第16話 戦後処理
文字数 3,282文字
― 大戦が終わり、半月。
白の世界は荒廃していた。兄妹ゲンカのせいで、この有り様。あの二人には困ったものだ。
(勘弁してほしい)
私は今、畑を耕している。罪ほろぼしのために始めた。戦いで亡くなった者の命は戻らない。でも、新たな命を芽吹く手伝いはできる。畑を耕しているのはそのためだ。
「オテロ、休憩しようぜ」
骨三郎が声をかけてきた。
「うん。そうしよう」
「感謝しろよ。アズと一緒に並んで、買ってきてやったんだからな。ガエタノのおやじにサービスしてもらったぜ」
「いつもありがとう。もちろん感謝しているよ。いただきまーす」
相変わらず、美味しい。疲れているから余計にそう思える。
「はい、紅茶」
アズリエルは水筒からコップに注いでくれた。
「そういえば、久しぶりだよね」
「そうね」
「前は、ラニに襲われたからな」
「そうだよ。キャロットケーキを喜んで、口いっぱいにほうばって食べていたよね」
のどかな風景を眺めていた。とても、ついこの間まで戦いがあった場所とは思えない。
私は毎日、麦をまいている。春には黄金の穂を見ることができるだろう。収穫できたらパンを作ろう。今から楽しみだ。
「そういえば、オテロの罪名は何だった? 何か罪があっただろう」
「天使の殺害と内乱罪だった。ルシファーが流浪の刑を言い渡したから、それに従っただけだよ。勝てば官軍と言うことかな?」
「いやいや、普通は死刑だろう」
「・・・だよね。しかも、重りつきじゃないんだよ。これじゃ、無罪と変わらないよ。だから勝手に畑を耕しているんだ。すこしでも反省している姿を見せないとね。まわりが納得しないだろう」
「そうかもな。でも、流浪の刑なんだから『冒険に出ろ』と言うことだろう。あの兄妹はオテロに甘いよな」
「そうだね。この際、甘えておくよ。ここを耕し終わったら、冒険に出るつもりだよ。暗黒竜の村に行ってみたいんだ」
「ふーん。まっ、どこへでもついて行ってやるけどな。アズも行くだろう?」
「ついていく。骨三郎は留守番でいい」
「アズ、そんなこと言うなよ。俺も連れて行け」
笑いが込み上げてきた。
(また、にぎやかな旅になりそうだ)
水筒の上に赤トンボが止まっていた。
(急いで、終わらせるぞ)
休憩をやめて、畑仕事を再開した。
― 半年後。
桜が満開になる頃。ルシファーの執務室に呼び出された。
天界の神殿は崩壊。現在、長い間使われていなかった建物を執務室に改装していた。その内、別の建物へ移る予定。
「オテロ、もう罪ほろぼしは済んだのだろう。私達の仕事を手伝ってくれないか?」
「いいけど、出来る仕事なんてあるのかな? それとも猫の手を借りたいほど忙しいの?」
「うむ。どれでもいいから手に取って見てくれ」
(どれどれ・・・)
山積みとなった書類を見た。
(なんだ、これ?)
イロイロな案件が混ざっていた。
(まずは、仕分けからだな)
書類に目を通して、放り投げる。一枚一枚、確認・・・。
「この書類の山はミカエルさん」
「この山はデメテルさん」
山ごとに渡して、分担してもらった。
「さすが、オテロ。助かった、礼を言う」
「大したことはないよ。じゃぁ、私はこれで帰っていいよね」
「待ってくれ。実はまだあるんだ」
(いったい、どうなっているんだ?)
次から次へと書類が積み上げられていく。
(いやいや、ちょっと待ってくれよ・・・)
先ほどの倍くらい。書類の山脈と化した。
「いやー、すまんな。皆の陳情をくみ取ろうとしたらこうなってしまってな。さすがにムリがあった」
談笑していたところにデメテルさんが怒ってやってきた。
「ちょっと、ルシファー君。いいかしら」
何か雲行きがあやしい。目の錯覚だろうか? ツノが見えた気がした。
(くわばら、くわばら)
忍び足でその場を去ろうとした。ルシファーに見つかり、「オテロ」と声をかけられた。ただならぬ雰囲気。
(見つかった)
にらむデメテルさんに首根っこをつままれ、ルシファーの横に座らされた。
(えっ、何で?)
「あなた達、私に何か恨みでもあるのかしら? この書類の山をどうしろというの。ちょっとムリでしょう。過労死するわよ」
「できるだけでいいので、処理してください。農業関係はデメテルさんの得意分野ですよね」
「豊穣の女神だからね。でも、何でも屋ではないのよ。そこを理解してくれないと困るわ」
「もちろん、そうなんですが・・・」
「こんなことになるならば、冥界についていけばよかったわ・・・」
「いや、デメテル様がいなければ、白の大地は荒廃したままでしたよ。本当に感謝しています」
「もう兄妹ゲンカは、しちゃダメよ。いいわね」
「わかりました」
ルシファーはデメテルさんを怒らせないようにうつむいていた。女神様にとっては、ルシファーは子供扱いなのだろう。
(そうだ)
新作のスイーツを手土産で持ってきていたのを忘れていた。
「デメテルさん、一緒に食べませんか?」
助け船を出した。箱の封を開けるとそれは部屋いっぱいに香りがひろがった。
「いいわね。お茶にしましょう」
デメテルさんの怒りがおさまった。
(ガエタノ、ありがとう)
「そうだな。ミカエルも呼んでやろう」
急いでルシファーは部屋を出た。少しだけ部屋の雰囲気が、かわった気がした。ルシファーも今頃、ホッとしているだろう。
(女神様を怒らせてはいけない)
今回、初めて理解した。どうりでルシファーが怯えるハズだ。
(ゼウスの兄妹だからな)
いつも眉間にしわをよせるルシファーの顔。それ以外の顔を見れただけでも、今日はワザワザやってきたかいがあった。
(写真をとっておけばよかったかな)
その時、あわててミカエルさんがやってきた。
「お待たせしました。デメテル様」
「そんなにあわてなくてもいいのに・・・」
クスクスと笑うデメテルさん。機嫌が良くなった様子。
(よかった)
ほっと胸をなでおろした。
「さぁ、食べましょう」
デメテルさん、ミカエルさんは待ちきれない様子。
「あぁ、いいわ。香りも見た目も素晴らしい」
「忙しいので、新作スイーツは食べれないとあきらめてました。ゼルエルにも後で感想を教えてやろう。アイツの場合はスイーツより、オテロを選ぶかもしれないがな」
はははと笑う声。
(いやいや、勘弁してほしい)
他人事だと思って・・・。
(ふっふっふっ)
私はその隙に事務官に書類をそれぞれの執務室へ届けてもらった。
(作戦勝ちだな)
「兄さんはテュポーンの存在を知っていたのか?」
「まぁな。その頃は天使長だったからな。神殿に出入りを許されていた。そこであやしい動きをするゼウスの姿を見かけたのだ。立ち入り禁止の扉を開けて、地下へ降りていくではないか? もちろん、気づかれないように後をつけた。そこで培養されている子供のテュポーンを見てしまった」
「そうだったのか・・・」
「罠にかかったふりをして、魔界へ行った。天界では三分の一しか味方がいなかったからな。魔の軍勢を従えれば、数的優位にたつから天軍も簡単に手は出せないだろうと考えたのだ。だが、数だけではダメだ。ただ多くいるだけでは役にたたないからな。たまに白の大地へ向かわせて、実戦経験を積ませていたのだ。悪く思うなよ」
「何も知らない私は、手のひらで遊ばれていたのだな」
「・・・すまない。本当はお前には剣を握ってほしくは、無かったのだ。平穏とした中で幸せに暮らしてほしかった。兄として、そう導きたかった。だが、この世界の平和と天秤にかけてしまった。この悪い兄を許してほしい」
「・・・もういいさ。済んだことだ。昔の兄さんに戻ってくれるならいいよ」
笑顔のミカエル。黄金の羽根がまぶしい。
白の世界は荒廃していた。兄妹ゲンカのせいで、この有り様。あの二人には困ったものだ。
(勘弁してほしい)
私は今、畑を耕している。罪ほろぼしのために始めた。戦いで亡くなった者の命は戻らない。でも、新たな命を芽吹く手伝いはできる。畑を耕しているのはそのためだ。
「オテロ、休憩しようぜ」
骨三郎が声をかけてきた。
「うん。そうしよう」
「感謝しろよ。アズと一緒に並んで、買ってきてやったんだからな。ガエタノのおやじにサービスしてもらったぜ」
「いつもありがとう。もちろん感謝しているよ。いただきまーす」
相変わらず、美味しい。疲れているから余計にそう思える。
「はい、紅茶」
アズリエルは水筒からコップに注いでくれた。
「そういえば、久しぶりだよね」
「そうね」
「前は、ラニに襲われたからな」
「そうだよ。キャロットケーキを喜んで、口いっぱいにほうばって食べていたよね」
のどかな風景を眺めていた。とても、ついこの間まで戦いがあった場所とは思えない。
私は毎日、麦をまいている。春には黄金の穂を見ることができるだろう。収穫できたらパンを作ろう。今から楽しみだ。
「そういえば、オテロの罪名は何だった? 何か罪があっただろう」
「天使の殺害と内乱罪だった。ルシファーが流浪の刑を言い渡したから、それに従っただけだよ。勝てば官軍と言うことかな?」
「いやいや、普通は死刑だろう」
「・・・だよね。しかも、重りつきじゃないんだよ。これじゃ、無罪と変わらないよ。だから勝手に畑を耕しているんだ。すこしでも反省している姿を見せないとね。まわりが納得しないだろう」
「そうかもな。でも、流浪の刑なんだから『冒険に出ろ』と言うことだろう。あの兄妹はオテロに甘いよな」
「そうだね。この際、甘えておくよ。ここを耕し終わったら、冒険に出るつもりだよ。暗黒竜の村に行ってみたいんだ」
「ふーん。まっ、どこへでもついて行ってやるけどな。アズも行くだろう?」
「ついていく。骨三郎は留守番でいい」
「アズ、そんなこと言うなよ。俺も連れて行け」
笑いが込み上げてきた。
(また、にぎやかな旅になりそうだ)
水筒の上に赤トンボが止まっていた。
(急いで、終わらせるぞ)
休憩をやめて、畑仕事を再開した。
― 半年後。
桜が満開になる頃。ルシファーの執務室に呼び出された。
天界の神殿は崩壊。現在、長い間使われていなかった建物を執務室に改装していた。その内、別の建物へ移る予定。
「オテロ、もう罪ほろぼしは済んだのだろう。私達の仕事を手伝ってくれないか?」
「いいけど、出来る仕事なんてあるのかな? それとも猫の手を借りたいほど忙しいの?」
「うむ。どれでもいいから手に取って見てくれ」
(どれどれ・・・)
山積みとなった書類を見た。
(なんだ、これ?)
イロイロな案件が混ざっていた。
(まずは、仕分けからだな)
書類に目を通して、放り投げる。一枚一枚、確認・・・。
「この書類の山はミカエルさん」
「この山はデメテルさん」
山ごとに渡して、分担してもらった。
「さすが、オテロ。助かった、礼を言う」
「大したことはないよ。じゃぁ、私はこれで帰っていいよね」
「待ってくれ。実はまだあるんだ」
(いったい、どうなっているんだ?)
次から次へと書類が積み上げられていく。
(いやいや、ちょっと待ってくれよ・・・)
先ほどの倍くらい。書類の山脈と化した。
「いやー、すまんな。皆の陳情をくみ取ろうとしたらこうなってしまってな。さすがにムリがあった」
談笑していたところにデメテルさんが怒ってやってきた。
「ちょっと、ルシファー君。いいかしら」
何か雲行きがあやしい。目の錯覚だろうか? ツノが見えた気がした。
(くわばら、くわばら)
忍び足でその場を去ろうとした。ルシファーに見つかり、「オテロ」と声をかけられた。ただならぬ雰囲気。
(見つかった)
にらむデメテルさんに首根っこをつままれ、ルシファーの横に座らされた。
(えっ、何で?)
「あなた達、私に何か恨みでもあるのかしら? この書類の山をどうしろというの。ちょっとムリでしょう。過労死するわよ」
「できるだけでいいので、処理してください。農業関係はデメテルさんの得意分野ですよね」
「豊穣の女神だからね。でも、何でも屋ではないのよ。そこを理解してくれないと困るわ」
「もちろん、そうなんですが・・・」
「こんなことになるならば、冥界についていけばよかったわ・・・」
「いや、デメテル様がいなければ、白の大地は荒廃したままでしたよ。本当に感謝しています」
「もう兄妹ゲンカは、しちゃダメよ。いいわね」
「わかりました」
ルシファーはデメテルさんを怒らせないようにうつむいていた。女神様にとっては、ルシファーは子供扱いなのだろう。
(そうだ)
新作のスイーツを手土産で持ってきていたのを忘れていた。
「デメテルさん、一緒に食べませんか?」
助け船を出した。箱の封を開けるとそれは部屋いっぱいに香りがひろがった。
「いいわね。お茶にしましょう」
デメテルさんの怒りがおさまった。
(ガエタノ、ありがとう)
「そうだな。ミカエルも呼んでやろう」
急いでルシファーは部屋を出た。少しだけ部屋の雰囲気が、かわった気がした。ルシファーも今頃、ホッとしているだろう。
(女神様を怒らせてはいけない)
今回、初めて理解した。どうりでルシファーが怯えるハズだ。
(ゼウスの兄妹だからな)
いつも眉間にしわをよせるルシファーの顔。それ以外の顔を見れただけでも、今日はワザワザやってきたかいがあった。
(写真をとっておけばよかったかな)
その時、あわててミカエルさんがやってきた。
「お待たせしました。デメテル様」
「そんなにあわてなくてもいいのに・・・」
クスクスと笑うデメテルさん。機嫌が良くなった様子。
(よかった)
ほっと胸をなでおろした。
「さぁ、食べましょう」
デメテルさん、ミカエルさんは待ちきれない様子。
「あぁ、いいわ。香りも見た目も素晴らしい」
「忙しいので、新作スイーツは食べれないとあきらめてました。ゼルエルにも後で感想を教えてやろう。アイツの場合はスイーツより、オテロを選ぶかもしれないがな」
はははと笑う声。
(いやいや、勘弁してほしい)
他人事だと思って・・・。
(ふっふっふっ)
私はその隙に事務官に書類をそれぞれの執務室へ届けてもらった。
(作戦勝ちだな)
「兄さんはテュポーンの存在を知っていたのか?」
「まぁな。その頃は天使長だったからな。神殿に出入りを許されていた。そこであやしい動きをするゼウスの姿を見かけたのだ。立ち入り禁止の扉を開けて、地下へ降りていくではないか? もちろん、気づかれないように後をつけた。そこで培養されている子供のテュポーンを見てしまった」
「そうだったのか・・・」
「罠にかかったふりをして、魔界へ行った。天界では三分の一しか味方がいなかったからな。魔の軍勢を従えれば、数的優位にたつから天軍も簡単に手は出せないだろうと考えたのだ。だが、数だけではダメだ。ただ多くいるだけでは役にたたないからな。たまに白の大地へ向かわせて、実戦経験を積ませていたのだ。悪く思うなよ」
「何も知らない私は、手のひらで遊ばれていたのだな」
「・・・すまない。本当はお前には剣を握ってほしくは、無かったのだ。平穏とした中で幸せに暮らしてほしかった。兄として、そう導きたかった。だが、この世界の平和と天秤にかけてしまった。この悪い兄を許してほしい」
「・・・もういいさ。済んだことだ。昔の兄さんに戻ってくれるならいいよ」
笑顔のミカエル。黄金の羽根がまぶしい。