第11話

文字数 1,861文字

先生方にとってテスト週間と言うのは、私たち生徒が勉強勉強で息苦しく過ごしていると思われがちだが、その実半日で授業が終わり、それが数日続くためテストの出来に自信があるなしに関わらずある種ボーナスステージのような感じだった。
私は自分で言うのもなんだが小学校の頃から勉強は出来る方と思っているため、より気楽にこの期間を過ごすことが出来た。
とは言え、昼間からいくら自分の部屋とは言え化粧やウィッグを付けるのは抵抗感があったので、ゲームくらいしかやることが無い。
流石にテスト期間中に雄馬や健一と遊ぶわけにもいかなかったので、近所を散歩することにした。
白い無地のTシャツと紺のジーパンに白に赤いストライプの入ったスニーカー。
いつものお決まりの格好で、特に目的も無く気も向くままに歩いていた。
そして家から10分ほど歩き、左手に見える緑地公園に入った。
ここは大きな池と、豊かな木々。それに整備された広いサイクリングやジョギングのコースが整備されているお陰で、平日の夕方や土日は中々賑わっている。
でも今は平日の昼過ぎのせいか、そこまで人も多くない。
よしよし。
元々人混みのあまり好きでは無い私は満足しながらジョギングコースをのんびりと歩き出した。
そこまで趣味の多くない私の数少ない楽しみは散歩だった。
おっさんくさいとクラスの男子に茶化されてからは口に出さないようにしていたが、歩いていると段々無心になり、特にこういう緑地公園を歩いていると頭の中が整理されていく感覚を感じ、それが何とも好きなのだ。
特に暑くなってくると草いきれの匂いが強くなり、それに包まれていると不思議と体の細胞一個一個が目覚めて行くような感覚になるため、より歩く意欲がわいてくる。
そんな気持ちを感じながら、ぼんやりと周囲の木々を見つつ歩いていると後ろから軽やかに走ってくるシューズの音と何か車輪のような物を転がすような音が聞こえてきた。
ジョギングコースなのでシューズの音はおなじみだったが、もう一つの音は聞き慣れない物だったので、何気なく振り返った。
すると―驚いたことにその音の主は山辺先生と連れている犬だった。
白のランニングウェアを着ているせいか、普段教室で見る姿とは別人のようだった。
以前コーヒーショップに連れて行ってもらった時はまだ学校の姿を残していたが、今は全く別の人に見える。
先生はすぐに私に気づいたようで、左手を挙げて良く通る声で言った。
「よお、鈴村」
「こんにちは先生」
「散歩か?中々落ち着いた趣味でいいな」
「フォローはいいです。おっさん臭いって思ってるんでしょ?」
私の言葉に先生は苦笑いを浮かべた。
「信用無いな。本当にいい趣味だと思ってるんだけど。緑の中を歩くのはセロトニンって言う幸せホルモンもでるし、脳細胞も活発化されるからこういうテスト期間中は特におすすめなんだ。あのゲーテやベートーヴェンも散歩好きだったんだぞ」
「あ、まぁ私が散歩してるのはテストのためじゃないですけど。所でその犬は?」
そう、先生よりも強く目を奪われたのは連れている犬だった。
その犬はぱっと見いたって普通のマルチーズだったが、腰から下の足が二本とも無く。下半身の辺りに何か車輪のような物を着けていたのだ。
私の目線に気づいたのだろう。先生は笑顔で言った。
「こいつ、癌で片足が駄目になっちゃってね。それで切断したんだけどもう一方の足も転移しちゃったらしくて、半年後に両足切断になったんだ」
まるで道で転んだ。とでも言う感じで話す先生にどう返して良いか中々言葉が浮かばなかった。
「それで・・・こういうのを」
「そう。獣医が言うには全身に転移しているからもう長くないらしい。しかも両足の無い犬を飼うのは難しいから、と何人かの知り合いには安楽死を進められたよ。でもどうしても嫌でね・・・色々調べて犬用の車椅子、って言うのかな?それを作ってもらったんだ」
「本当にその犬を可愛がってるんですね。だからそんなに頑張って」
「ああ。僕なりにしてやれることを・・・っておい!そんなに急かすな」
見てはいけない物を見た感じがして、早くこの場を切り上げたかった私はこのタイミングに乗らせてもらった。
「その子も速く走りたがってますよ。行ってあげてください」
「す、すまん鈴村。じゃあまた学校で」
そう言うと先生は犬に引っ張られるように走り去っていった。
犬に遊ばれちゃってるな。
そう思いながら小さくなる先生の後ろ姿を見て、クスクス笑い出してしまった。
だけど、その後もあの犬の姿がチラチラと脳裏に浮かび、何故か忘れられなかった。
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