ワンピース セオリー1 ワンピースの元ネタと主題

文字数 3,831文字

『マンガ学入門』によると「マンガの歴史は、児童文学との関わりでいうと、敵対関係とまではいわないにしても、完全に無視されたものだった₁」そうなんですが、『ワンピース』を読むと、いたるところで、神話や文学が元ネタになっているところがあるんですよ。

ふーん。

それでですね、この作品を小難(こむずか)しく考えていきたいと思います。よろしくお願いします。

小難しく考えるの?

はい。元ネタという言葉なんですけど、これを(かん)テクスト性という考えでとらえていきます。

間テクスト性?

ひとつのテクストは、すでに存在するテクストと関係しながら成立しているという考えです。

ふーん。ワンピースの間テクスト性を考えるの?

そうですね、課題としては次の2つを考えてみたいと思います。


課題1 ワンピースの間テクスト性を具体的に指摘する

課題2 ワンピースのモチーフの一つは勧善懲悪(かんぜんちょうあく)の道徳思想に基づく解放戦争(かいほうせんそう)であることを示す

まず課題1ですが、これはたくさんあります。『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』って映画を知っていますか?

ディズニーの映画でしょ?

そうです。この作品にフィンケルスタイン博士というキャラがいて、ヒロインであるサリーを作りますよね。そして、サリーを家政婦のように考えるんですけど、この関係性が『ワンピース』のスリラーバーク編に出てくるドクトル・ホグバックとビクトリア・シンドリーの関係と類似しているんですよ。

なるほど。

さらに言えば、フィンケルスタイン博士のモデルは、生命の原理を(きわ)めようとして怪物をつくりだしてしまうフランケンシュタイン博士でしょう。

メアリー・シェリーが書いた小説に出てくる人ね。

他には『ガリバー旅行記』のリリパット国渡航記(こくとこうき)に描かれたシーンに基づくものもあります。船医のガリバーは、ある旅で嵐にあい、漂着(ひょうちゃく)した浜辺で目覚めたとき、小人(こびと)の国リリパットの軍隊によって地面に(しば)りつけられていることに気づくシーンがありますよね。『ワンピース』では、ドンタッタ王国の小人たちによって、ニコ・ロビンが地面に縛り付けられるシーンが出てくるんです。

聖書との間テクスト性はあるの?

あります。創世記には、アダムとイブがエデンの園にある禁断の果実、善悪を知るようになる木の実を食べ、神から追放される描写があります。一方『ワンピース』には食べるとさまざまな能力が身につく一方、海に嫌われ、海水につかると能力が発動されず、かなづちになってしまうという、悪魔の実が登場します。ほかには、宝樹(ほうじゅ)アダム、陽樹(ようじゅ)イブ、方舟(はこぶね)ノアなどが登場します。

史実(しじつ)との間テクスト性はどうなの?

あります。これは作品のメインテーマとも関係していると思います。ロゼッタストーンはご存じですか?

古代エジプトでつくられた石碑(せきひ)のこと?

そうです。フランス軍が見つけたロゼッタストーンには、同じ内容がヒエログリフ(神聖文字(しんせいもじ))、デモティック(民用文字(みんようもじ))、ギリシャ文字で書かれています。これは、よそ者であるギリシャ系の王、プトレマイオス5世が、神々の意志に従順(じゅうじゅん)であり、税負担を軽くしたり恩赦(おんしゃ)を下したり、エジプトに損害を与える邪悪なものを滅ぼしたりして、エジプトの繁栄(はんえい)のために尽くす王であることを広く知らせようとしたもののようです。


『ワンピース』では、ポーネグリフというものが登場します。まあ、これは現存する統治体制を正当化する意図でつくられたものではなく、ワノ国の石工(いしく)の一族である光月(こうづき)一族によってつくられたものです。いくつかの種類に分かれるのですが、真の歴史が書かれたリオ・ポーネグリフは、世界政府にとって不都合なものらしく、研究することが禁じられています。

ほかにもあるの?

フランス革命との関係性が指摘されています。革命期には、領主裁判権(りょうしゅさいばんけん)や教会への十分の一税などの封建的特権(ほうけんてきとっけん)廃止(はいし)されたり、人間の自由や平等、主権在民(しゅけんざいみん)、私有財産の不可侵(ふかしん)などの内容が書かれた人権宣言が国民議会で採択されたりしました。また、ヴァルミーの戦いでフランス軍が勝利した後には王政が廃止(はいし)され第一共和政(だいいちきょうわせい)が成立しました。


『ワンピース』には、イムを含む世界政府側の権力者が海軍などの武力を用いて世界を支配する秩序が存在しています。世界政府をつくりあげた連合王国の王たちの末裔(まつえい)は世界貴族あるいは天竜人と呼ばれているのですが、彼らはポーネグリフの碑文(ひぶん)を解読する研究者たちを殺害したり、加盟国に天上金(てんじょうきん)天竜人(てんりゅうびと)(みつ)がせたりしています。この世界政府を打倒しようとするのが革命軍で、革命軍総司令官は世界最悪の犯罪者と認定されています。


また、クローバー博士によれば、後に世界政府となる連合国に滅ぼされた王国があり、世界政府は、リオポーネグリフに書かれている古代王国の存在と思想を脅威(きょうい)に思っています。最後の島ラフテルに到達し海賊王になったゴール・D・ロジャーの船員たちは世界の秘密、歴史のすべてを知ったと答えていて、革命軍総司令官の息子である主人公モンキー・D・ルフィは海賊王を目指しているので、ルフィが革命軍勢力に加わり、世界政府が打ち立てた支配体制を打破し、世界貴族の特権を廃止させ、天竜人の奴隷(どれい)など、被支配者を隷従(れいじゅう)から解放(かいほう)する展開が予想されます。

課題1についての考えはわかったわ。課題2は?

そうですね。まずモチーフについてなんですが、日本国語大辞典には次のような定義が書かれています。


芸術的創作活動の動機となるもの。特に、作品によって表わそうとする中心思想や主題をいう。(精選版 日本国語大辞典)


ビゴーが描いた風刺画(ふうしが)には、ノルマントン号が座礁(ざしょう)したとき、英国人船員はボートで脱出したのに対し、日本人乗客25人は全員船に残され水死した事件を主題とする作品があります。またチャップリンの映画『モダンタイムス』は、工場労働で正気を失い失業した男を主人公として、機械文明と資本主義を批判した作品と考えられています。

『ワンピース』は現実世界の何かを問題にするというよりは、勧善懲悪の道徳思想に基づいて、武力により、より強い圧政者を倒していくことを描くことを主題の一つにしているように思います。


たとえば、リク王を排除し、国王の座についたドン・キホーテが支配するドレスローザでは、トンタッタ族が奴隷労働させられ、シュガーの能力によっておもちゃにされたものは、記憶を消され労働に従事させられていました。ルフィ達がドフラミンゴファミリーを倒すことでトンタッタ族やおもちゃは強制労働から解放され、リク王が復位することになりました。


また、カイドウ率いる百獣海賊団とオロチに支配されているワノ国では、花の(みやこ)以外、人が住める場所ではないと言われるほど荒れており、武器工場の建設により川は汚染され、光月(こうづき)おでんが作った農園、桃源農園(とうげんのうえん)はオロチたちによって接収(せっしゅう)されていました。ルフィたちがカイドウやオロチを倒すことで、ワノ国は圧政から解放され、のちに名将軍と称されることになる光月モモの助によって統治されるようになりました。


百科事典で、勧善懲悪、解放戦争について調べると次のような記述を確認できます。


【勧善懲悪】


江戸時代にあっては,ひろく大衆を思想的に啓発し,嚮導(きようどう)する文学・演劇が,基本的に持つべきとされる,文学的原理であった。曲亭馬琴(きょくていばきん)にいたり,この勧懲原理(かんちょうげんり)は,〈弱きを助け,強きをくじく〉義俠(ぎきょう)の思想と結びつき,善悪邪正が葛藤(かっとう)角逐(かくちく)しあう伝奇的長編小説のなかに,民衆が待望する理想的英雄像をつくる,有効な小説原理となった。(株式会社平凡社世界大百科事典 第2版)


明治になり、曲亭馬琴(きょくていばきん)勧懲主義(かんちょうしゅぎ)を批判して、坪内逍遙(しょうよう)は人情の模写を小説の第一義の目的とした₂。(日本大百科全書)


【解放戦争】


ナポレオンに対する諸国民の解放戦争に由来し,近代国民国家の形成過程において,民族を外国支配から解放する戦争をさしていたが,20世紀に入り被圧迫人民(ひあっぱくじんみん)を支配階級から解放する戦争をも意味することになった。(ブリタニカ国際大百科事典)


これをふまえると『ワンピース』は、理想的英雄像である革命勢力が、圧政を行う支配階級を武力によって打倒し、彼らに隷従している被圧迫人民を解放することが主題の一つになっており、勧懲原理や義俠思想といった文学的原理に基づいて描かれることがあるといえるように思います。

引用

₁ マンガ学入門. ミネルヴァ書房. pp.179-180

₂ ひたすら勧善懲悪をば小説稗史(しょうせつはいし)の主眼とこころえ、彼の本尊たる人情をば疎漏(そろう)に写すはをかしからずや (坪内逍遙. 小説神髄)

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