第8話 七罪との謁見

文字数 4,271文字

 魔界の中央にそびえる塔。薄暗いせいか、近くに来るまで分からなかった。ここにたどり着くまでは、黒い塔だと思っていた。実は、この塔は赤黒い外観だった。静脈に流れる血液のような色。ここが魔界だから、余計に不気味だ。どれだけの屍を積み上げれば、この塔を塗ることが出来るのだろう。その血液は敵対する天使の物か、裏切者の物かと想像させられる。

 そこにサタンは入って行った。
 離れないように後ろをついて行く。なぜ猫が魔王の後ろにいるのか分からない門番に、にらまれた。
 だが、サタンがそれを制したおかげで、中へ入ることができた。キョロキョロと辺りを観察。
 石造りの建物。灯りは、ろうそくの火だけ。そのらせん階段をコツコツと音をたて、ゆっくりあがっていく。

 二階にたどり着いた。
 サタンに通された大広間。
 「あら、いやだわぁ。私が一番最後だったなんて・・・」
 「サタン、遅いぞ。早くすわれ。ルシファー様を待たすな!」
 発光する虫を操る女性がサタンを怒る。コロシアムにいた一人だった。
 「まー、そう怒らないでちょうだい。ルシファーちゃんに報告があるんだからね」
 「ほう、余に報告とはな。何のようだ」
 「いいわよ。出てらっしゃい」
 サタンに催促されるように横に立った。

 ルシファーと呼ばれる男。噂には聞いたことがある。天使長と天界で呼ばれた男。今は、天軍に対抗する七罪のリーダー。コロシアムでサタンの横にいた一人。
 「お前はオテロか? 生きていたのだな。二十年の間、足どりが途絶えていたので、諦めていたのだがな・・・」
 「そうよね。私もビックリしたわよ。おもわず足があるのか確認したわぁ」
 「ははは、そうだろうな」
 その男は黒い羽が十二枚ある。

 元天使長。堕天して、今は悪魔達のリーダー。なぜ最高位の天使を辞めてまで、ここにいるのか分からない男。話をしてみたいことは、たくさんあるが、今はダメだ。彼から軍勢の一部を借りなくてはいけない。
 事態は急をようする。ジェンイー達は個々の能力では天使達に負けることはないが、数の暴力に勝てないだろう。だから、軍勢を借りて街へ戻らなくてはならない。
 (一体、どうしたらいい?)

 だまって考えていた。・・・しばらく沈黙。
 虫を操る女性が発言した。
 「ルシファー様。今、斥候の虫達から連絡がありました。オテロは多くの天使達を倒してここへやってきたようです。天界はオテロ討伐隊を編成した様子。いかがなされますか?」
 「そうか、渡りに船だ。天軍を迎え撃つ。奴らにオテロは渡さん」
 「いよいよ、やるのねぇ。最終戦争。ワクワクするわぁ」
 「うむ。七大魔王で迎え撃つ。それぞれの軍勢を引き連れてくるのだ。明日、この塔に集合だ」
 「御意」
 今日の御前会議は中止となり、それぞれの軍勢を引き連れるために各自の拠点へ戻って行った。

 「さて、オテロ。どうして天使を倒したのだ。何か事情があったのだろう。話してくれないか?」
 彼が一瞬、悲しげな目をした気がした。かつての同胞へ哀れみでもあるのだろうか? 
 「クエスト禁止のおふれを破ってしまったのが、ダメだったのかも知れない。その案件で協力してくれた酒場のマスターを目の前で殺されてしまったから、相棒が仇討ちをしたんだ。それで天界と仲の悪い魔界へ訪ねてきたんだ。それで厚かましいながら、兵士も借りれないかと思っている。迷惑な話だよね」
 「そうだな。オテロは厚かましい正直者だと分かったからよしとするか。心配するな、兵士は余に任せろ。好きなだけ出してやろう。ところで相棒はどこにいるのだ? まさか、そこにいる死の天使や死霊族では無いだろう」
 「不思議かもしれないけど、今は心の中にいるよ」
 「心の中?」
 「そう。ちょっと待っていてよ。今、代わるからね」
 心の中へ向かった。

 「オテロ、ちょっと交代してくれないか? ルシファーに会って欲しいんだ」
 「あぁ、ちょっとだけだぞ。俺は眠たいんだからな」
 「ありがとう。頼んだよ」

 迷惑なことだが、仕方がない。
 ご主人様の頼み事だ。むげにはできない。俺は交代した。
 「はぁ、めんどくさいな。俺が天使を殺したんだ。何か文句があるのか? 親切なマスターを殺したアイツらがいけないんだからな。相棒は何も悪くないから、悪くいわないでくれよ。俺が言いたかったのはそれだけだ。じゃぁ、また交代する」
 心の中に戻った。

 「おい、話してきたぞ。そろそろ戻った方がいいぞ。ルシファーはポカーンとしていたぞ」
 「ありがとう。すぐに戻るよ」
 意識を元に戻した。

 「相棒は、どうだった。何か迷惑をかけなかった?」
 「いや、一方的に話して去っていったからな。まるで、二重人格のようだ。なぜ、こんなことになっているんだ?」
 「それは、この世界の者では無いからだよ」
 「なんと、そういうことか。では、メフィストフェレスに選ばれた人間なんだな。人間が猫の姿をしているのはなぜなんだ?」
 「くわしいことはわからないけど、空間移動の条件らしいよ。メフィストフェレスがそう言っていたからね。どこまでが本当か分からない男だよ」
 「ははは、そうだろう。奴はウソつきで有名人だからな。でも、余の頼み事を確実に実行した男でもある」
 (?)
 どういうことだろうか? 意味がわからない。私が魔導書を手にとるようにしむけられたということだろうか?
 (そんなバカな・・・)

 偶然でメフィストフェレスに選ばれたのだろうか? もしも、そうならば別人を選んで欲しい。たまたま手にとっただけの本なのに迷惑な話だ。
 「これはここにいる者だけの秘密だ。他言無用にしてくれ。よいな」
 「うん。アズリエル達もいいよね」
 「わかった」
 「おぅ、いいぜ」
 「では、話そう。余の長年の望みだ。この世界のありかたについてだが、オテロは冒険で、この世界をたくさん見てきただろう。それでどう感じた? 違和感を感じなかったか? それが余が別世界から人間を招いた理由だ。余の考え方を理解し、協力してくれる者を選んで送ってくるように頼んでおいたからな。だから、君が選ばれたのは偶然ではない」
 (そうだったのか)
 元からルシファーと出会う運命だったのだろう。彼が望む世界とは、どのようなものか興味がわいた。
 「メフィストフェレスは余の腹心。偶然を装うことくらい訳がないハズだ。イロイロな場所でスカウトをしているだろうからな。君がこの世界にやってきたのには意味があったのだ。メフィストフェレスは連絡をよこさないから、誰が送り込まれたのかまったくわからない。こちらで探すしかなかった。その一人が君でよかったよ。ダイヤモンドマスターのオテロ。余が自らスカウトをしようと思っていたからな。それなのに二十年も音信不通だった。どこかで亡くなったのだろうと諦めていた。もっと早く声をかけていればと日々、後悔していた。サタンではないが、足がついているのかと思ったものだ。しかし、生きていてくれて本当によかった。今日という日に感謝せねばなるまい。・・・どうしても君にこの世界の違和感のことを聞きたいが、どう思う?」
 「この世界の違和感とは白の大地での法と秩序の闇。黒の大地に生きる者の希望という名の光のこと?」
 「やはり、感じたか。さすがだな」
 「でも、一介の冒険者ではどうすることもできないよ。ここまで逃れてくるのがやっとだった」
 「そうか。もう心配はいらない。明日にはすべて解決するだろう。キッカケがなかったから天界へ攻めることがなかっただけだ。君を天界に渡すつもりはない。魔の軍勢で返り討ちにしてやろう」
 「ありがとう。でも本当なら天界へ攻めこみたいよね。上層部が代われば法と秩序の中に隠された闇は収まるだろう。それにデメテルやラーを捕らえて、黒の大地へ派遣すれば、黒の大地の食糧難も少しは解決するよね」
 「そうだな。では、どうする?」
 「隊を三つに分けたらどうかな。本隊と右翼、左翼」
 「うむ。それでいいだろう。誰をリーダーにするのだ」
 「左翼はサタン。私の仲間達を守って欲しいんだ。サタンならアディ達とマッドブロブ戦を共に戦ったから、顔見知りなんだ。適任者だよ」
 「天軍はそこを攻めてくるのだな」
 「おそらくそうだよ」
 「それならそれでいこう。後はどうする?」
 「私は左翼にまぎれこんで直接、天界に乗り込むつもりだよ」
 「それなら本隊はベルゼブブと四人の魔王ということになるな。左翼は余の軍勢がつとめよう。かならず君と一緒に天界へ行こう。本隊は時間かせぎという訳だな。ベルゼブブならうまくやってくれるだろう」
 「それなら私の駒もそこで働いてもらうよ」
 明日、披露することにした。
 「余は、このオセロニア世界が好きだ。だから正しい方向に導くつもりだった。それを天位議会に気づかれて、罠を仕組まれた。罠にかかったふりをして天軍と戦ってみたものの、数の多さで向かってくる相手に戦う気が失せた。こちらの被害も相手の被害も甚大となるからだ。仲間同士で戦うなんてバカらしいだろう。そんな指示をする天位議会が許せなかった。だが、天軍の三分の一が余に従ってくれた。仲間を失うわけにもいかず、共に天界を去った。黒の大地へ移動して再起を誓った。なぜ、失敗したのか。日々、考えたのだ。余の側に相談できる理解者と戦略をたてる軍師がいなかったからだと分かった。その時だった。メフィストフェレスが別世界から理解者を連れてくると言ったのだ。他にも世界があるなんて信じられなかった。だが、奴は目の前で魔方陣を発動して移動した。この世界に奴の気配をまったく感じなかったから、その時に別世界があることを理解した。どれだけ待っただろう。フラッと奴が余の前に現れ、三人の人間をこの世界へ送ったと言ったのだ。余は喜んだ。やっと長年の戦いに終止符をうてるのだと思った。本来、必要もない堕天までした甲斐があった。悪魔と天使は元は同じなのだ。それを天位議会が自分達に従わない者を悪魔と区別した。余には理解不能だ。自分達がすべて正しいと言わんばかりのおろかな行為だ。すでにそれが間違いだと分かっていない。明日はそれを身をもって分からせてやる」
 長々としゃべった途端、ルシファーの身体が光につつまれた。
 (な、何だ?)
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登場人物紹介

白猫のデズデモナ。十六夜家の飼い猫。

特異点であるデスデーモナの魂が宿る。

月の部屋で普段は過ごしている。

黒猫のオテロ。野良猫達から「将軍」と恐れられている。現在、富士見家の飼い猫。特異点であるオセロの魂を宿す。

灰色のヤーゴ。土門に拾われる。

特異点であるイヤーゴの魂を宿す。

デスデーモナとオセロを恨んでいる。

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