歌舞伎町散歩

文字数 4,331文字

 夏休み前のある日、教育学の先生が講義中に、学生を集めてSNSパトロールをしていると語っていた。


「性被害のリスクを(おか)す少女を救うためにやっている活動なんです。学生たちはツイッターなどでパパ活をしている少女をみつけては警察に通報しています。一日に数件ぐらいかな。ご興味のある方はご一報ください。」


 僕はどんな活動なんだろうと思い、一度見学させてくださいとお願いしたところ、ミーティングへの参加を認めてもらった。そこでは、


「悪いことしてる自覚はないんだろうね」

「この子たちに罪の意識を抱かせるのは難しいと思う」

「普通の子がパパ活をしてる場合が多いよね」


などの発言が()()っていた。僕は世の中のためになるいいことをしている、そんな意識で活動しているんだろうなと思いながら話を聞いていた。隣に座っている人に「実際、現場に行って見回(みまわ)ることもしてるんですか」と聞いたところ、「いや、今のところその予定はないよ」という返事だった。

 帰宅して、もう少し自分でも調べてみようという気になり、インターネットでパパ活について調べ始めた。ネットの否定的な反応としては、「お金がすべてじゃない。健康的で市民道徳にかなった生活を送ることは大事な事だ」といった道徳的な批判があり、「好きでもない男と寝るんだから()むのも仕方ないんじゃないの?」、「遊ぶ金欲しさに身体売ってるひとばかりだろ?」、「パパ活は犯罪。買うほうだけじゃなく、売るほうも加害者。」といったストレートに少女たちを()める言葉があった。


 少し考えた後、「よし、新宿歌舞伎町に散歩に行こう。」そう思った。

 新宿駅に着いたのは午後10時を過ぎたころで、すぐに歌舞伎町に向かった。映画館の前には若い男女が座って雑談したり、お酒を飲んだり、タバコを吸ったり、踊りを踊っている。ひょっとすると、薬物の取引もしているのだろうか。そんなことを考えながら周囲を歩き続けていると、女の子が一人で携帯を操作していて、化粧や身なりからパパ活している子なのかなと思い、声をかけてみた。


「お姉さん、お綺麗ですね。彼氏か誰か待ってるんですか?」


 女の子は声をかけられることに慣れているらしく、


「彼氏じゃないけど、友達待ってるんです。でも、来ない感じだからもう帰ろうかなってところです。」


といった。

「そうなんですか。僕もそろそろ帰ろうと思ってて、駅に行こうとしてたんですけど、よかったら駅まで少しお話させてもらってもいいですか?あ、別に私服警察とかじゃないです。」

「んー・・、いいですけど、私近くのネットカフェに宿泊してるんです。そこまで一緒に歩きますか?」

「はい、是非お願いします。じゃ行きましょうか。あの、名前教えてもらっていいですか?」

「名前はモエって呼んでください。年齢は15歳です。」

 彼女のいうことを信じていいのかどうかわからなかったが、さすがに15という年齢を聞いた時にはドキッとした。


「え、15なの?中学生?・・・じゃ、今日は家には帰らなくていいんだ。」

「家はあるんですけど、帰れないんです。」

「帰れない?」

「家庭環境がよくなくて、もう3年ぐらい帰ってないんです。家出中です。」

「そうなんだ・・。そうなんですね。」

「うん。」

「あの、生活はどうしてるんですか?」

「パパ活で月に4、50万ぐらいは稼げてるかな。ネカフェは友達の子と一部屋(ひとへや)を借りて費用を割ってます。ほんとはいけないんですけど。」

「4、50万?すご。」


 こんな会話をして歩いていると、彼女の住処(すみか)であるネカフェに着いた。

「1でどうですか?」

「いち?いちってなんですか?」

「え、声かけてきたのってそういうことじゃないんですか?」

「あー・・」

「・・樋口(ひぐち)でもいいですよ、5000円。・・こういうこと初めてみたいですし。」

「いや、ごめんなさい。ちょ、ちょっとまって・・。もう遅いけど晩御飯は食べたの?さっき友達待ってたって言ってたし、どのぐらい待ってたかしらないけど、一緒に食べる予定じゃなかったの?」

「うーん・・・じゃウナギにしてください。近くにウナギ屋さんがあるので。」

「OK、ウナギ。ウナギ食べよう。」

 モエちゃんに連れていかれたウナギ屋はネカフェから歩いて数分のところにあり、なかなかのお値段のするウナギ屋だった。


「こういうところ、よく来るんですか?」

「うん。パパがごちそうしてくれるから。」

「なるほど。モエちゃんも、お金持ってるしね。」

「うん。」

「モエちゃんのお友達もお金持ってるの?」

「持ってると思います。でも、この(へん)にくる子みんながお金持ってるわけじゃなくて、お腹すかせた子もいると思います。」

「そうなんだ。どういう子がこのあたりに来るんですか。」

「さみしい子かな。学校にも家庭にもいられなくて、でも誰かと遊びたい、誰かとつながっていたい子が来ると思います。同じような悩み持ってる子に出会えたりするので。」

「悩みって、親とうまくいってなかったり?」

「うん。でも最近は学校には行かないけど、家には帰るような小学生も来てます。」

「小学生?」

「うん。ユカって子です。リストカットしてたり、家族関係も少し複雑ですけど。」

「モエちゃん、さっき家庭環境がよくないって言ってましたけど、モエちゃんの家族関係も複雑なんですか?」

「うんとっても。最初はお父さんとお母さんと住んでたんですけど、離婚しちゃってからはお父さんと住むようになったんです。お父さんは再婚したんですけど、また離婚しちゃって、それからはその離婚相手の人と住むようになったんです。その人は再婚はしてないけど、仲のいい男の人ができて、家庭内暴力が絶えなかったので家を出ました。」

「そうなんだ・・、なんかごめんなさい。いろいろ聞いてしまって。」

「別にいいですよ。なんでも聞いてください。」

「あの、親友とか、好きな男の子とかはいるんですか?」

「親友はいましたけど、オーバードーズで自殺したんです。それ以来いません。男の子は好きになる自信がありません。実のお父さんから性的虐待(せいてきぎゃくたい)を受けたせいかも」

「え、お父さんから?」

「うん。男の人とは身体の関係だけで、求めることが男の人の愛情表現なのかなって思ってます。」

ウナギを食べ終わったのは23時30分過ぎだった。

「どうしますか?ネカフェ泊まっていきます?帰ります?」

「そうですね・・。もう少しお話聞いてもいいですか?お腹もいっぱいになったと思うんですけど、眠くはないんですか?」

「わたしは大丈夫です。」

 モエちゃんが住んでいるネットカフェに戻り、受付を済ませるとモエちゃんと一緒にラウンジへ向かいテーブル席に座った。他に人はいなかった。


「モエちゃんとか、モエちゃんの友達が頼りにする大人とかはいないんですか?」

「結局、他に居場所がなくてこのあたりに集まってくるような人たちとのつながりしかないですね。みんな死にたがってる人が多いんですけど。わたしも、補導(ほどう)されて児童相談所に連れていかれることがあるんですけど、結局ここに戻ってくるんです。その繰り返しです。」

「そういう気持ちがある人が集まっているんですね。」

「はい。それに、良いことしてた人が逮捕されたりしたので、みんな本当の愛とかは知らないと思います。」

「逮捕ですか?何したんですか、その人。」

「その人はホストとして働いてたみたいなんですけど、ここに来る未成年の子たちをまとめるようになって、掃除したり、食べ物配ったり、パパ活をしないように呼びかけていたんです。将来的には養護施設(ようごしせつ)をつくるのが夢だとか言っていました。でも、実はその人自身が未成年とみだらなことをしたって理由で逮捕されちゃったんですよ。」

「それって、そのホストの人信じてたひとにとってはショックですよね。」

「テレビにも取材されて、その人たちの活動を紹介する番組が賞をとったこともあるんです。インタビューされたときには、本当に話せる人間が身近にいてくれたらなんとか頑張れる的なことを言ってました。」

 こうしたことを話していると、時刻は翌日の1:00を過ぎていた。


「モエちゃん、今日はいろいろ話してくれてありがとう。」

「もういいんですか?じゃあ、部屋行きます?ふふ」

「部屋?あ、じゃあ今日は僕の部屋使ってください。さすがにモエちゃんと一緒に入るわけにはいかないので。というかこんなことしてるのも危ない気がしますし。」

「そんな良いひとが言うようなセリフ言っていいんですか?後悔しますよ?ふふ、冗談ですけど。じゃあ、これ私の連絡先です。ご利用ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。」

 こういうとモエちゃんは、何度かさよならの手振(てぶ)りをした後、友達のいる部屋へと向かっていった。僕はお風呂に入り、自分の部屋に入った。あまり眠れそうな感じはしなかったが消灯(しょうとう)し、横になっていろいろ考えた。


 大学の先生のSNSパトロールは社会的に必要なことで立派なことかもしれない。普通の子がパパ活をしてる場合がどのぐらいあるのか自分は知らない。でも、モエちゃんのようなケースではこうした活動が根本的な解決になっていないように思える。

 モエちゃんは、親ガチャに(はず)れたということになるのだろうか。もしモエちゃんが家庭や学校に居場所を見いだせる環境で育ったらパパ活をしただろうか?『華麗(かれい)なるギャツビー』にある、誰かを批判したくなったらこの世のすべての人がお前のように有利な立場にあるわけではないことを(おも)(おこ)しなさいという言葉が頭をよぎる。モエちゃんのような未成年が、自分ではどうしようもない、どうにもならないリアルに直面し、社会から糾弾(きゅうだん)されるような、道徳的に、法的に違法なことをするのを批判したくなったら、その前にモエちゃんのような立場に生まれたら自分はどうなっただろうかを想像してからでも遅くはないと思う。

 翌朝、遅めの朝食をとり、ネカフェの外に出るとモエちゃんともう一人女の子がいた。モエちゃんは僕に向かって、


「おはようございます。モエにぼったくられてくださりどうもありがとうございました。この子はユイっていいます。」


と言ってきた。


「おはようございます。意外と起きるの早いんだね。昨日はいろいろ話してくれてありがとう。じゃあね。」


と言って駅に向かおうとすると、ユイちゃんが「へんな(にい)さんがんばれよー」と言ってきたので、「おまえらもなー」と返事をしてその()(あと)にした。

映像資料
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色