第22話

文字数 2,248文字

あの日の出来事から、私は健一と雄馬との関係をまた前のように戻すことが出来た。
二人の前で男性として振る舞っても、気持ち悪さを感じなくなったからだ。
女子と話すときも以前のような仄かな息苦しさを感じなくなり、自然に笑えるようになった。そのせいか以前にも増して、女子たちから声をかけられる事が増えたけど、それを健一や雄馬に対して笑い話で話せるくらいになれた。
先生とは、あれからラインを交換しほとんど毎日やり取りしている。
と、言っても先生も立場もあるから主に私から送っているんだけど。
先生とのやり取りをしている間、ずっとフワフワ意識が浮かんでいるような感じで、ニヤけっぱなしだけど、それと共に定期的に男子である悩みや苦しみを織り交ぜている。
もっとも以前ほどには苦しみを感じなくなっていたのだけれど、先生を散らかったお部屋に呼び続けるためには「それ」を共有しておかないと。
私と先生をつないでいるたった一つの大切な秘密なんだから。
そうすると毎回すぐに返信を返してくれるけど、それを見るだけでスッと気持ちよくなる。
そして、毎週末のジョギングも続いている。
そこではウィッグと化粧の私で先生とリンゴと一緒に走っている。
そんな7月末の土曜日。
すでに夏休みに入っていた。
みんなは長い休みに喜んでいたけど、私は沈んでいた。
先生に学校で会うことが出来なくなる。
その代わりに毎朝ジョギングを一緒にするようにしたらやがてあまり感じなくなった。
ただ、困ったことに毎朝になると毎回女の子の格好ををするわけには行かず、今日も男の子として先生と走っている。
でも、それも含めて受け入れてくれているんだ、と思えていた。
私は誰よりも先生に愛されている。
きっとそう。
そんな気持ちに満ちていた私は、走り終わった後に先週くらいからずっと考えていたことを勇気を振り絞って実行した。
ベンチに座ると携帯に2週間後市内の川沿いで行われる花火大会のページを出して、先生に見せた。
「へえ、花火大会なんてあるんだね」
「はい、私・・・ずっと憧れてたんです。女の子の自分で花火を見たいな、って」
「そうか・・・」
先生が優しげな目で私を見る。
それを確認しておずおずと言った。
「でも、ずっと行けなくて。良かったら一緒に行って頂けたら」
「あ・・・一緒に?」
先生は驚いたような表情を見せると、何かを考えるように向かいの木を見つめた。
え?
てっきり「いいよ」と言う返答だと信じ切っていたため、予想と異なる反応に一気に体が緊張し自分の視線が泳ぎ出すのが分かった。
「ずっと、夢だったんです・・・」
自分でもビックリするほどの小声だった。
私、ヤバいくらい緊張してる。
どうしよう、断られたら。
「・・・クラスの友達とじゃ駄目なの?」
先生の言葉に心臓が軽く跳ねて、目の前がぼやけた。
「・・・女の子として男の人と行きたかったんです。だって、女の子は男の人と花火に行ってるから」
口の中に苦い物を感じながら、頑張って言葉を絞り出す。
先生の顔は見れない。
「一回だけで。それだけでいいんです。私も女の子として一生の思い出が欲しいです」
「・・・本当にごめん。僕は先生なんだ。特定の生徒とだけ一緒に遊びに行ったりは出来ない」
先生の言葉が一語一語皮膚に刺さるようだった。チクチクと。
そうだよね。
先生は真面目な人だった。
私、勘違いしちゃってなんて馬鹿なんだろ。
恥ずかしい。恥ずかしくて、死んでしまいたい。
周りの空気がスッと冷えてきて、耳に聞こえる蝉の声が酷く騒々しく聞こえた。
あ、また。
勝手に涙が零れてきた。
「あ、えっと・・・鈴村。ゴメン、泣かないで」
先生は慌ててポケットからハンカチを出すと、私の目に当ててくれた。
私、面倒くさい女と思われてるのかな。
そう思うと、花火大会の事を言い出した後悔でまた泣けてきた。
「言わなきゃ良かった・・・困らせちゃった」
しゃくりあげながら何とか言葉を言ったけど、恥ずかしさと後悔と、先生が離れるのでは、と言う不安で涙が止まらない。
先生はそのままずっと涙を拭いてくれていたが、やがて何かに納得したように二回ほど頷いて言った。
「分かった。お付き合いするよ」
「・・・え?」
「ただし、この日は君を『日高亜季』と思う。隣町の中学校に通っている毎週たまたまジョギングを一緒にしている日高亜季という子から誘われた。日高さんは僕を先生だと知らない。それでいいなら」
「一緒に・・・行ってくれるんですか?」
「うん。でも当日は君のことは『日高さん』と言う。決して鈴村とは言わない」
周囲がまたカッと熱くなり、蝉の声が大きく力強く響く。体から力が抜けていく。
抱き留めて欲しかったけど、それは我慢。
「有り難うございます!約束ですよ」
「約束は守るよ。それと・・・泣かせちゃったね。目が腫れてる」
「ふふっ、そうですね。鏡を見なくても分かります」
「ハンカチ冷やしてこようか?」
「お言葉に甘えてもいいですか」
先生が水で濡らしてくれたハンカチを当てると、火照っていた目がどんどん冷えてくるのを感じた。
冷えた目で周りを見ると、まるで目の前に粉のように小さな星がキラキラ舞っているように見えた。
浮かんでいるような足取りのまま帰ってから、急いで花火大会の事をノートに書き留めた。
そして、その下に先生の言葉とその時の表情。周りの景色の様子も書き留めた。
それから、衝動的に一人で再び公園に行って、花火大会の話しをしたベンチに座ってずっと周りを見ていた。
粉みたいな星は見えなかったけど、とても満足だった。
そうだ、浴衣を借りないと。
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