食と芥川賞 

文字数 2,682文字

第167回の芥川賞には、高瀬隼子(たかせじゅんこ)さんの「おいしいごはんが食べられますように」が選ばれました。

そうね。読んだの?

いいえ、読んでません。今回のニュースで、鈴木涼美(すずきすずみ)さんが「ギフテッド」という文学作品を書いていたことを知って驚いたぐらい、現代日本の小説事情には(うと)いです。NHKの報道によると、


受賞作の「おいしいごはんが食べられますように」は、ある会社の地方支店で働く男性と2人の女性の人間関係を、食べ物に絡めて描いた小説です。


仕事や恋愛など、職場を中心とした毎日のありふれた光景を、それぞれの視点でつづりながら3人の関係性が絡み合い、そして徐々に変化していく様子を、食を通じて巧みに表現しています。


ということです。

食べ物を通して人間関係を描いたってどういうことなの?

読んでない自分にはよくわかりませんが、川上弘美(かわかみひろみ)氏や菊池良(きくちりょう)氏はこのように評しております。


「職場、あるいはある人数の中での男女関係、人間関係を立体的に描き得ている作品。いかに書くかと言う技術が非常に優れていると評価されました。人間の中にある多面性が非常にうまく描かれていた」

(芥川賞の選考委員の川上弘美(かわかみひろみ)


「さまざまなタイプの人間がひとつの職場で働く会社という場所で、いらつきや理不尽を感じながらも関係を構築しなければならないひとびとを描いています。現代人が日常的に感じる人間関係の難しさ、割り切れなさを書いた作品なのです。」(菊池良(きくちりょう)


作品の登場人物には、前職でハラスメントを受けた女性社員がでてきます。彼女には、しんどい仕事を任せないことが暗黙の了解となっており、体調が悪いときには繁忙期(はんぼうき)でも残業しないにもかかわらず、周囲から配慮されています。それで、彼女はお菓子を作って会社でふるまうようになるんですが、このことをよく思わない同僚の女性社員がいて、ある男性社員に一緒にいじわるしようともちかけるんです。この男性も、もやもやした思いがあって、その申し出に(なか)ば応じるものの、恋愛感情も抱いていて、ハラスメントの経験がある女性社員と恋人になってしまうという、そんな展開らしいです・・・。高瀬隼子さんは、表面に出しにくい違和感やむかつきを感じたらそれをノートに書きとめる習慣があり、そのノートが創作のヒントになることがあるそうなんですが、ということは、まあ、私小説(ししょうせつ)的なところもあるんでしょうか。

職場の人間関係、男性社員が感じる心の多面性が描かれているようね。作者はどんな人なの?

高瀬隼子さんはライトノベルやハリー・ポッターシリーズなどの本を読みはじめ、中学生あたりで吉本ばななさん、角田光代(かくたみつよ)さんなどの作品を読むようになり、その後、その他の日本の現代小説を読むようになりました。お気に入りの作品は、金原(かねはら)ひとみさんの全作品、本谷有希子(もとやゆきこ)さんの「静かに、ねえ、静かに」などで、島本理生(しまもとりお)さんの「ナラタージュ」は何度も繰り返し読んだそうです。


大学に入ってからは文芸サークルに所属して文芸誌の新人賞に応募するようになり、会社勤めをするようになってからは、一年に一作のペースで書いていたとのことです。ただ、すぐに小説家として認められたわけではなく、高瀬さんは次のように発言しております。


「でも毎回落ちてばかり。10回くらい落選したときには、これは一生デビューなんてできないのかなという気持ちになりました。それでも不思議なことに、書くのを止めてしまおうとはならなかった。落選してもすぐ、さて次のを書こうかなとごく自然に思えたんですよね」

小説を読むのも書くのも自然にできる方なんでしょうね。

閲覧注意


以下では性、暴力などが話題となりますので、こうした話題がNGでない方のみ、以下をご高覧ください。

高瀬隼子さんの作品は、食べ物に絡めて、男性と2人の女性の人間関係や人間の多面性を描いた小説ということですが、もっとグロテスクな食に関する事件を背景とする作品が芥川賞を受賞したこともあるんです。

なんていう作品なの?

劇作家の唐十郎(からじゅうろう)さんが書いた「佐川君からの手紙」という小説です。選考委員は評価してる人もいるんですが、全く評価しない人もいました。


「作者のたくらみは、徹底した演劇性につらぬかれて、現実の出来事を引金にしながら、感覚的、知的に高い水位の幻想をくりひろげる。対話と手紙の呼び掛けによる進行はわが国の文学に新しい刺戟(しげき)を与える独自さのものだ。」(大江健三郎(おおえけんざぶろう)


「わたしには何が何だかさっぱりわからなかった。」(丸谷才一(まるやさいいち)


無難(ぶなん)な当選作ではない。現に選衡(せんこう)委員会で評価は三対四にわかれた。三は否であり四はよしとした。」

「この小説を佐川君の心の内容ではなく佐川事件から触発された作者の気持と、祖母とオハラに代表される仲介者を書こうとした小説だと見て、その遊びを評価した人はこの作品を肯定した。」(遠藤周作(えんどうしゅうさく)

賛否両論あったようだけど、佐川事件って何なの?

これは、殺人事件なんです。でも犯人は不起訴処分(ふきそしょぶん)で無罪となりました。

・・・そんなことあるの?

精神鑑定の結果、心神喪失(しんしんそうしつ)の状態での犯行と判断され、不起訴になったそうです。

それで、具体的にはどんな事件だったの?

殺人を起こした人は、当時パリの大学院に留学していた佐川一政(さがわいっせい)氏で、被害者はオランダからの女子留学生でした。佐川氏は、彼女の詩の朗読を録音したいといって被害者を夕食に誘い、自分のアパートに招きました。そして、彼女が詩を朗読していたとき、佐川氏は被害者を背後からカービン銃で撃ちました。佐川氏は被害者を死姦(しかん)した後、遺体(いたい)の一部を生のまま、あるいは焼いて食べました。その後、佐川氏はブローニュの森に遺体を捨てようとしたところを目撃され、警察に逮捕されました。

狂気の沙汰(さた)としか思えないけど、刑事責任能力は本当になかったの?

帰国した佐川氏を診察した病院の金子副院長は、佐川氏は人格障害者で、刑事責任が問われるべきであり、フランスの病院は腸炎(ちょうえん)脳炎(のうえん)と取り違えて判断を誤ったと述べたそうです。

・・・専門家によって判断が分かれるのね。

そうですね。後味が悪いと感じる人もいると思います。

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