第21話 再会と五十点の日

文字数 4,421文字

 家に帰ると二匹の猫が、私のことを縁側の外で待っていた。
 あわてて中に入れてやって、猫缶を開けてやった。
 (浮かれていてゴメン。お腹が空いていただろう)
 いつもより、ガツガツと食べていた。申し訳ない。

 私は確かに半日ほど夢の中にいた。十六夜さんとの一時。オセロニアの世界で彼女と出会っていなければ、今日という日は無かった。オテロと名付けた黒猫。それがあのオ○ロだったなんて・・・。突然、目の前に現れたのは偶然なのだろうか? それとも因果か、運命のイタズラか? まだそのことは分からない。運命の歯車は突然、加速するかもしれない。今、言えるのは、巻き込まれた十六夜さんを必ず守ってみせるということだけだ。
 暗い夜空に満月が微笑んだ気がした。
 (でも、十六夜さんは私を頼ってくれるのだろうか?)

 その夜は、もんもんとして寝つけなかった。
 次の日、オテロ達は急いで、出て行った。何かあったのだろうか? 猫の世界のことは分からない。無事に帰ってくるのを祈るだけだ。
 (そういえば、昨日はオ○ロが話かけてこなかったな)
 珍しいことがあるものだ。最近はよく話をしていたから不思議な感じだ。オ○ロは何かを隠している。一抹の不安を感じた。私はオテロ達を探しに街中を歩くことにした。
 (それまでは無事でいてくれよ)

 まだまだ、外は暑い。でも、そんなことを言っていられない。オ○ロとデスデーモナを会わせてあげたい。二人には幸せになってほしい。汗をぬぐいながら、たくさん歩いた。
 しかし、見つけることができなかった。体力には限界がある。申し訳ないが、家へ帰ることにした。
 冷蔵庫を開け、麦茶を飲む。少し落ち着いた。
 (二匹とも無事に帰ってこいよ)

 心配をしていたら、携帯電話が鳴った。
 (十六夜さんからだ)
 「もしもし、十六夜さん。こんにちは」
 「こんにちは。少ししゃべれるかしら・・・」
 「うん」
 「富士見君。明日、何か予定はあるの?」
 「別にないけど、どうしたの?」
 「そちらに遊びに行ってもいいかしら、デスデーモナを連れていきたいのよ。ダメかしら・・・」
 「いいよ。いつでもいいから遊びにきてよ」
 「えぇ、ありがとう。じゃあ、また明日ね」
 「うん。楽しみに待っているよ」
 今日の電話はそれだけだった。
 (もう少し、おしゃべりをしたかった)

 ・・・ちょっと待てよ? どうしよう。母さん、旅行にいっているじゃないか。落ち着け。まずは家の掃除からだ。十六夜さんが誉めてくれる訳では無いが、とりあえず自分の部屋を片付けよう。その後は客間の掃除だ。急ぐぞ。
 (やっぱり体力を残しておいて正解だったな)
 掃除をしているといつも通り、オテロ達が帰ってきた。
 (よかった。無事だったか)
 猫缶を開けてやった。ガツガツ食べる二匹の猫。
 (嫌な予感がハズレてよかったよ)
 ホッとした。

 今夜は久しぶりに猫二匹と就寝。カッシオが寝てからオ○ロが姿を現した。
 「相棒、起きているか?」
 「・・・どうしたんだ。昨日は現れなかったじゃないか。心配したんだぞ」
 「スマン。そんなつもりは、なかったんだ。俺は自分の手でイヤーゴを見つけて、決着をつけたかった。お前まで巻き込みたくなかったんだ」
 「なんだよ。口では相棒というのに、どうして単独行動をするんだ。そんな勝手な相棒ってあるかよ。バカにするな・・・」
 「すまなかった。・・・お前にこれ以上、迷惑をかけたくなかったんだ。お前に何かあったら、あの彼女が泣くだろう。何ていったかな? そうだ、お月様だ。お前を見ていると昔の俺達を思い出す。だから心配なんだ。あの悲劇の罪を背負うのは俺だけでいいんだ」
 「ふざけるな、もう覚悟を決めているんだ。私達は相棒なんだ。頼りないかも知れないけど、君の背負った十字架くらい一緒に背負ってやるさ。因果の鎖なんて破壊してやる。だから一人で無茶をするな!」
 「・・・そうだな。俺はダメな男だ。つい、思った通りに行動してしまう。単純なんだ。だからそこをイヤーゴにつけこまれたというのに、また失敗するところだった。やはり、俺には冷静な相棒が必要だ。スマンが助けてくれないか?」
 「もちろんだよ。君達の邪魔をするイヤーゴを、逆に罠を仕掛けてやる。必ずあぶりだしてやるさ」
 拳と拳をくっつけて、それぞれの約束をした。私はオ○ロ夫婦の幸せを願い、オセロはお天道様とお月様が交際できるようにと願った。

 次の日、昼から十六夜さんは白猫を連れてきた。キレイな顔だちの猫だった。オセロニアの世界で出会った時はピンクマスクだったから、初めて見た。でも、綺麗な目をしているのは、覚えていた。
 「いらっしゃい。上がってよ」
 「おジャマします。あれ、お母様はどこかに行かれたの?」
 「うん。友達と旅行に行ったんだ。たまには家のことを忘れて、ノンビリとしてくれるといいんだけどね」
 「そうなんだ。一緒に食べようとケーキを買ってきたんだけど、残念ね。後で食べましょう」
 「ありがとう。気を使わせてごめんね」
 それを受けとると冷蔵庫に入れた。代わりにお茶と茶菓子を客間に持って行った。

 驚いて固まるカッシオ。二匹の猫から、人の姿をした幻影が現れていた。
 (ゴメンよ。カッシオ。しばらく大人しくしていてくれ)
 「会いたかったわ。オ○ロ」
 「俺もだ。デスデーモナ」
 感動の再会と思ったのだが、この夫婦は違った。デスデーモナの一撃。グーパンチ。油断をしていたオ○ロは、まともにくらう。
 (いやいや、これはどうしよう?)
 夫婦の問題だからと突き放すか? それとも別の方法を考えるか?
 (困ったぞ。何で十六夜さんは、そんなに落ち着いているの?)
 私だけが知らなかった。一度、殴られるのはお約束なんだと言うヤツ。
 (何で?)
 デスデーモナはオ○ロの胸を握った拳で何度も叩いていた。
 泣きじゃくるデスデーモナ。オ○ロはだまって彼女を抱きしめた。
 (あれ? 何だかうまくいったのか?)

 私は何て無力なんだ。十六夜さんの目の前でうまく立ち回るハズだったのに・・・。畳の上に両手をついて、へこんだ。
 どんよりとした気持ちになった。さまにならない。
 (うぅぅ、ダメだ)
 泣きたい。十六夜さんにがっかりされたと思っていた。
 「富士見君、何をしているの?」
 「・・・いや、ちょっとね」
 (あれ? 十六夜さんはこの展開を分かっていたのかな?)
 この少女マンガのような展開を理解していたとは・・・。
 (ひょっとしたら、読んでいるのかな?)

 私は十六夜さんの顔をじろじろと見ていた。
 「どうしたの? 私の顔に何かついているのかしら?」
 照れくさくなった。二人とも顔が真っ赤になり、背中を向けていた。
 「二人とも今日はありがとう」
 デスデーモナが私達に言った。
 「うん、よかったな。オ○ロ、許してもらえたんだね」
 「あぁ、お前のおかげだ。感謝している」
 「後はアイツのことだけだね」
 「そうだな」
 「富士見君、アイツって誰のことよ?」
 私は十六夜さんに言いたくなかった。危険な目に合わせてしまうかもしれないからだ。でも、言わざるをえなかった。

 だまっていて嫌われるくらいなら、いっそのこと言ってしまったほうがいいのかもしれないと考えた。
 「・・・イヤーゴのことだよ」
 「何で悪人の名前がでてくるのよ。教えてくれるかしら」
 「あの話を覚えているかい?」
 「えぇ、オ○ロを罠にかけた悪人でしょう。その悪人が近くにいると言うの?」
 「その通り。必ず二人の近くにいるよ」
 「何か手がかりはあるの?」
 「まったくない。だから困っているんだよ。オセロニアの世界にいたヤーゴが怪しいと思っているんだけどね。あの灰色の猫」
 「覚えているわ。いつもアズリエルに隠れていたあの猫ね」
 「そう。あの時に分かっていたらよかったのに残念だよ」
 「まさしく猫をかぶっていたのね」
 「そうだね。絶対に見つけてやるんだ」
 「私も協力するわよ」
 「いや、でも・・・」
 私は十六夜さんを巻き込みたくない。卑怯な罠を仕掛けているに違いないからだ。

 「お月様はデスデーモナを守ってくれ。ヤツは俺と相棒でなんとかする。君が巻き込まれてケガでもされたら、俺が相棒に怒られる」
 「お月様って、変な名前で呼ばないでよ」
 「そうか? 相棒だって、お天道様なんだぞ。変じゃないだろう」
 「えっ、富士見君。お天道様と呼ばれているの?」
 「うん。太陽だからね」
 クスクスと女性陣に笑われる。
 (オ○ロのせいだぞ)
 「おかしいわ。お天道様とお月様ですって・・・」
 何かのツボに入ったのだろう。デスデーモナがお腹を抱え、笑い続けていた。
 「あなた達はやはり、ひかれあう運命なんだわ」
 「何でそうなるのよ」
 「昼空の太陽は陽であり、男性の気を持つもの。夜空の月は陰であり、女性の気を持つもの。その名前がつく二人はたぶん相性がいいのよ。それになんだかロマンチックだわ。お天道様は星の王子様。お月様は星の姫君なんて、素敵よね。絶対に結婚するべきよ」
 (えっ)

 十六夜さんが、顔を真っ赤にしている。ひょっとしたら脈があるのだろうか? 彼氏の一人として見てもらえるチャンスがあるのだろうか? 私は踏み出す勇気がなかった。臆病者だった。見ていられなかったのか、オ○ロが助け船を出してくれた。
 「相棒、勇気を振り絞れ。お前の想いを伝えるんだ」
 オ○ロが私の背中を押してくれた。

 「十六夜さん。聞いてください。私は十六夜さんを初めて見た時からズーッと好きでした。でも、声をかける勇気がなかった。だから高嶺の花として一度は諦めました。心の奥に好きだという想いを封印しました。そんな時です。あなたとオセロニアの世界で出会いました。その時に封印がとけました。頭の中はあなたのことが片時も離れなかった。好きだという想いは日々、大きくなった。いつかこの想いを伝えるんだと心に秘めていました。私はあなたを幸せにするからなんて無責任なことは言えない。けれども、あなたの笑顔を必ず守ります。よければ結婚することを前提に交際してください」
 歯のうくような台詞。自分でも何を言ったか分からなかった。緊張して覚えていない。長々としゃべっていたなんて、後でオ○ロに言われるまで知らなかった。

 結果は・・・。
 「五十点」の評価だった。「交際は許可するけど、プロポーズはまだ早い」とのことだった。改めて場所と雰囲気をつくり、やり直しだ。
 私はこの日を生涯忘れないだろう。「五十点の日」
 数少ない私の記念日。
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登場人物紹介

白猫のデズデモナ。十六夜家の飼い猫。

特異点であるデスデーモナの魂が宿る。

月の部屋で普段は過ごしている。

黒猫のオテロ。野良猫達から「将軍」と恐れられている。現在、富士見家の飼い猫。特異点であるオセロの魂を宿す。

灰色のヤーゴ。土門に拾われる。

特異点であるイヤーゴの魂を宿す。

デスデーモナとオセロを恨んでいる。

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