論説 侵攻に対する制裁感情

文字数 1,651文字

あの人はロシア人です。このようにいわれたら、どのような感情を抱くだろうか。その感情は理に適っているのだろうか。


問題意識:2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以降、それに対する抗議や制裁活動が世界中で起き、日本においても、ロシアの言葉、文化を排除したり、国内にいるロシア人を差別する動きがひろがった。人々が接する報道によるアジテーションの影響もあると考えられるが、単純に、ウクライナは正義であり、ロシアは悪であるという図式を無批判に受け入れることに危険はないのだろうか。


主張:ロシアのウクライナ侵攻に対し、ロシア人を制裁したいという感情にかられ、無差別にロシアの言語、文化を排斥し、ロシア人を非難する行動をとる場合、矛盾した行動をとることになる可能性がある。


以下、ロシアへの敵対感情にもとづく排斥行動、ボリス・アクーニンの活動について述べ、報道などに扇動され、無差別にロシアの言語、文化を排斥し、ロシア人をバッシングすることが矛盾した行動になりうることを示したい。

戦争や災害といった状況では、戦争ヒステリーと呼ばれる心理状態に陥り、誤った判断や行動をとってしまうことがあるという。ロシアによるウクライナ侵攻にともなう反ロシア感情は、どのような行動を引き起こしているのだろうか。


ロシア排斥行動のひとつに、ロシア語に対する否定がある。日本では、恵比寿駅がロシア語の案内が不快であるという苦情を受け、一時的にロシア語を紙で隠すという事態が起こった。また、アメリカでは、職場でロシア語の使用禁止が強要される事例が報告されている。


また、日本で起こったほかの出来事として、宿泊拒否の意思表示がある。これは、滋賀県のある旅館がホームページで「ロシア人とベラルーシ人の今後一切の宿泊受け入れを停止します」と表明したものだが、県の行政指導を受け、現在では記載が削除され、受け入れが再開されている。


その他、ロシア人に対する誹謗中傷があったり、芸術分野においても歌劇場にロシア出身の歌手を出演させないなどの出来事が生じている。

軍事作戦に対する高い支持率を示すロシアの世論調査があるが、強い情報統制が実施され、政府に対する反対意見を言いにくい状況で実施されたものであり、ロシア人だからといって必ずしもウクライナ侵攻を支持しているとは限らない。


ロシアの作家であるボリス・アクーニンによれば、ロシアが民主化による国内の混乱への対応で、力による支配へと向かい、プーチンが自由なメディア、選挙、議会といった民主主義的な兆候を撲滅してしまったことで、警察国家と化してしまったという。ウクライナへの侵攻に疑問をもつ中学校の教師の発言が生徒によって録音され、当局による事情聴取の後に解雇されたという事件は、ロシアが強い情報統制をおこなう警察国家と化したというボリス・アクーニンの見方を支持するものかもしれない。


ボリス・アクーニンは、ロシアの作家だが、現在はロンドン在住で、ロシアの侵攻後、ウクライナへの人道支援やロシア国内外に現体制に反対するメッセージを届けようとする「本当のロシア」という活動を始めた。彼はロシア人に対し、ウクライナ人の支援とロシアを民主的で自由な国にする努力を訴えている。また、この活動に参加するドイツ在住のロシア人作家リュドミラ・ウリツカヤは、ロシアをあらゆる情報から孤立させる状況に抗することが必要だと訴えている。

以上、ロシアのウクライナ侵攻後に生じた、ロシア排斥行動と現ロシアの強権支配から逃れ、反政府の言論活動を行っている作家たちについて述べた。ロシアの侵攻に対し、戦争ヒステリーから、無差別にロシア人に対して敵意を抱き、ロシア語による彼らの言論活動を否定し、彼らの文学を否定することは、現ロシア政権による言論統制と同種のものであり、反戦活動としても、制裁行動としても矛盾しているといえる。

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