第5話 光の中にある闇
文字数 4,876文字
「何でなんだよ。私が何をしたんだ」
ゴンとジョッキを置く。酔っぱらっていた。
「聞いてよ。マスター」
関係のないマスターに、ぐちを言ってしまった。このマスターは紳士だった。怒らせないように相づちをうってなだめた。まるで縁側で頭をなでられているような感覚。後で猫の相棒が教えてくれた。
「では、こうしましょう。明日は私が一つクエストをもらってきましょう。それを君達が達成するということで、どうでしょう」
「ありがとうございます」
酒場のマスターの提案にのることにした。その夜は千鳥足ながらも宿についた。
―夢の中。
「酒場のマスターはいい人だったな。まるで縁側で頭をなでられているような感覚くらいだったな。俺ならゴロゴロとのどを鳴らしていた」
「そうなんだね」
「ところで相棒。なんであんなに苦い水を旨そうに飲めるんだ。教えてくれよ」
「オテロの味覚は麦酒をそう感じるんだね。人間の中にも、そう感じる者がいるから不思議だよね。まー、無理して飲む必要は無い飲み物だよ。理解できないだろうけど、苦さと炭酸が乾いたのどを潤す瞬間。特に疲れた後の一杯が美味しいんだよ」
「そうなのか。よく分からんが、なぜか気分が開放的になるのは理解した。まー、あれだな。マタタビみたいな物だな。不思議と気持ちがよくなるんだよな。でもほどほどにしろよ。俺の身体なんだからな。わかったな相棒」
「わかったよ、オテロ。今後は気をつけるよ。ふぁあ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
気分よく、寝ることができた。
次の日、酒場のマスターが店の前で立っていた。
「待たせてしまって、ごめんなさい」
「いや、私もこちらにきたところですよ」
「よかった。それでクエストは何ですか?」
「これですよ」
紙切れをみせてくれた。内容は?
逃げる影を追え。
捕獲または狩猟をお願いします。
集団で襲われる可能性有り。
狩猟の場合は尻尾など、身体の一部を持ってくること。
懸賞金百万ゴールド。・・・領主。
「難しかったですかね?」
頬をポリポリと、かく酒場のマスター。
「やってみないとわからないですね。標的はどこにいるかわかりませんか? このクエストに書いていないですよね」
「あぁ、それはすぐにわかりますよ」
苦笑いのマスター。何のことかサッパリ分からなかった。
突然、どこからかキ、キーと鳴き声。
何やら手に抱えている。芋やトウモロコシだろうか? 民家から盗んできたのだろう。あっけにとられていた。
「オテロ。奴を追いかけるぞ」
ジェンイーが走って行った。あわててついて行った。奴は森の中へ入って行った。
(猿のような姿だったよな)
森の中へ入るのをちゅうちょした。奴の領域。木の上や物陰から、いきなり襲ってくるだろう。
(さて、どうしたものか?)
警戒しながら森の中へふみこんだ。
奴らは仲間を連れて、現れた。いかくをしている。八房がウーと犬歯を見せながら応じていた。猿の群れに突進。援護する形でポロイと一緒に参戦した。八房は、切っては離れてを繰り返し、群れに囲まれることはない。
(やるな、八房)
犬には負けられない。ジェンイー、アズリエル、ラニも参戦。混戦となってしまった。
(まずいな)
そう感じた。隙をみて、周りが見える位置まで後退した。それでなくても森の中は視野が狭くなる。ましてや命懸けの戦いを行っていたなら、なおさら視野は、狭くなるだろう。
そこからは味方のフォローに徹した。木の上から八房をねらって飛び下りる猿。そこにカムイ無双流・砕拳をはなった。吹き飛ぶ猿。
それをみて猿は一瞬、動きが止まった。あわてて奥から大きなボス猿が現れた。バーサークイエティ。白い猿。怒りの雄叫びをあげる。それと同時に猿も再び攻撃をしてきた。ソイツは私に狙いをさだめて突進。一騎討ちとなる。ソイツのパンチをかわし、膝にカムイ無双流・震槍。右膝をカウンター攻撃した。ソイツは膝をかかえ、転げまわった。上半身のムキムキな筋肉に比べ、下半身はそうではない。いびつな体型だったので、足が弱点なのは分かっていた。とどめをさそうと踏み込んだ。
小さな子供の猿がソイツを心配そうに、側で「キー」と鳴いていた。私は攻撃をやめた。非情になれなかった。その場をはなれ、味方の援護をした。
「キー」と鳴き声。一斉に猿達が引き揚げて行った。森の中は猿の血で赤く染まっていた。遺体の猿から尻尾を切り取り、袋に詰めた。
(たぶん、もう襲ってこないだろう)
街へ帰ろうとした。一騎討ちを行った場所にポツリと金髪の小さい猿が残されていた。ヒドイ奴だ。自分だけ逃げていったのか? 辺りに猿の気配は、すでにない。放っておけば衰弱して、亡くなってしまうだろう。
(どうしたものか?)
ラニが子供の猿をかかえ、頭をなでてやっていた。
「オテロ。この子を連れて帰っちゃダメかな?」
「仕方がないよ。見捨てていけないよね。皆で面倒をみてやろう」
「やったー、よろしくね。猿ちゃん」
「名前をつけてやらないとね。金髪の猿ねー。うーん・・・そうだ。お前は悟空だ」
「よかったね、悟空。ウサギちゃん達と仲良くしてね」
ラニの腕の中でねむっている猿。今は小さい金髪の猿。その後、スクスクと成長し、ヤンチャとなる。愛情をこめて育てたつもりだったが、反抗期をへて大人の猿となり、斉天大聖と呼ばれるようになるのは、また後の話・・・。
街へ帰り、マスターへ報告。尻尾の入った袋を渡した。
「これで被害もなくなるだろう」
(そうだといいんだけどね)
笑顔のマスターを見ていたら、まだ猿の軍団が残っていることを言えなかった。
懸賞金の百万ゴールドを受け取った。
「えっ、こんなにもらっていいのですか?」
「はい。元々、あなた達の手柄ですから・・・」
「それじゃあ、申し訳ないので、祝勝会をしましょう。それでいいですよね」
「私は構わないですが、・・・では、貸し切りで用意してまいります。それでは夜に会いましょう」
マスターは買い出しに出かけた。
夜は宴会だった。酔いもまわり、楽しかった。皆が宿に引き揚げた後も、マスターと夜通し飲み明かした。寝たのは朝方だった。・・・ハズだ。
今は、なぜか檻の中。
(なんだ。夢の中か)
おかしい。身体がゆれている。
(ちょっと待てよ)
あわてて飛び起きた。
「やっと起きたのですね」
酒場のマスターは震える声でしゃべった。
「これはどう言うことですか?」
理解不能。頭が痛い。二日酔いの上にゆられている。気持ち悪い。
「わかりません。私も起きたら檻の中でした。今、考えられるのはクエストが影響したのかもしれませんね」
苦笑いで、こちらをむくマスター。私は土下座をした。
「申し訳ありませんでした。私のせいで本来、関係のないマスターを巻き込んでしまいました。ごめんなさい」
自分のしたことの重大さを知った。私はバカだ。自分のことしか頭に無かった。
「気にしないでください。私が勝手に応援しただけのことです。自分を責めないでください」
迷惑をかけたのはこちらなのに、やさしい言葉をかけられ、涙が止まらなかった。
(せめてマスターだけでも逃がさないとな)
冷静になり、辺りをみた。床と天井は木の板だった。
(これならいけるかな?)
「マスター、ここから脱出しましょう。天井を破壊しますので、隅にいてください」
「止めてください。私達が逃げたらここにいる護送兵が裁かれます。直接、天界の者に訴えましょう」
(大丈夫かな?)
天界の者が人の話を聞くとは思えないのだが、マスターの言うことも一理ある。穏便に事を済ませることにした。元々、天界へ文句を言いにいくつもりだったから、ちょうどいい。・・・しばらくして護送車両が止まる。鍵が開けられ、広場に通された。
公開裁判開始。
手をなわでしばられて、地面に座らされた。横には槍を持った天界の兵士。監視されている。
「君は、おろかな黒猫のオテロだね」
「どうしてこんなことをするんだ。私が何をしたんだ」
「自分の罪が分からないとは、救いようがないな」
「分からないから聞いているんだ!」
怒りがこみ上げてきた。語気が荒くなる。
「・・・では特別に教えてあげよう。君は二つの街でクエストを、すべて取り込んで独占しただろう。本来、クエストはそのようなものではない。君のおかげでクエストをしたくてもできなかった者が発生した。天界へ苦情がたくさんきていたのだ。よく考えて通達したのだが、君はそれを無視した。白の大地では法と秩序を重んじなければならない。私は違反者を許さない」
「それならば一人一案件とクエストボードへ書いておけばよかったじゃないか? そちらにも落度はあるじゃないか。それにマスターは関係ないハズだ。今すぐ解放してくれ」
「それはできない」
「なぜだ。罪を犯したのは、私だけだろう?」
「この男は君に加担した。それも罪だ」
「そんなバカな? クエストをしたのは私だ。マスターは関係ない」
「オテロ君、もういいよ」
マスターは、言っても理解しない天使に対して覚悟しているようだった。
その顔は精気がなかった。ガックリと肩を落としている。何とか勇気づけようとした。
「諦めないで、マスター。私が何とかするから、しっかりしてよ」
マスターは首を横にふった。
意を決して叫ぶ。
「天使よ、よく聞け。すべては私が一人で仕組んだことだ。貴様らの目は節穴か。猫にすべてのクエストが出来る訳がないだろう。私だけを裁き、猫を解放しろ!」
マスターは天使をにらんだ。まばたきをしない。強い決意だった。
「そうですか、仕方がないですね。では両名に判決を述べましょう。死罪です」
(なんだって、バカな・・・)
そのような無茶苦茶な判決があるか、それが法と秩序なのか。自分の考えだけが正義で、逆らうのは悪。
白の大地を気に入っていたのに、このような闇があったとは思いもよらなかった。光の中にある闇。光が強ければ闇もまた強い。きっと知らなかっただけで、多くの人が今まで泣かされていたのだろう。その怨嗟の声も法という名のもとに処分してきていることが想像できた。
「さぁ、兵士達よ。両名を処分しなさい。処刑の時間です」
槍を構え、こちらに向けた。
その時、地面の中から音がした。ゴリゴリと音。兵士達は辺りを確認している。後ろで土が盛り上がった。
「オテロ。大丈夫か? 助けにきたぞ」
土の中からポロイとウサギちゃん達が現れ、なわをといてくれた。
「オテロ。これ」
上空からアズリエルが武器を落としてくれた。素早く装着。
「いまいましい天使ですね。この世界の悪。オテロを処分できるところだったのに、とんだジャマが入りました。天界の兵士達よ。逆らうものには死を与えなさい」
「そんなことは、させないよ。マスター、ここは私達に任せて逃げて・・・」
マスターは一目散に逃げた。しかし、老体の身体がいうことをきかなかった。石のちょっとした段差でつまずき、転んだ。そこに兵士の槍。腹を貫かれた。流れる血。大量出血。石畳の広場が赤く染まっていく。
「マスター!」
叫ぶと同時に兵士達を蹴り飛ばす。壁に激しくぶつかり、ガレキの下じきとなる兵士達。
「マスター。ゴメンよー」
身体を抱えあげ、槍を抜いた。
「オテロ君・・・最期に君と会えて・・・楽しかったよ・・・」
ダランと落ちる腕。マスターは亡くなった。
「マスター!」
叫んだ。泣いた。そこだけ時が止まっているかのようだった。
(チキショー、こんなことってないよ)
ゴンとジョッキを置く。酔っぱらっていた。
「聞いてよ。マスター」
関係のないマスターに、ぐちを言ってしまった。このマスターは紳士だった。怒らせないように相づちをうってなだめた。まるで縁側で頭をなでられているような感覚。後で猫の相棒が教えてくれた。
「では、こうしましょう。明日は私が一つクエストをもらってきましょう。それを君達が達成するということで、どうでしょう」
「ありがとうございます」
酒場のマスターの提案にのることにした。その夜は千鳥足ながらも宿についた。
―夢の中。
「酒場のマスターはいい人だったな。まるで縁側で頭をなでられているような感覚くらいだったな。俺ならゴロゴロとのどを鳴らしていた」
「そうなんだね」
「ところで相棒。なんであんなに苦い水を旨そうに飲めるんだ。教えてくれよ」
「オテロの味覚は麦酒をそう感じるんだね。人間の中にも、そう感じる者がいるから不思議だよね。まー、無理して飲む必要は無い飲み物だよ。理解できないだろうけど、苦さと炭酸が乾いたのどを潤す瞬間。特に疲れた後の一杯が美味しいんだよ」
「そうなのか。よく分からんが、なぜか気分が開放的になるのは理解した。まー、あれだな。マタタビみたいな物だな。不思議と気持ちがよくなるんだよな。でもほどほどにしろよ。俺の身体なんだからな。わかったな相棒」
「わかったよ、オテロ。今後は気をつけるよ。ふぁあ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
気分よく、寝ることができた。
次の日、酒場のマスターが店の前で立っていた。
「待たせてしまって、ごめんなさい」
「いや、私もこちらにきたところですよ」
「よかった。それでクエストは何ですか?」
「これですよ」
紙切れをみせてくれた。内容は?
逃げる影を追え。
捕獲または狩猟をお願いします。
集団で襲われる可能性有り。
狩猟の場合は尻尾など、身体の一部を持ってくること。
懸賞金百万ゴールド。・・・領主。
「難しかったですかね?」
頬をポリポリと、かく酒場のマスター。
「やってみないとわからないですね。標的はどこにいるかわかりませんか? このクエストに書いていないですよね」
「あぁ、それはすぐにわかりますよ」
苦笑いのマスター。何のことかサッパリ分からなかった。
突然、どこからかキ、キーと鳴き声。
何やら手に抱えている。芋やトウモロコシだろうか? 民家から盗んできたのだろう。あっけにとられていた。
「オテロ。奴を追いかけるぞ」
ジェンイーが走って行った。あわててついて行った。奴は森の中へ入って行った。
(猿のような姿だったよな)
森の中へ入るのをちゅうちょした。奴の領域。木の上や物陰から、いきなり襲ってくるだろう。
(さて、どうしたものか?)
警戒しながら森の中へふみこんだ。
奴らは仲間を連れて、現れた。いかくをしている。八房がウーと犬歯を見せながら応じていた。猿の群れに突進。援護する形でポロイと一緒に参戦した。八房は、切っては離れてを繰り返し、群れに囲まれることはない。
(やるな、八房)
犬には負けられない。ジェンイー、アズリエル、ラニも参戦。混戦となってしまった。
(まずいな)
そう感じた。隙をみて、周りが見える位置まで後退した。それでなくても森の中は視野が狭くなる。ましてや命懸けの戦いを行っていたなら、なおさら視野は、狭くなるだろう。
そこからは味方のフォローに徹した。木の上から八房をねらって飛び下りる猿。そこにカムイ無双流・砕拳をはなった。吹き飛ぶ猿。
それをみて猿は一瞬、動きが止まった。あわてて奥から大きなボス猿が現れた。バーサークイエティ。白い猿。怒りの雄叫びをあげる。それと同時に猿も再び攻撃をしてきた。ソイツは私に狙いをさだめて突進。一騎討ちとなる。ソイツのパンチをかわし、膝にカムイ無双流・震槍。右膝をカウンター攻撃した。ソイツは膝をかかえ、転げまわった。上半身のムキムキな筋肉に比べ、下半身はそうではない。いびつな体型だったので、足が弱点なのは分かっていた。とどめをさそうと踏み込んだ。
小さな子供の猿がソイツを心配そうに、側で「キー」と鳴いていた。私は攻撃をやめた。非情になれなかった。その場をはなれ、味方の援護をした。
「キー」と鳴き声。一斉に猿達が引き揚げて行った。森の中は猿の血で赤く染まっていた。遺体の猿から尻尾を切り取り、袋に詰めた。
(たぶん、もう襲ってこないだろう)
街へ帰ろうとした。一騎討ちを行った場所にポツリと金髪の小さい猿が残されていた。ヒドイ奴だ。自分だけ逃げていったのか? 辺りに猿の気配は、すでにない。放っておけば衰弱して、亡くなってしまうだろう。
(どうしたものか?)
ラニが子供の猿をかかえ、頭をなでてやっていた。
「オテロ。この子を連れて帰っちゃダメかな?」
「仕方がないよ。見捨てていけないよね。皆で面倒をみてやろう」
「やったー、よろしくね。猿ちゃん」
「名前をつけてやらないとね。金髪の猿ねー。うーん・・・そうだ。お前は悟空だ」
「よかったね、悟空。ウサギちゃん達と仲良くしてね」
ラニの腕の中でねむっている猿。今は小さい金髪の猿。その後、スクスクと成長し、ヤンチャとなる。愛情をこめて育てたつもりだったが、反抗期をへて大人の猿となり、斉天大聖と呼ばれるようになるのは、また後の話・・・。
街へ帰り、マスターへ報告。尻尾の入った袋を渡した。
「これで被害もなくなるだろう」
(そうだといいんだけどね)
笑顔のマスターを見ていたら、まだ猿の軍団が残っていることを言えなかった。
懸賞金の百万ゴールドを受け取った。
「えっ、こんなにもらっていいのですか?」
「はい。元々、あなた達の手柄ですから・・・」
「それじゃあ、申し訳ないので、祝勝会をしましょう。それでいいですよね」
「私は構わないですが、・・・では、貸し切りで用意してまいります。それでは夜に会いましょう」
マスターは買い出しに出かけた。
夜は宴会だった。酔いもまわり、楽しかった。皆が宿に引き揚げた後も、マスターと夜通し飲み明かした。寝たのは朝方だった。・・・ハズだ。
今は、なぜか檻の中。
(なんだ。夢の中か)
おかしい。身体がゆれている。
(ちょっと待てよ)
あわてて飛び起きた。
「やっと起きたのですね」
酒場のマスターは震える声でしゃべった。
「これはどう言うことですか?」
理解不能。頭が痛い。二日酔いの上にゆられている。気持ち悪い。
「わかりません。私も起きたら檻の中でした。今、考えられるのはクエストが影響したのかもしれませんね」
苦笑いで、こちらをむくマスター。私は土下座をした。
「申し訳ありませんでした。私のせいで本来、関係のないマスターを巻き込んでしまいました。ごめんなさい」
自分のしたことの重大さを知った。私はバカだ。自分のことしか頭に無かった。
「気にしないでください。私が勝手に応援しただけのことです。自分を責めないでください」
迷惑をかけたのはこちらなのに、やさしい言葉をかけられ、涙が止まらなかった。
(せめてマスターだけでも逃がさないとな)
冷静になり、辺りをみた。床と天井は木の板だった。
(これならいけるかな?)
「マスター、ここから脱出しましょう。天井を破壊しますので、隅にいてください」
「止めてください。私達が逃げたらここにいる護送兵が裁かれます。直接、天界の者に訴えましょう」
(大丈夫かな?)
天界の者が人の話を聞くとは思えないのだが、マスターの言うことも一理ある。穏便に事を済ませることにした。元々、天界へ文句を言いにいくつもりだったから、ちょうどいい。・・・しばらくして護送車両が止まる。鍵が開けられ、広場に通された。
公開裁判開始。
手をなわでしばられて、地面に座らされた。横には槍を持った天界の兵士。監視されている。
「君は、おろかな黒猫のオテロだね」
「どうしてこんなことをするんだ。私が何をしたんだ」
「自分の罪が分からないとは、救いようがないな」
「分からないから聞いているんだ!」
怒りがこみ上げてきた。語気が荒くなる。
「・・・では特別に教えてあげよう。君は二つの街でクエストを、すべて取り込んで独占しただろう。本来、クエストはそのようなものではない。君のおかげでクエストをしたくてもできなかった者が発生した。天界へ苦情がたくさんきていたのだ。よく考えて通達したのだが、君はそれを無視した。白の大地では法と秩序を重んじなければならない。私は違反者を許さない」
「それならば一人一案件とクエストボードへ書いておけばよかったじゃないか? そちらにも落度はあるじゃないか。それにマスターは関係ないハズだ。今すぐ解放してくれ」
「それはできない」
「なぜだ。罪を犯したのは、私だけだろう?」
「この男は君に加担した。それも罪だ」
「そんなバカな? クエストをしたのは私だ。マスターは関係ない」
「オテロ君、もういいよ」
マスターは、言っても理解しない天使に対して覚悟しているようだった。
その顔は精気がなかった。ガックリと肩を落としている。何とか勇気づけようとした。
「諦めないで、マスター。私が何とかするから、しっかりしてよ」
マスターは首を横にふった。
意を決して叫ぶ。
「天使よ、よく聞け。すべては私が一人で仕組んだことだ。貴様らの目は節穴か。猫にすべてのクエストが出来る訳がないだろう。私だけを裁き、猫を解放しろ!」
マスターは天使をにらんだ。まばたきをしない。強い決意だった。
「そうですか、仕方がないですね。では両名に判決を述べましょう。死罪です」
(なんだって、バカな・・・)
そのような無茶苦茶な判決があるか、それが法と秩序なのか。自分の考えだけが正義で、逆らうのは悪。
白の大地を気に入っていたのに、このような闇があったとは思いもよらなかった。光の中にある闇。光が強ければ闇もまた強い。きっと知らなかっただけで、多くの人が今まで泣かされていたのだろう。その怨嗟の声も法という名のもとに処分してきていることが想像できた。
「さぁ、兵士達よ。両名を処分しなさい。処刑の時間です」
槍を構え、こちらに向けた。
その時、地面の中から音がした。ゴリゴリと音。兵士達は辺りを確認している。後ろで土が盛り上がった。
「オテロ。大丈夫か? 助けにきたぞ」
土の中からポロイとウサギちゃん達が現れ、なわをといてくれた。
「オテロ。これ」
上空からアズリエルが武器を落としてくれた。素早く装着。
「いまいましい天使ですね。この世界の悪。オテロを処分できるところだったのに、とんだジャマが入りました。天界の兵士達よ。逆らうものには死を与えなさい」
「そんなことは、させないよ。マスター、ここは私達に任せて逃げて・・・」
マスターは一目散に逃げた。しかし、老体の身体がいうことをきかなかった。石のちょっとした段差でつまずき、転んだ。そこに兵士の槍。腹を貫かれた。流れる血。大量出血。石畳の広場が赤く染まっていく。
「マスター!」
叫ぶと同時に兵士達を蹴り飛ばす。壁に激しくぶつかり、ガレキの下じきとなる兵士達。
「マスター。ゴメンよー」
身体を抱えあげ、槍を抜いた。
「オテロ君・・・最期に君と会えて・・・楽しかったよ・・・」
ダランと落ちる腕。マスターは亡くなった。
「マスター!」
叫んだ。泣いた。そこだけ時が止まっているかのようだった。
(チキショー、こんなことってないよ)