第1話 いざ、オセロニアの世界へ

文字数 3,990文字

 キャンバスの木陰。そこにベンチが一つ。青空を眺めた。
 (今日もダメだったか・・・)

 まだ内定をもらえずにいた。明日はIZAYOI電子の面接。そう、「十六夜 月」の父親が経営するIZAYOIグループ傘下の子会社。当然、彼女の耳にも入っているかもしれない。そんなことは気にしていられない。もう何十社も不採用続き。また就職活動を止めたくなった。それでも止めないのは、彼らのおかげ。オセロニア世界の兄貴、レグス。共に冒険した仲間達。いつも気になっていた。

 (この情けない姿を見せたくない)
 その一心で頑張っていた。明日がダメでも、また別の会社を探すだけ。できるだけ早く、内定をもらいたい。またあの世界を旅するためにと、焦りがあった。

 「ちょっと、横。いいかしら・・・」
 声がする方を見た。
 (えっ、何で?)
 驚いた。そこに「十六夜」さんがいた。あわてて立ち去ろうとした。
 「ちょっと、待って。あなたが富士見君でしょう?」
 「はい。そうです」
 「何で立ち去ろうとするの? 私は、あなたと少し話がしたいのにダメなの?」
 「いや、あのー。そんなことはないです」
 「じゃぁ、一緒に座りましょう」
 彼女は先にベンチに座って、「ここに座れ!」と言わんばかりにベンチを叩く。
 「あなた、変よね。デズデモナの時には、私の側に堂々とすわったじゃない」
 「いやー、ははは。あの時はまさか十六夜さんだと知らなかったから。白猫のピンクマスクだったので・・・ごめんなさい」
 取りあえず、謝った。
 「別に謝らなくってもいいわよ。そんなことをされるとしゃべりづらくなるわ。あなたには感謝をしているのに・・・」
 (えっ、感謝?)

 考えたが、思い当たるふしがない。
 「そうよ。あなたは約束を守ってくれた。私を、この世界へと連れて帰ってくれた。それがどれ程、嬉しかったことか。感謝しているわ。ありがとう。その一言が言いたくって、あなたがここにくるのをズーッと待っていたの」
 「ゴメンなさい。ずっと気になっていたけどよかった。無事に戻れたんだね。顔を見て安心したよ。これで明日は、がんばれそうだ」
 何か胸に引っかかっていたことが無くなった気がした。
 「明日は何かあるの?」
 「就職活動だよ。面接があるんだ」
 「そう、頑張ってね。応援するわ」
 「ありがとう。頑張るよ」
 子会社の面接を受けると言わなかった。
 (迷惑かもしれないよな)

 複雑な心境だったが、彼女からの応援は何よりも嬉しかった。後で、彼女のファンに襲われないか、ちょっと心配。
 「『月』。そろそろお昼にしない?」
 彼女の友人から声。
 「ちょっと待って。今、行くわ。それじゃ、またね。富士見君」
 彼女は友人達と去って行った。
 (さて、帰るか)

 「ところでよう。お天道様」
 骨三郎の声。客間に二匹の猫とアズリエルがチョコンと座る。
 「お天道様って、誰のことだよ?」
 「お前のことだよ」
 「何で?」
 「『オテロ』が言っていたぞ。『太陽』だから『お天道様』と名づけたとな」
 「そうなのか。骨三郎は猫と会話ができるんだな」
 「いや、聞き取れるだけだ」
 「骨三郎。役立たず」
 「おぃ、アズ。聞き取れるだけ、ましだろう」
 (ちょっと、残念)

 オテロ達と会話ができると一瞬、喜んだが、そうはいかない様子。何を言っているか聞き取れるだけましというところか・・・オテロ達の言い分だけ聞かされる。こちらの話は通じているのだろうか? 不平等な気がするが、明日に備えてもう寝ることにした。

 次の朝、快晴。相変わらず、蝉のコーラス隊。
 面接試験の時間に間に合うように、ゆとりをもって家を出た。面接会場へ到着。十五分前。
 (早く着きすぎたかな)
 辺りに学生はいないかなとキョロキョロとした。
 チラホラと姿があった。その中にガタイの大きい姿が見えた。
 (『土門 大地』だよな。彼もここを受けるのか?)

 ただの同級生。柔道部のエース。学生選手権の常連。その程度の知識しかなかった。まさか彼が・・・。あの猫だったとは思いもよらなかった。
 受付が会議室へ案内。その部屋が緊張感につつまれる。
 (いよいよだな)
 人事部の上司が挨拶。面接官の待つ部屋へ五人づつ入っていく。終わると、またこの部屋へ帰ってきた。
 ついに、順番が回ってきた。無難な受け答えをしたつもりだ。
 無事に面接終了。ぞろぞろと会場を後にした。
 (どうか、いい結果がもらえますように)

 後日、連絡が届く。お祈りタイム。封書を開けた。重みで分かった。内定通知と提出書類が中に入っていた。
 (よし、やったぞ)
 母親に見せた。ポロポロと涙をこぼす。よほど嬉しかったのだろう。もっと早く安心させてあげるべきだった。・・・反省。
 (今までゴメンよ。母さん)

 いつか手紙に、したためる時のエピソードがまた一つ増えた。
 「はい、返す。提出期限までに書類を出すのよ。間違っちゃダメよ。私は、これから買い物へいってくるから、アズちゃん達と留守番をしておいて。今日の晩御飯は鯛よ」
 嬉しそうに買い物袋をさげて、出て行った。
 (やっと一つ親孝行ができたかな)
 外を見ると夕陽が射し込んでいた。

 待っている間に書類を書き上げた。後はポストに投函するだけ。気になることはカッシオの心配。コイツのことは、母さんに託すことにした。ニャーンと鳴き声。今日は母さんよりオテロ達が早く帰ってきた。
 「オテロ。明日は、また冒険に出発だからな」
 「わかった。・・・カッシオ、明日から三日ほどナワバリのことを頼んだぞ。それと俺のいない間はお天道様の母ちゃんに甘えるのだぞ。いいな」(ニャーン)
 「御意」(ニャーン)
 「この二匹も理解したようだぞ。これでこの世界とも、お別れかもな。さみしいもんだな。やっと仲良く会話ができるようになったのにな」
 「骨三郎。泣いた?」
 「泣かねぇよ。ここの母ちゃんには世話になったからなと思っただけだ」
 「そうだ。今日は鯛の焼き魚だよ。一緒に祝ってよ」
 「祝う」
 「何の祝いだ?」
 「就職祝いだよ」
 「お前、働くのか? 母ちゃん独りボッチでさみしくならないか? なんなら俺とアズがここに残ってやろうか」
 「私。ここでオテロと暮らす」
 「気持ちは、ありがたいけど遠慮しておくよ。母さんもそれを望まないだろうからね。こう見えても母さんは強いから大丈夫。心配ないよ。だから、明日は旅立つからね」
 ガチャっとドアが開いた。

 「ただいま。さぁ、これから焼くからね」
 焼き上がりを待った。オテロ達はソワソワ。ニャーンと鳴いて催促をしていた。
 テーブルに並べ終わると猫の分もあった。
 (待たせたな。さぁ、食べろ)
 二匹の前に置いてやった。ガツガツ食べている。
 「お腹が空いていたんだね」
 「母さん。頼みごとがあるんだ。明日からしばらくの間、カッシオの面倒をみてやってほしいんだ」
 「アズちゃん達を送ってくるのね。気をつけて行ってくるのよ。さみしくなるね」
 「母ちゃん。俺とアズはこっちの世界に残ってもいいんだぜ。なぁ、アズ」
 「こっちで暮らす」
 「嬉しいこと言ってくれるね。二人も私の子供みたいなものよ。離れていても家族だからね。約束よ。向こうの世界でこの子を守ってやってね」
 「俺に任せとけ。母ちゃん。なぁ、アズ」
 「骨三郎。不安。私が守る」
 「おぃ、アズ。俺だってやるときにはやるんだからな」
 「二人とも頼もしいよ。ありがとう。母さん。三日ほどで戻ってくるよ」
 その日は就職祝いか、送別会か、わからないくらい楽しかった。母さんは、珍しく酔っぱらっていた。

 「それじゃ、母さん。行ってきます。後は、よろしく」
 「母ちゃん。ありがとう。楽しかったぜ」
 「・・・」
 アズリエルは何も言わずに、母さんに抱きついていた。ソッと抱きしめ、アズリエルの頭をなでていた。やがて身体を放した。
 「さぁ、冒険へ行ってらっしゃい。私の子供達」
 「行こう。オセロニアの世界へ」
 魔導書を開き、太陽の日差しをあてた。時空の渦が発生。渦が私達をのみ込んだ。

 暗闇の中を落ちる感覚。やがて、光と共に二つの魂が融合。二心同体の姿。黒猫の身体に二つの魂が宿る。初めて猫と会話した。
 「やっと会話できたな、オテロ」
 「そうだな、お天道様。今回も俺の出番は無しかな?」
 「今まで側で見ていてくれたんだね。ありがとう。ところで『お天道様』って何?」
 「あぁ、それか。コードネームみたいなものだな。『太陽』の名前からピンときたのがそれだったんだ」
 「ははは、なかなかユーモアがあるよ。オテロ」
 「おしゃべりはどうやらここまでのようだな。オセロニアの空が見えてきた。準備をしろ、突入するぞ。グットラック、相棒」
 それ以降、オテロからの声は聞こえなかった。
 光の向こうに空が見えた。スポッと空へ放り出された。
 「うわぁぁぁ、落ちるー」
 はずかしいながら、叫んでしまった。天使が側にいることを忘れていた。
 「オテロ。落ちない」
 振りむいた。骨三郎と一緒に身体を支えてくれていた。
 (ゴメン。ありがとう)

 スーッと大地へ降りた。
 今回も白の大地だった。まぶしい。太陽の日差しをまともに受けた。
 「よぅー、オテロ。これからどうするんだ?」
 「取りあえず、住んでいた街を目指そう。武器を取りに行きたいんだ」
 「では、出発」
 天使がトコトコと先頭を歩く。骸骨と猫が、その後ろを追いかけた。
 (さて、今回はどうなることやら・・・)
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登場人物紹介

白猫のデズデモナ。十六夜家の飼い猫。

特異点であるデスデーモナの魂が宿る。

月の部屋で普段は過ごしている。

黒猫のオテロ。野良猫達から「将軍」と恐れられている。現在、富士見家の飼い猫。特異点であるオセロの魂を宿す。

灰色のヤーゴ。土門に拾われる。

特異点であるイヤーゴの魂を宿す。

デスデーモナとオセロを恨んでいる。

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