死屍に鞭打つ

文字数 1,600文字

史記の伍子胥列伝(ごししょれつでん)には、次のような話があります。


楚の国に仕えていた伍子胥(ごししょ)は、父と兄を平王(へいおう)に殺され、呉に亡命します。16年後に呉軍を率いて攻め込み、楚を占領するのですが、平王はすでに亡くなっていました。そこで、伍子胥は平王の死体を墓から出し、300回鞭を打ちました。


このエピソードが基となり、亡くなった人の言動を非難することを意味する言葉として、「死屍(しし)に鞭打つ」という故事成語ができました。


さて、西木空人(にしきくうじん)選の「朝日川柳」が物議をかもしました。こういう川柳が朝日新聞の15、16日付の朝刊に掲載されたそうです。

疑惑あった人が国葬そんな国

利用され迷惑してる「民主主義」

死してなお税金使う野辺送り

国葬って国がお仕舞(しま)いっていうことか

動機聞きゃテロじゃ無かったらしいです

銃声で浮かぶ蜜月政と宗

死屍に鞭打つような川柳だと思いますが、これに対して擁護する意見と批判する意見が出ました。(敬称略)


「こんな川柳が生まれるのは国が健康だということ。ユーモアも風刺も封殺する国は滅ぶ。」(ラサール石井)


「暗殺された人に対してご冥福をお祈りするということがそんなに難しいことなのかと少しこの川柳を拝読して、悲しくなりました」(たかまつなな)


「朝日の川柳欄の作品は野暮、粋ではないなと」(「それを読んだ人がよりよく人生を生きていけるような気持ちにさせる」のが「川柳の本質」だと語る茂木健一郎)

中国でも、安倍元首相の死去に対して哀悼の意を示すメッセージのほか、死去に歓喜する声がネット上をにぎわしたようです。現代ビジネスは次のように報じております。

だがその後の中国網民(ネット民)の反応は、すでに日本メディアでも伝えられたように、「死んでよかった!」「今夜はお祝いだ!」「~(地名が入る)の人民が祝電を送る!」「(銃撃犯は)抗日の英雄」など、あまりにもひどいものだった。


「災難を前にして文明と野蛮を判別することができる。この種の人間性のないお祭り騒ぎは、極めて愚かな行為であり、彼らは実は思考能力のない、長年洗脳を受けてきた可哀想な人なのだ」


こうしたまともな声はネットから削除される一方、過激な安倍氏へのバッシングは放置されたのだ。

亡くなった首相が死屍に鞭打たれる事例は海外にもあります。2013年にサッチャー元首相が死去した際にはデスパーティが英国の各地で実施されました。サッチャー元首相は、サッチャリズムと呼ばれる政策を推し進めたことで知られていますが、この政策によってサッチャー元首相に恨みを抱くようになった人もいました。AERAは次のように報じました。


サッチャーさんは公共機関の民営化を推し進め、公営住宅を売却し、教育などにも競争原理を持ち込み、労働組合を屈服させ、いくつもの鉱山を閉鎖させた。その結果、インフレは鎮静化、国家財政の再建にもある程度の成功を収めた。しかし、「サッチャリズム」の陰で泣いた人も少なくなかったのだ。


反サッチャーの人たちが発した、死屍に鞭打つメッセージには、以下のようなものがあります。

DING DONG! THE WITCH IS DEAD!

(ディン・ドーン 魔女死亡)


            Hell 

Is now being privatised

(地獄は今民営化中)


IRON LADY? RUST IN PEACE

(鉄の女?安らかに錆びよ)

言論の自由は、歴史的に検閲、不敬罪、政府侮辱罪、反逆罪などによって厳しい制約を受けてきましたが、近代に入り、他者の権利や自由との関係で制約を受けることがあるものの、基本的人権の一つとして保障されるようになってきました。上記の川柳が死屍に鞭打つ表現として世間から道徳的に批判を受けることはあっても、現行の憲法下で、公の秩序を害するものとして規制することは難しいように思います。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色