第18話 時空の旅人、その名前はオ○ロ

文字数 4,171文字

 いつも通り、ベッド上の天井を眺めていた。今回も無事に帰ってこれた。久しぶりの我が家にホッとした。
 (よかった)
 オテロも無事のようだ。
 (今回も、お疲れ様)
 そっと頭をなでてやった。ニャーンと鳴く。

 部屋のドアを開けて、下の階へ降りた。
 「やっと帰ってきたんだね。心配したよ。封筒は送っておいたからね」
 「ありがとう」
 「それから何て言ったかな? そうそう、たしか『十六夜』と言ったかしら、美人の娘さんがあんたを訪ねてきたわよ」
 (えっ、何だろう?)
 「あんたもすみにおけないね。ずいぶんとモテるわね」
 「ち、違うよ。勘違いするな。そんな仲じゃないよ。まったく何を言うんだ。一人息子をからかって、面白いのか」
 母親を怒ったが、本当のところはどうだろう。心の中をみすかれた気がする。それに対しての、いらだたしさかもしれない。彼女はあれだけの高物件なのだ。好きにならない男子の方がおかしい。私はその気持ちを隠してきた。彼女の迷惑とならないように遠くから高嶺の花を眺めていた。

 「何か言っていた?」
 「また来ると言っていたけど・・・。ところで『十六夜』さんって、あのIZAYOIグループの関係者かい?」
 「そうだよ。社長令嬢だね」
 「へぇー、そんなお嬢様があんたに何の用だろうね」
 「まったく、分からないよ。住んでいる世界が違うからね。何かの気まぐれだろう」
 イロイロと探られる前に話を終わらせたかった。椅子にすわり、雑誌を読んだ。とっさに取ったので、逆さま。動揺しているのを隠すのが下手だった。
 (穴があれば入りたい)
 その後、ちょっと早めに晩御飯を食べた。くつろいでいるとカッシオが帰ってきた。何やらオテロと会話をしているように見えた。
 (やっぱり、ニャーとしか聞こえないよな)

 「カッシオ、おかえり。オテロと一緒に食べて」
 母親は猫缶を器に入れていた。二匹はガツガツと美味しそうに食べていた。
 (なんだか、ほほえましいな)
 自然と心が安らぐ。ほのぼのとした時間が続いた。
 私はオテロ、母親はカッシオと一緒に就寝。
 すぐには寝つけなかった。目をとじていた。
 (十六夜さんの周辺に何かあったのかな?)
 すると突然、オテロがしゃべりだした。
 「相棒、もう寝たか?」
 「いや、どうしたんだ」
 「以前、ルシファーが特異点の話をしていただろう。覚えているか?」
 「うん。それがどうしたんだ?」
 何かを伝えたい様子。私は布団の中から出て、壁にもたれた。幻影が現れた。しかし、黒猫の姿では、なかった。肌が黒い厚口唇の人間だった。
 「聞いてほしい。実は・・・。俺は何度も転生をしている者なんだ。理由は分からない。だが、それぞれの生前の記憶も残っているんだ」
 (オテロが特異点?)

 不思議なことがあるものだ。私もそうではないかと内心では思っていた。
 「ある時はカラス。ある時はシャチなどイロイロな動物に転生をした。今回は猫だ。死んでから一度も人間に転生をしたことはなかった。きっと、これからも無いんだろうな。なんせ俺は大事な人をこの手で殺してしまったのだから・・・」
 (えっ)
 「君は殺人を犯したのか?」
 「そうだ。最愛の妻をな・・・」
 (うーん? どこかで聞いた話だな)
 「人間だった頃の名前はオ○ロ。ヴェネツィア国の将軍だった。妻の名前はデスデーモナ。周囲からは美女と野獣の夫婦と言われたものだ」
 (何だって・・・)

 まるであの話の登場人物ではないか? あれは作り話ではなかったのか? イロイロと考えて、眠気がふっとんだ。
 「ずいぶんとこの世界も変わったものだ。十五世紀のキプロス島では考えられないほど文明が発達した。だけど戦争は失くならない。人間とは困ったものだな。動物に転生をして、世の中を見てきたが、人間はこの地球上にいらないのではと思える。だからその内、未知のウイルスなんかでコロリと消滅するだろうな。そんな気がする」
 「でも、全滅はないだろうね。必ずワクチンの開発に成功するよ。心配はいらないさ」
 「・・・だといいのだがな」
 「オテロも疲れただろう。もう寝よう」
 「そうだな。また話は今度にするか?」
 「そうしよう。おやすみ」
 「あぁ、おやすみ」
 そうは言ったものの、気になってすぐには寝れなかった。

 次の日、本当に十六夜さんがやってきた。まだ朝だというのに・・・。
 (何の用だろう。もうちょっとだけ寝たかった)
 私はねぐせのままだった。姿は半袖のシャツとハーフパンツ。
 (恥ずかしい)
 「こんなに早くに来てしまってごめんなさい。でも、この話を驚かずに聞いてくれるのは、私には富士見君だけなの」
 うるうるとした目で見られるとなんだか照れくさくなった。顔が真っ赤になった。直視できそうにないので、目をそらした。
 (かわいい)
 昇天しそうだ。高鳴る鼓動。きっと頭から湯気が出ていただろう。動揺をかくして、冷静さを取り戻そうと考えた。
 「と、取りあえず中に入って話さない?」
 その場から取りあえず、離れたかった。
 「そうね。ありがとう。おジャマします」
 「どうぞ」
 客間に通した。あわてて冷蔵庫の中から、麦茶を取り出した。グラスを取り出し、運んだ。
 「口に合うか分からないけど、どうぞ」
 「ありがとう。いただきます」
 冷たい麦茶を美味しそうに飲んだ。ひと息ついたら、落ち着いた。

 「ところで、何かあったの?」
 「えぇ、驚かずに聞いて。突然、デズデモナが夢の中でしゃべりだしたの。今までこんなことは一度も無かった。『ひょっとしたら富士見君なら、何かを知っているかもしれない』と思ってここに来たの。私の推測では、きっとあの世界でのことが影響しているのでしょう。富士見君とオテロの間には何か変化は無かったの?」
 「そういえば、驚いたことがあったよ。ここだけの話だよ。オテロは特異点なのかも知れないんだ。しかも、人間だった時の名前はオ○ロだったんだ。亡くなって、十五世紀から動物に転生を繰り返していたみたいなんだよ」
 「特異点ってなによ」
 「定義づけできない特別な存在のことだよ」
 「オテロがそうなのね」
 「たぶん、デズデモナもそうなんじゃないのかな?」
 「えっ、そんなことってあるの? あの物語の続きということかしら? さすがにそれは無いでしょう・・・」
 「あくまでも推測なんだけどね。オテロが本当に特異点なら、可能性は高いと思うんだ」
 「もしもよ。その仮説が正しいとして、デズデモナまで特異点というのはどうかしら。それと猫が話し出したことと何が関係あるの?」
 「うーん。うまく説明できないけど、私達と特異点の波長が合うのだろう。だから不思議な事象が起きると考えられないかな? 何らかの方法でメフィストフェレスがそれを知っていて、私達に魔導書を与えたとしたら、オセロニア世界に飛ばされたことも説明がつくだろう」
 「まさか・・・ただの偶然よね。私は魔術師の格好をした男が、目の前で本を落として、それを拾っただけよ」
 「その男がメフィストフェレスだよ」
 「えっ。じゃぁ、メフィストフェレスは偶然を装って、置いて行ったと言うの?」
 「間違いないね。メフィストフェレスはルシファーに『選んで連れてくる』と言ったみたいだからね。私はルシファーが嘘をついているとは思えないんだ」
 「あなたはルシファーに、いつ会ったの?」
 「こっちの時間で二日前くらいかな? オセロニア世界にアズリエルを送っていったからね。そこでイロイロとあって、ルシファーと出会ったんだ」
 「えっ、ちょっと待って。頭の回転が追いつかないわよ。・・・えーっと、あなたの話を信じるならば、アズリエルはこの世界にいたことになるんだけど、あっているの?」
 「その通り、正解だよ。たしかにアズリエルは、この世界にいたよ。それにレグス、アムルガル、アルンもいたことがあるんだ」
 「私が知らないだけで、大変だったのね。よかったら、その辺りから話を聞きたいわ。私達を時空の渦がのみ込もうとした時に、レグス達は助けようとして、この世界にやってきたのね。申し訳ないことをしたわ」
 「そうだね。でも、この世界を楽しんでくれたから、よかったよ。向こうの世界まで送っていくのが大変だったよ」
 「そう。それでどうなったの?」
 (何か目がキラキラしているような?)
 気のせいだろうか? そのように見えた。話を続けた。話が終わると十六夜さんは帰ってしまうだろう。

 この時間を引き延ばしたかった。
 「その時にメフィストフェレスもオセロニア世界へ送ったんだ。その後、アディ達と幻の都市ゴルディオンを攻略したんだよ。不死の王ミダスには、まいったね。触れるものをすべて黄金に変えてしまうんだ」
 「あなた、よく生きて帰ってこれたわね」
 「そうだね。その時にアズリエルがついてきたんだ」
 「そうなのね」
 「キャンバスで君に会った時には、家にいたよ」
 「アズリエルは私のことを覚えているかな?」
 「それはどうかな? あの時、君は白猫のデズデモナだったからね」
 「・・・そうよね」
 その時、彼女の携帯電話が鳴った。私は調子にのって、少ししゃべりすぎてしまった。舞い上がってしまい、彼女の予定に気がついていなかった。
 (しまった)
 顔が青ざめた。彼女に嫌われるのではないかと不安になった。
 「ごめんなさい。富士見君。そろそろいかなくっちゃ。楽しい時間は早く過ぎていくのね。・・・そうだ。よかったら連絡先を交換しない?」
 (えっ、夢じゃないよね)
 「はい」
 私は即答で連絡先を交換した。
 「それじゃぁね。ありがとう、富士見君。後で連絡するわ」
 彼女はお迎えの車に乗り込んだ。彼女の車が見えなくなるまで見送っていた。

 (ヤッホー)
 自然とガッツポーズが出てしまった。しかし、この時から事件は始まってしまったのかもしれない。浮かれていた私は知らなかった。宿命づけられた因果のことを、動き出した時空の歯車を・・・。
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登場人物紹介

白猫のデズデモナ。十六夜家の飼い猫。

特異点であるデスデーモナの魂が宿る。

月の部屋で普段は過ごしている。

黒猫のオテロ。野良猫達から「将軍」と恐れられている。現在、富士見家の飼い猫。特異点であるオセロの魂を宿す。

灰色のヤーゴ。土門に拾われる。

特異点であるイヤーゴの魂を宿す。

デスデーモナとオセロを恨んでいる。

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