第10話

文字数 2,232文字

先生に連れられて、学校の裏に行き先生の車に乗る。
どうと言うことも無いこぢんまりとした軽自動車だったが、先生の車に乗ると言うだけで妙な特別感を感じて緊張した。
学校の外に出て、教職員用の駐車場から出たせいか見慣れない道を進んでいく。
「さっきのコーヒーショップの件だけど、隣の街の店舗でもいいかな?」
「もちろん大丈夫。流石に見られたらマズいもんね」
私の言葉に先生はすまなそうに軽く頭を下げた。
私としては桜シェークが飲めれば場所にはこだわりないから特に問題は無い。
車内では聞き覚えのある洋楽の曲が流れており、先生との車内での時間に間が持たなかった私は、そのどこか懐かしくも心地よい女性ボーカルの声をぼんやりと聞いていた。
「あ、別のCDに変えようか?中学生の子がカーペンターズとか聞かないよね」
あ、カーペンターズか。思い出した。
ママが好きで、一緒に乗るとかなりの頻度で流れていたが、この名前はすぐに忘れてしまうのだ。
英語が得意で無いママも、カーペンターズの曲だけは流暢な発音で歌っていたのだ。
私がそのことを話すと先生はパッと表情を明るくした。
「そうなんだ。まさか身近にカーペンターズ聞く人がいるなんてね。何か嬉しいな」
「母にも言っとくよ」
「ぜひぜひ。特にこの曲が好きなんだ。『オンリー・イエスタデイ』って曲なんだけど」
「うん、いいよね。なんか爽やかで力強くて」
「分かる!そうそう!この曲の歌詞は『つい昨日まで長い間孤独だった私の世界が、愛する人と出会ってガラッと変わった』って言う内容なんだ。歌詞の通りに段々盛り上がってパッと解放されるような感じが好きなんだ」
先生は熱心に話しているが、私は別の事をぼんやりと考えていた。
(つい昨日まで孤独だった・・・か)
そんな事を考えているうちに車は店の駐車場に停まった。
「お待たせ。着いたよ」
「こちらこそ、有り難うございます」
お礼を言って店内に入ると、仕事終わりの時間のせいかOLらしい女性で結構な賑わいだった。
疲れただろうから、と先生が注文してきてくれる事になったので、好意に甘えて空いていた席に座った。
雨の日で女性客が大半を占めていることもあり、店内は女性特有の化粧品等の混じった甘い香りで満ちていた。
その香りを感じながら、周囲の女性の化粧や服をさりげなく観察する。
雑誌やネットも便利だが、やっぱり実際の生きたモデルに勝る物は無い。
雑誌やネットばかりだと現実味に欠けて、物足りなさを感じてしまうのだ。
「店内、女性密度がすごいね。場違い感がすごいよ」
「そんなん気にしてちゃこういう店入れないじゃん」
クスクス笑いながら言う私に先生は困ったように言った。
「そりゃ鈴村くらい綺麗な顔してたら居心地良いだろうけど、僕なんか悪目立ちしちゃうからね」
「そんなこと無いよ。先生卑屈になりすぎ」
「う~ん・・・でも、鈴村はホントにすごいよね。注文してるときもチラチラ見たんだけど、店内の女性客から結構見られてたよ。写真撮ってる人も居たくらいだから」
その言葉にくすぐったくなるような気分になったので話題を変えようと思った。
「あ、所で先生同士ってああ言うこと結構するの?休んだときの手伝いとか」
「ああ、そうだね『情けは人のためならず』ってね。そう言うのは助け合いだよ」
「え?『情けは人のためならず』って人に情けをかけるとその人のためにならない、って意味じゃ無いの?」
「違う違う。本当の意味は『情けは人のためならず。自分のため。人への手助けはいつかか自分にも返ってくる』と言う意味なんだ」
「へぇ。覚えておこ」
「テストにはでないけどね」
「残念」
冗談めかしてそう言うと私は先生の買ってきてくれた桜のシェークを飲んだ。
桜の華やかな香りと甘さが鼻腔と口に広がって、疲れた体に染み渡るようだ。
そのおかげで幾分リラックス出来てきたため、口数もやや増えてきた。
「先生って付き合ってる人とかいるの?」
「今は居ないな。大学の頃はいたけど2年くらいで別れちゃったから」
「そうなんだ。なんで別れたの?」
「さぁね。お互い教育実習で忙しくなったのが大きいけど、その前から微妙だったしね」
「就職とか控えるとそういうのって多くなりそうだよね。で、今は好きな人とかいるの?」
「う~ん、今は特にいないかな。仕事や生徒が恋人だね」
苦笑いしながらそう答える先生に、私はクスクス笑いながら言った。
「それ、問題発言だよ。『生徒が恋人』って」
「あ、いや!そういう意味じゃなくて、職業的な意味で!」
「先生ってホント天然な所あるよね。大丈夫。絶対言わないから」
先生は困った顔をして窓の外を見た。
案外からかいがいのある人だな。
先生というとどこか別世界の人で学校にしかいない人たち、と言う錯覚を持ちそうになるけど、こうして話してみると変な言い方だが同じ人間なんだと思えてくる。
そこからは緊張感を感じること無く過ごすことが出来た。
ただ、やはり共通の話題が少ないのは如何ともしがたく、お互い飲み終わるのを確認するとどちらとも無く店を出ることにした。
ただ、それでも気詰まりな感じが無かったのは先生の人柄なんだろう。
帰りの車内では先生のカーペンターズやビリヤードについての熱弁を聞きながら、やはり緊張していたのか頭の芯がぼんやりとするのを感じていた。
そうして家に帰ると、食事もそこそこに軽くシャワーを浴びるとベッドに潜り込んだ。
いつの間に寝たのかは覚えてなかったけど、桜シェークの香りだけはやたら鮮明に浮かんできていた。
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