う通りにした。
「分かったよ。もうしない。だから、泣き止んでほしい」
そっと彼女の頭をなでた。彼女は泣き止み、微笑んだ。
「やっぱり、君にはいつも笑顔でいてほしい。心配かけてゴメン」
「そんなのいいわよ。でも、覚えておいてね。私はあなたの傷つく姿を見たくないの。約束よ」
「うん。分かったよ。もっと自分の身体のことを大事にするよ。約束だ」
数分後、彼女は送迎車に乗って帰った。
(さてと、今日もやりますか。月、ゴメン)
私は探偵を始めている。悪人イヤーゴを捜索中だ。
土門の匂いをカッシオにかがせて、オテロと一緒についていっている。ここ何日か同じ公園を通り過ぎている。この辺りがイヤーゴのナワバリなんだろう。明日はここから捜索することにしよう。
(もう、月の泣き顔は見たくない。心配をかけることは控えないとな)
― さかのぼること、一週間。
キャンバスでは一つの噂がながれていた。「十六夜 月」が、このキャンバス内で付き合っている男がいると言うものだった。噂のながれは速い。たまに尾ひれが付いたりする。元のネタから、かけ離れた話として拡がるものだ。今回もそうだ。そのうらやましい男探しが流行っていた。
(そいつはここにいるんだけどね)
ベンチで本を読んでいる。しばらくすると彼女が現れる。そこで笑顔を見る。講義を受ける。これが朝のルーティーン。私はその何気ない日常がたまらなく好きだ。彼女には感謝。幸せを感じている。今までおっくうだった朝も、規則正しくなった。彼女の笑顔を見るために、キャンバスへ通っているようなものだ。授業料を払ってくれている母さんに申し訳ない気持ちはある。だが、彼女への想いはそれをはるかに超えるのだ。「恋は盲目」と言うヤツ。今の私がそれだ。
昼は彼女がテニスサークルで汗を流している。それを遠くから本を読んでいるように見せかけ、ベンチから眺めていた。たまに本が逆さまを向いていることもあった。彼女が時折、私に小さく手を振るからだ。ファンクラブの連中はそれを自分に手を振っていると勘違い。小競り合いが起きるほど、いつも騒がしい。サークルの代表がそれを怒鳴りつけて帰らせる。これが昼のルーティーン。
夕方は彼女の送迎車がくるまで、ベンチでおしゃべりタイム。彼女はサークル仲間と一緒に現れる。さりげなくしゃべりかけてくれるので、彼女のサークル仲間も私と話をするようになった。彼女達からは「一緒にテニスをしよう」と勧誘されるのだが、私はテニスをしたことがない。だから、加減をすることができないだろう。騒がれるのが、目に見えている。当然、今も何かと理由をつけて断っている。
彼女の送迎車が到着すると一緒に歩いていく。彼女の送迎車が見えなくなるまで、彼女のサークル仲間とその場にいるのが日課だ。
(さてと、帰りますか)
ある日、駅へ歩きだした時に呼び止められた。
「おい、お前。ちょっといいか? 顔をかせよ」
(『土門 大地』だ。何か、怒っているみたいだな)
彼を怒らすことは、していないつもりなんだが・・・。
「だまってついてこい」と言うので、しぶしぶ素直にしたがった。
(人気のないところか・・・)
路地裏という場所。困ってしまった。こんなに狭い場所で彼はどうやって逃げられるのだ。自分の体型くらい、把握しろよ。どうせ、話し合いで解決しないんだろう。
「ここらでいいだろう。・・・お前はなんで『月様』と楽しそうにしゃべっているんだ。ふざけるな。お前のような存在感のないヤツが何でだ。お前は『月様』の前から消えろよ。さもなければ、どうなっても知らないぞ。確かに忠告したからな」
彼はおどしてきた。相手の実力が分からないほどのバカなのか?
(ちょっと待てよ? なんだ。そういうことか・・・)
彼は「月」のことが好きなんだな。私のことを気に入らないといったところか。
(やれやれ、仕方がない)
私は彼の気がすむように殴られてやることにした。
顔以外を好きなように攻撃させてやった。時には、わざとらしく派手に吹っ飛んでやった。だから、満足したのだろう。
「今日はこの辺で許してやる」
彼は肩で息をして帰っていった。スタミナがないのだろう。そのくせにえらそうだ。許してやったのはこちらなのに・・・。
(ふー。疲れた)
ずいぶんと服が汚れてしまった。
(母さんに怒られるな)
パンパンと服をはらい、帰った。
家に帰ると案の定、母さんに怒られた。
「早く風呂にはいってきなさい」と言われたので、着替えを取りに行った。戻ってくるとオテロとカッシオがナワバリから帰ってきていた。珍しくオテロがすり寄ってきた。服を匂いでいる。母さんが首の皮を摘まんで、エサの前まで連れて行った。その隙に風呂に入った。服を脱いで、身体を見た。アザだらけだった。
(もうちょっと、うまくかわせばよかったな)
風呂に入ったおかげでスッキリとした。夕食を食べて部屋に戻った。まだ寝る時間ではなかったが、オ○ロが現れた。
「相棒、よくやった」
私はなんのことだか分からない。
「どういうことなんだ?」
「お前の服からイヤーゴの匂いがした。アイツの匂いは忘れていなかった」
「ちょっと待ってよ。何でだよ。私は『土門 大地』に絡まれただけだぞ」
「だから、ソイツがイヤーゴと接触している可能性が高いということだ」
(そういうことか・・・)
ヤーゴの正体が「土門 大地」であり、灰色の猫がイヤーゴなんだ。これで三人の旅人が分かった。時空の旅人となるメフィストフェレスに選ばれた者。
(これからどうしたらいいんだ)
「相棒、ソイツの家は知らないのか?」
「知らないよ」
「思いきって尾行するか?」
「いや、カッシオを使おう。アイツは鼻がきくんだろう」
「あぁ、その手でいくか。明日は昼の間にナワバリから帰ってくるからな」
「こっちもできるだけ早く帰ってくるよ」
すべては、あの物語の因果を断ち切るため、オ○ロ夫婦を幸せに導くためだ。
ダーシェ師匠、私はあなたとの誓いを破るかもしれません。許してください。いつかその日がくる予感がするのです。今までありがとうございました。