第20話 お嬢様と元・お嬢様
文字数 5,774文字
風がそよそよと吹いていた。開いた本を顔にのせて、昼寝。誰かの声がした。
(うーん。眠いんだけど、そーっとしておいてよ)
「・・・」
「・・・富士見君、起きなさい」
(しまった。約束していたんだった)
十六夜さんは怒って、仁王立ち。
(トホホ・・・)
最初からミッションは、つまずいた。何とかしなくては・・・。はたして、挽回のチャンスは訪れるのだろうか?
「ごめんなさい。あまりに気持ちが良かったから、つい・・・」
「・・・まー、いいわ。夜中に電話をした私にも責任があるのだから。今回は大目にみるわ。次からはダメよ」
「はい」
(何とか不時着したのかな?)
このミッションは疲れる。お嬢様が何を言うのか、サッパリ分からない。大人しく彼女を観察することにした。どなたか、親切な方。お嬢様攻略本を私にください。
「早く行きましょう。お腹がすいたわ。車に乗り込んでね」
彼女の運転手が会釈する。私も遅れながら、頭を下げた。
背中が痛い。ファンクラブの連中から、怒りの視線。至るところから突き刺さる。
「富士見君、どうしたの? 早く乗って」
「うん。ゴメン」
車に乗り込み、キャンバスを後にした。
(どこに連れていかれるのだろう?)
不安だ。高級な料理店だったらどうしよう。マナーを知らないから、恥をかくだろう。今は普通の店であることを祈るしかない。
車に乗ること数分。
「着いたわよ」
十六夜さんが指差す方向には回転寿司のチェーン店があった。
(えっ)
目を疑った。お嬢様が回転寿司ですか? もしも、その店であっているなら、私にも支払いができる。ほっと胸をなでた。
(それにしても、こんな店にも来るんだ)
いや、こんな店って言ってごめんなさい。店の関係者、ごめんなさい。そうじゃないんです。お嬢様が食べにいく寿司屋はカウンター越しに職人が握ってくれる。時価のネタを握る寿司屋だと勝手に想像していただけです。・・・反省。
私は十六夜さんのことを何も知らない。その辺りから調べよう。ひょっとしたら、一般人の常識を理解しているのかも知れない。ちょっとだけ、そうあることを期待した。
(お嬢様でも普通の食事をするんだな)
そう思ったのはそこまでだった。なんと店まるごと貸し切りだった。
(いやいや、やり過ぎだろう)
ただ食事をしながら話をするだけだ。IZAYOIグループの力をまざまざと見せつけられた。私はちょっと、ひいた。こうも影響力があるなんて・・・。私は春からこのグループの社員として、やっていけるのだろうか? 今は不安だ。
「富士見君、入るわよ。今日は何を食べようかしら。ウフフ、楽しみ」
ニコニコする十六夜さんが、何だか怖かった。
店の中に入ると店長が、わざわざ出てきた。そして直立。
「本日はご利用ありがとうございます。お嬢様。職人が腕によりをかけて握りますので、楽しみにしていてください」
「ありがとう。楽しみね。富士見君」
「ははは、そうだね」
薄ら笑いをするしかなかった。ひょっとしたら、普通の寿司屋の方がよかったのかも知れない。
(いったい、どれだけ払わされるのだろう?)
ゴクリとツバをのみ込んだ。
(全然、楽しめないよ)
店長をにらんだ。しかし、逆に、にらみ返された。「なんでお前がお嬢様と食事なんだ。ふざけるな」と言いたげだった。
それを知ってか、知らずか? 十六夜さんに手を引っ張られた。こんなところをファンクラブに見られようもなら、私に明日はない。
(貸し切りでよかった)
そんなことより、彼女は早く食べたそうだった。
(ただの友達だよね。意識しすぎか?)
私は手を握られただけで、ドキドキした。
「早く食べましょう。それではよろしくお願いします」
その店の一番高い皿だけが流れてきた。次々と皿をとる十六夜さん。私はお茶をずずっとすすった。照れを隠すためだ。おかげで少し落ち着いた。
「富士見君も皿を取りなさいよ」
「うん。ありがとう」
中トロ等、数皿を取って食べた。
(ドキドキして、味なんか分からないよ)
彼女は寿司を食べて、落ち着いたのだろう。昨日の話をした。
「デスデーモナはあなたの推測通り、転生を繰り返しているみたいなの。それで聞いてみたわ。なぜ、人間に転生をしなかったとね。そうしたら、『オ○ロは動物に転生をするだろうから、私もそうしたの』と笑っていた。驚いたでしょう。普通は人間に転生をするわよね。そう思うでしょう、富士見君。私だったら、間違いなく人間に転生をするわよ」
(そうなんだ。お嬢様だから、貧乏人の辛さを知らないんだな)
「それでデスデーモナはオ○ロのことを許しているのだろうか? まだ愛していて欲しいんだよね」
「? ・・・どうしてそんなことを聞くの? 何か企んでいるの?」
「これはまだ、どうなるか分からない話なんだけれども、ハッピーエンド大作戦を考えているんだ」
「ウフフ、何それ」
「まだ、誰にも秘密だからね。ちょっと耳を貸してよ」
私は周りに聞こえないように彼女の耳元で説明。
「驚いた。富士見君、そんなことを考えていたの」
「人生の最期は悲劇より、やっぱりハッピーエンドだろう」
「ウフフ、そうね。私も協力するわ。デスデーモナがオ○ロのことを今はどう思っているのか、それとなく聞いたらいいんでしょう」
「うん。頼めるかな? オ○ロは反省をしているみたいだからね。今度は上手くいくハズなんだよ。私は二人の間を取り持って、ハッピーエンドに導いてやるんだ」
「いいわね。ウフフ、今度はあの二人が幸せになれるといいわね」
「だよね。よし、がんばるぞ」
二人で楽しい時間を過ごした。あっという間に夕方となった。
「そろそろ、帰らなくっちゃね。お代は私が出すからいいわよ。店長さん、後で請求書をこちらに送ってくださる」
「わかりました」
「それでは、富士見君。帰りましょう」
「うん。でもいいのかな? ここのお代。高くついたんじゃないの?」
「そうかもね。お父様の支払いだから、私には分からないわ」
「そうなんだ。次は私の支払いができる店にして欲しいな」
「えぇ、そうね。今回は就職祝いのようなものだから、気にしなくていいわよ」
「祝ってくれてありがとう。それじゃぁ、お言葉に甘えさせてもらうからね。ごちそうさまでした」
「礼は、いいわよ。さぁ、帰りましょう。駅まで送るわ」
「どうもありがとう」
数分後、駅のターミナル。
「それじゃぁ、富士見君。またね」
彼女は帰った。
私の心臓はよく持ちこたえた。今もドキドキが止まらない。しばらく駅のベンチに座った。
(それにしても、IZAYOIグループ恐るべしだな)
夢のようなひとときから、現実に戻ると空しくなった。改めて別世界の人なんだと認識させられた。私は一市民の感覚を忘れないでおこう。夕焼けから夜になろうとする空に満月が出ていた。
(さて、帰りますか)
月(るな)は車の中から満月を眺めていた。
お父様の力で店を貸し切りにしたのだけれども、富士見君はよく思っていなかったのかな? あまり食べなかった。私はただ、彼に感謝をしているから、おもてなしをしたかっただけなのに・・・。彼は「私の支払いができる店」と言っていた。今回は支払うつもりだったんだ。それを私が台無しにした。舞い上がっていたのは、私の方だった。彼のメンツを考えていなかった。次は彼にすべてを任せよう。でも、貸し切りじゃなかったら、彼は私のファンクラブから、何をされるか分からないじゃない。まずは屋敷に帰ったら、電話をして謝ろう。事情をすべて話そう。彼はたぶん、私のことを考えて、「気にしない」と言うでしょうね。私に遠慮をしないで欲しい。いつになったら本音でしゃべれる仲になれるのかしら・・・。
屋敷に着くなり、お父様が待っていた。仕事はどうしたのかしら?
「今日は楽しかったかね。月」
「えぇ、もちろん。富士見君と少し仲良くなれた気がするわ。ありがとう、お父様」
せっかく、段取りをしてくれたお父様に、なんて言ったらいいのかわからなかった。
「それはよかった。で、彼はどうだった? 喜んでいたか?」
「うん・・・」
私は涙をこぼしてしまった。
「彼に何か言われたのか?」
「違うの、お父様。私がいけないの・・・」
「どういうことだ?」
お父様が怒っているのが、分かった。でも私は涙が止まらない。ますます、誤解をされてしまう。助けて、富士見君。
偶然、携帯電話が鳴った。画面には富士見君の名前。つい、スピーカーのボタンを押してしまっていた。
「もしもし、富士見君。どうしたの?」
「今日はありがとう。それが言いたくって、電話をしたんだけど・・・何かあったの? 泣いているみたいだけど・・・大丈夫?」
「えぇ」
お父様が強引に私の携帯電話を取りあげた。
「君が富士見君か?」
「はい、そうです。本日は貸し切りの件、支払いの件を手配をしていただき、ありがとうございました。おかげさまで楽しい時間を過ごすことができました。このご恩は入社してから、仕事で少しずつ返していこうと考えています」
「あぁ、そうしてくれ」
まだ、怒りの炎が彼に向いているのがわかった。
「ところで、君はいったい何が不満なんだ。娘に何を言ったんだ。言ってみろ。ことの次第では、こちらにも考えがある」
「・・・はい、わかりました。『次は私の支払いができる店にしてほしい』と言いました。まったく彼女の気遣いを理解していませんでした。それを謝りたくって、電話をした次第です」
「うむ。そうか」
私は黙り混むお父様から、無理やり携帯電話を取り戻した。
「ごめんなさい。富士見君」
「いや、いいんだ。気にしないで、君のお父さんにお礼を言えたからね。それよりもまた話をしたいと思っているんだけど、ダメかな?」
「もちろん、いいわよ」
「では、あの件のことは頼んだよ。それじゃぁ、また明日」
「うん、また明日ね」
彼が電話を切った。ありがとう。やはり、思った通りの富士見君で、私は救われた。
「月、あの件ってなんだ」
「私と富士見君だけの秘密よ。お父様にも教えられないわ」
「そんなに隠さないといけないものか?」
「そうよ。だから、この話はもうおしまいね」
どうせ言っても信用しないでしょう。猫がしゃべること、私がオセロニア世界へ飛ばされたこと、富士見君に助けてもらったこと。今の私には彼と話す時間が必要なの。分かってね、お父様。
夕食を食べて、自分の部屋で夜風にあたっていた。私はいったい、どうしたのだろう。富士見君のことを妙に意識をしてしまう。今までこんなことはなかったのに・・・。
これが恋というものだろうか? ・・・まさかね。
「どうしたの? 月。ボーッとして」
デスデーモナが話しかけてきた。あわてて、窓とカーテンを閉めた。もっとも、私の部屋は双眼鏡でもないと外からは、のぞけないんだけどね。
「デスデーモナ。今日はいつもより、早く現れたわね」
「えぇ、そうね。あなたがあまりにも隙だらけだったから、気になってね」
「そう。そんなにボーッとしていたかしら」
「恋の病にかかったのかしらね、ウフフ」
「私と富士見君はそんなんじゃないんだから・・・」
「へぇー、彼氏は富士見君というのね」
「だから、違うって・・・」
「でも、気になっている存在なんでしょう。いつ恋に落ちるか分からないわよ。ウフフ。私もそうだった」
「オ○ロのことかしら」
「そう。ずいぶんと昔のことよ。今のあなたを見ているとまるで昔の私を見ているようだわ」
「えっ、そうなの」
「うん。私でよければ、恋のアドバイスをするわよ。いつでも言ってちょうだい」
「そのときになったら、よろしく頼むわね」
「えぇ、いいわよ。その時は勇気をだすのよ。月」
それよりもオ○ロのことを聞かなくっちゃ。富士見君に協力すると言ったのだから・・・。
「ねぇ、デスデーモナ。聞いてくれる?」
「恋愛の話かしら」
「そう。私のことじゃないわよ。あなたのことよ」
「わ、私。なんで?」
デスデーモナはキョトンとしていた。話の流れから私のことだと思ったみたい。
「あなたはかつて、オ○ロと恋愛した。その後、悲劇が起きたでしょう。だから、あなたはオ○ロのことを今でも恨んでいるの?」
デスデーモナはだまり、笑顔で首を横に振った。
「恨んでいたら、転生を繰り返していないわよ。でも、会えたら一発は殴るけどね。だってそうでしょう」
彼女の顔から涙が一雫、こぼれ落ちた。
「うん。私は止めないけど、富士見君は止めるかもね」
「なんで、月の彼氏の名前が出てくるの?」
「だから、彼氏じゃないと言っているでしょう。ここだけの話よ。オ○ロは富士見君の家にいるの。黒猫としてね」
「えっ、本当なの?」
「うん。富士見君が教えてくれた。だから今度、富士見君の家へ遊びに行こう」
「ぜひ、お願いします。ところで、オ○ロは私のことを覚えているかしら?」
「もちろん。覚えているわ。それで反省もしているらしいわよ」
「そうなの? じゃあ、許してあげようかしら。殴るけどね」
「ウフフ。明日、富士見君の予定を聞いてみるね」
「うん。ありがとう。『月』、私はあなたと出会えてよかった。おやすみなさい」
「おやすみなさい。デスデーモナ」
私はカーテンのすき間から見える満月を眺めていた。
しばらく寝れそうにない。デスデーモナが富士見君のことを彼氏、彼氏と連呼するから、意識するわよ。そもそも、富士見君が私のことをどう思っているのか、私には分からないんだからね。この満月が教えてくれるといいのに・・・。
私は白猫にくっついて寝た。おやすみなさい。富士見君。
(うーん。眠いんだけど、そーっとしておいてよ)
「・・・」
「・・・富士見君、起きなさい」
(しまった。約束していたんだった)
十六夜さんは怒って、仁王立ち。
(トホホ・・・)
最初からミッションは、つまずいた。何とかしなくては・・・。はたして、挽回のチャンスは訪れるのだろうか?
「ごめんなさい。あまりに気持ちが良かったから、つい・・・」
「・・・まー、いいわ。夜中に電話をした私にも責任があるのだから。今回は大目にみるわ。次からはダメよ」
「はい」
(何とか不時着したのかな?)
このミッションは疲れる。お嬢様が何を言うのか、サッパリ分からない。大人しく彼女を観察することにした。どなたか、親切な方。お嬢様攻略本を私にください。
「早く行きましょう。お腹がすいたわ。車に乗り込んでね」
彼女の運転手が会釈する。私も遅れながら、頭を下げた。
背中が痛い。ファンクラブの連中から、怒りの視線。至るところから突き刺さる。
「富士見君、どうしたの? 早く乗って」
「うん。ゴメン」
車に乗り込み、キャンバスを後にした。
(どこに連れていかれるのだろう?)
不安だ。高級な料理店だったらどうしよう。マナーを知らないから、恥をかくだろう。今は普通の店であることを祈るしかない。
車に乗ること数分。
「着いたわよ」
十六夜さんが指差す方向には回転寿司のチェーン店があった。
(えっ)
目を疑った。お嬢様が回転寿司ですか? もしも、その店であっているなら、私にも支払いができる。ほっと胸をなでた。
(それにしても、こんな店にも来るんだ)
いや、こんな店って言ってごめんなさい。店の関係者、ごめんなさい。そうじゃないんです。お嬢様が食べにいく寿司屋はカウンター越しに職人が握ってくれる。時価のネタを握る寿司屋だと勝手に想像していただけです。・・・反省。
私は十六夜さんのことを何も知らない。その辺りから調べよう。ひょっとしたら、一般人の常識を理解しているのかも知れない。ちょっとだけ、そうあることを期待した。
(お嬢様でも普通の食事をするんだな)
そう思ったのはそこまでだった。なんと店まるごと貸し切りだった。
(いやいや、やり過ぎだろう)
ただ食事をしながら話をするだけだ。IZAYOIグループの力をまざまざと見せつけられた。私はちょっと、ひいた。こうも影響力があるなんて・・・。私は春からこのグループの社員として、やっていけるのだろうか? 今は不安だ。
「富士見君、入るわよ。今日は何を食べようかしら。ウフフ、楽しみ」
ニコニコする十六夜さんが、何だか怖かった。
店の中に入ると店長が、わざわざ出てきた。そして直立。
「本日はご利用ありがとうございます。お嬢様。職人が腕によりをかけて握りますので、楽しみにしていてください」
「ありがとう。楽しみね。富士見君」
「ははは、そうだね」
薄ら笑いをするしかなかった。ひょっとしたら、普通の寿司屋の方がよかったのかも知れない。
(いったい、どれだけ払わされるのだろう?)
ゴクリとツバをのみ込んだ。
(全然、楽しめないよ)
店長をにらんだ。しかし、逆に、にらみ返された。「なんでお前がお嬢様と食事なんだ。ふざけるな」と言いたげだった。
それを知ってか、知らずか? 十六夜さんに手を引っ張られた。こんなところをファンクラブに見られようもなら、私に明日はない。
(貸し切りでよかった)
そんなことより、彼女は早く食べたそうだった。
(ただの友達だよね。意識しすぎか?)
私は手を握られただけで、ドキドキした。
「早く食べましょう。それではよろしくお願いします」
その店の一番高い皿だけが流れてきた。次々と皿をとる十六夜さん。私はお茶をずずっとすすった。照れを隠すためだ。おかげで少し落ち着いた。
「富士見君も皿を取りなさいよ」
「うん。ありがとう」
中トロ等、数皿を取って食べた。
(ドキドキして、味なんか分からないよ)
彼女は寿司を食べて、落ち着いたのだろう。昨日の話をした。
「デスデーモナはあなたの推測通り、転生を繰り返しているみたいなの。それで聞いてみたわ。なぜ、人間に転生をしなかったとね。そうしたら、『オ○ロは動物に転生をするだろうから、私もそうしたの』と笑っていた。驚いたでしょう。普通は人間に転生をするわよね。そう思うでしょう、富士見君。私だったら、間違いなく人間に転生をするわよ」
(そうなんだ。お嬢様だから、貧乏人の辛さを知らないんだな)
「それでデスデーモナはオ○ロのことを許しているのだろうか? まだ愛していて欲しいんだよね」
「? ・・・どうしてそんなことを聞くの? 何か企んでいるの?」
「これはまだ、どうなるか分からない話なんだけれども、ハッピーエンド大作戦を考えているんだ」
「ウフフ、何それ」
「まだ、誰にも秘密だからね。ちょっと耳を貸してよ」
私は周りに聞こえないように彼女の耳元で説明。
「驚いた。富士見君、そんなことを考えていたの」
「人生の最期は悲劇より、やっぱりハッピーエンドだろう」
「ウフフ、そうね。私も協力するわ。デスデーモナがオ○ロのことを今はどう思っているのか、それとなく聞いたらいいんでしょう」
「うん。頼めるかな? オ○ロは反省をしているみたいだからね。今度は上手くいくハズなんだよ。私は二人の間を取り持って、ハッピーエンドに導いてやるんだ」
「いいわね。ウフフ、今度はあの二人が幸せになれるといいわね」
「だよね。よし、がんばるぞ」
二人で楽しい時間を過ごした。あっという間に夕方となった。
「そろそろ、帰らなくっちゃね。お代は私が出すからいいわよ。店長さん、後で請求書をこちらに送ってくださる」
「わかりました」
「それでは、富士見君。帰りましょう」
「うん。でもいいのかな? ここのお代。高くついたんじゃないの?」
「そうかもね。お父様の支払いだから、私には分からないわ」
「そうなんだ。次は私の支払いができる店にして欲しいな」
「えぇ、そうね。今回は就職祝いのようなものだから、気にしなくていいわよ」
「祝ってくれてありがとう。それじゃぁ、お言葉に甘えさせてもらうからね。ごちそうさまでした」
「礼は、いいわよ。さぁ、帰りましょう。駅まで送るわ」
「どうもありがとう」
数分後、駅のターミナル。
「それじゃぁ、富士見君。またね」
彼女は帰った。
私の心臓はよく持ちこたえた。今もドキドキが止まらない。しばらく駅のベンチに座った。
(それにしても、IZAYOIグループ恐るべしだな)
夢のようなひとときから、現実に戻ると空しくなった。改めて別世界の人なんだと認識させられた。私は一市民の感覚を忘れないでおこう。夕焼けから夜になろうとする空に満月が出ていた。
(さて、帰りますか)
月(るな)は車の中から満月を眺めていた。
お父様の力で店を貸し切りにしたのだけれども、富士見君はよく思っていなかったのかな? あまり食べなかった。私はただ、彼に感謝をしているから、おもてなしをしたかっただけなのに・・・。彼は「私の支払いができる店」と言っていた。今回は支払うつもりだったんだ。それを私が台無しにした。舞い上がっていたのは、私の方だった。彼のメンツを考えていなかった。次は彼にすべてを任せよう。でも、貸し切りじゃなかったら、彼は私のファンクラブから、何をされるか分からないじゃない。まずは屋敷に帰ったら、電話をして謝ろう。事情をすべて話そう。彼はたぶん、私のことを考えて、「気にしない」と言うでしょうね。私に遠慮をしないで欲しい。いつになったら本音でしゃべれる仲になれるのかしら・・・。
屋敷に着くなり、お父様が待っていた。仕事はどうしたのかしら?
「今日は楽しかったかね。月」
「えぇ、もちろん。富士見君と少し仲良くなれた気がするわ。ありがとう、お父様」
せっかく、段取りをしてくれたお父様に、なんて言ったらいいのかわからなかった。
「それはよかった。で、彼はどうだった? 喜んでいたか?」
「うん・・・」
私は涙をこぼしてしまった。
「彼に何か言われたのか?」
「違うの、お父様。私がいけないの・・・」
「どういうことだ?」
お父様が怒っているのが、分かった。でも私は涙が止まらない。ますます、誤解をされてしまう。助けて、富士見君。
偶然、携帯電話が鳴った。画面には富士見君の名前。つい、スピーカーのボタンを押してしまっていた。
「もしもし、富士見君。どうしたの?」
「今日はありがとう。それが言いたくって、電話をしたんだけど・・・何かあったの? 泣いているみたいだけど・・・大丈夫?」
「えぇ」
お父様が強引に私の携帯電話を取りあげた。
「君が富士見君か?」
「はい、そうです。本日は貸し切りの件、支払いの件を手配をしていただき、ありがとうございました。おかげさまで楽しい時間を過ごすことができました。このご恩は入社してから、仕事で少しずつ返していこうと考えています」
「あぁ、そうしてくれ」
まだ、怒りの炎が彼に向いているのがわかった。
「ところで、君はいったい何が不満なんだ。娘に何を言ったんだ。言ってみろ。ことの次第では、こちらにも考えがある」
「・・・はい、わかりました。『次は私の支払いができる店にしてほしい』と言いました。まったく彼女の気遣いを理解していませんでした。それを謝りたくって、電話をした次第です」
「うむ。そうか」
私は黙り混むお父様から、無理やり携帯電話を取り戻した。
「ごめんなさい。富士見君」
「いや、いいんだ。気にしないで、君のお父さんにお礼を言えたからね。それよりもまた話をしたいと思っているんだけど、ダメかな?」
「もちろん、いいわよ」
「では、あの件のことは頼んだよ。それじゃぁ、また明日」
「うん、また明日ね」
彼が電話を切った。ありがとう。やはり、思った通りの富士見君で、私は救われた。
「月、あの件ってなんだ」
「私と富士見君だけの秘密よ。お父様にも教えられないわ」
「そんなに隠さないといけないものか?」
「そうよ。だから、この話はもうおしまいね」
どうせ言っても信用しないでしょう。猫がしゃべること、私がオセロニア世界へ飛ばされたこと、富士見君に助けてもらったこと。今の私には彼と話す時間が必要なの。分かってね、お父様。
夕食を食べて、自分の部屋で夜風にあたっていた。私はいったい、どうしたのだろう。富士見君のことを妙に意識をしてしまう。今までこんなことはなかったのに・・・。
これが恋というものだろうか? ・・・まさかね。
「どうしたの? 月。ボーッとして」
デスデーモナが話しかけてきた。あわてて、窓とカーテンを閉めた。もっとも、私の部屋は双眼鏡でもないと外からは、のぞけないんだけどね。
「デスデーモナ。今日はいつもより、早く現れたわね」
「えぇ、そうね。あなたがあまりにも隙だらけだったから、気になってね」
「そう。そんなにボーッとしていたかしら」
「恋の病にかかったのかしらね、ウフフ」
「私と富士見君はそんなんじゃないんだから・・・」
「へぇー、彼氏は富士見君というのね」
「だから、違うって・・・」
「でも、気になっている存在なんでしょう。いつ恋に落ちるか分からないわよ。ウフフ。私もそうだった」
「オ○ロのことかしら」
「そう。ずいぶんと昔のことよ。今のあなたを見ているとまるで昔の私を見ているようだわ」
「えっ、そうなの」
「うん。私でよければ、恋のアドバイスをするわよ。いつでも言ってちょうだい」
「そのときになったら、よろしく頼むわね」
「えぇ、いいわよ。その時は勇気をだすのよ。月」
それよりもオ○ロのことを聞かなくっちゃ。富士見君に協力すると言ったのだから・・・。
「ねぇ、デスデーモナ。聞いてくれる?」
「恋愛の話かしら」
「そう。私のことじゃないわよ。あなたのことよ」
「わ、私。なんで?」
デスデーモナはキョトンとしていた。話の流れから私のことだと思ったみたい。
「あなたはかつて、オ○ロと恋愛した。その後、悲劇が起きたでしょう。だから、あなたはオ○ロのことを今でも恨んでいるの?」
デスデーモナはだまり、笑顔で首を横に振った。
「恨んでいたら、転生を繰り返していないわよ。でも、会えたら一発は殴るけどね。だってそうでしょう」
彼女の顔から涙が一雫、こぼれ落ちた。
「うん。私は止めないけど、富士見君は止めるかもね」
「なんで、月の彼氏の名前が出てくるの?」
「だから、彼氏じゃないと言っているでしょう。ここだけの話よ。オ○ロは富士見君の家にいるの。黒猫としてね」
「えっ、本当なの?」
「うん。富士見君が教えてくれた。だから今度、富士見君の家へ遊びに行こう」
「ぜひ、お願いします。ところで、オ○ロは私のことを覚えているかしら?」
「もちろん。覚えているわ。それで反省もしているらしいわよ」
「そうなの? じゃあ、許してあげようかしら。殴るけどね」
「ウフフ。明日、富士見君の予定を聞いてみるね」
「うん。ありがとう。『月』、私はあなたと出会えてよかった。おやすみなさい」
「おやすみなさい。デスデーモナ」
私はカーテンのすき間から見える満月を眺めていた。
しばらく寝れそうにない。デスデーモナが富士見君のことを彼氏、彼氏と連呼するから、意識するわよ。そもそも、富士見君が私のことをどう思っているのか、私には分からないんだからね。この満月が教えてくれるといいのに・・・。
私は白猫にくっついて寝た。おやすみなさい。富士見君。