第40話

文字数 2,721文字

「ねえ、ヤバいよね。あれ。清水の奴」
「あ、美香も見たんだ?エグいよね。マジか~!って一気に目が覚めたもん」
「めっちゃショックだわ。イメクラって・・・もう人間不信になりそう」
「俺、昨日だけでああいう店一気に詳しくなったかも。めちゃ調べた」
「『ソフィア』だろ?行ったら俺らも相手してくれるのかな?」
「あ、そういえばこの部分ってちゃんと保存した?いつ消えてもおかしくないよね」
「もちろんバッチリ。永久保存版にしたから」
「オッケー、じゃあ私にも後でラインして。お店のホームページの奴も」
「来るのかな?清水」
「いやいやいや~、流石に無理っしょ。あれで生徒の前に顔出せたら、異次元のメンタルじゃね」
「それだけど、何か辞職願郵送されてきたらしいよ」
「でしょうね~」
校内はどこに行っても清水先生・・・いや、清水「元」先生と言うべきか、の話題が飛び交っていた。
この中学校の生徒だろうか。それとも元生徒か。
誰かは分からないけど誰かによって作成され、ずっと生徒の間では折に触れて見られてきていた「山館中学校裏掲示板」
俗に言う「裏サイト」
そこに携帯で撮影した清水元先生の画像を投稿したのが僅か2日前。
その池に出来た波紋のような広がりの早さに、私自身呆然としていた。
このサイトは完全匿名での投稿が出来るので、イジメの温床と学校から問題視されてはいたし、書き込みも悪趣味な物が多いという話しだったので、入学してすぐに一度だけ見たけど、それ以来訪れる事すら無く存在そのものも忘れていた。
それがまさかこんな形で使うなんて。
でも、後悔は全くなかったし、罪悪感も無かった。
先生のくせにあんないかがわしいお店で働いて、しかもその同じ顔で山辺先生と・・・
そう思うとむしろ体が軽くなったような感じだった。
私は正しいことをしたんだ。
山辺先生を守ることが出来た。
私自身の手で愛する人を守ったんだ。
その時、健一と雄馬が近づいてきた。
「昭乃。あれ見た?清水の画像」
「うん、見たよ。思った以上にヤバかったよね」
どの口が言ってるんだか。
内心自分に苦笑いを向けながらも普通に言葉を出す。
「だろ!めっちゃショックだわ~。特に清水と仲良くしてた女子の中には休んでる奴もいるくらいだぜ。ま、その点男子はさっぱりしてるよな」
そうだろう。
一部の女子は清水元先生に憧れて、あんな風になりたいと言う思いをモチベーションにしていたが、男子はあくまでも異性として・・・って言うか多分アイドルみたいな感じで見てたんだろうな。
ま、駄目になったら別の対象を見つければ良いんじゃないかな。
「ま、清水本人も学校辞めたみたいだし、騒ぎの元がいないんだからいずれは落ち着くだろうけどな」
雄馬は淡々と話す。
それを聞きながら、あのカラオケの帰り道に雄馬が行った言葉が思い出された。
(なら良かった)
雄馬はこの事を言ってたの?
だとしたら何で・・・
まぁ、いいや。
居ない人間の事を考えても仕方ない。
それよりも・・・
そこまで考えたところで教室のドアが静かに開いた。
「起立」
生徒の声と共に一斉にみんな立ち上がる。
それを見て、山辺先生は笑顔で頷いた。
「みんな。おはよう」
先生の言葉に、全員が続けて同じく挨拶する。
「みんな。もう知ってる生徒もいるかも知れないが、昨日清水先生が学校を辞められた。理由は・・・一身上の都合だ」
その言葉に教室がざわつく。
だが、それは驚きと言うより本当の理由を知ってるための、嘲笑のようなものだった。
先生はそれを無視するように、静かな口調で続けた。
「みんな静かに。理由はどうあれ、あの人は今まで教師として生徒に真摯に向き合ってきた。それに対する感謝は忘れないように。では授業に入る」
あちこちからヒソヒソと「イメクラは真摯じゃないよね」「今更何感謝するの」と言う口さがない言葉が聞こえてくる。
先生の言葉を茶化すような態度には苛ついたが、同じくらい先生にも苛ついていた。
何で先生そんなに元気ないの?
まさか清水が辞めちゃったから?
あなたには私が居るのに。
私は先生を守りたい。
傷つけたい訳じゃ無い。
そう、私は先生を守ったんだ。
清水先生はあんな人。
だから、きっと先生はあのまま付きまとわれてたら不幸になる。
それを守ったんだ。
そのはずなのに・・・でも、私自身のしたことは決して先生には言えない。
そう思うと頭の奥がズンと重くなる感じがして気分が悪い。
そのせいで授業にもほとんど身が入らなかったが、何とか昼休みになった。
例によって健一と雄馬の三人で机を並べる。
教室内はまだ清水先生の事で持ちきりだった・・・はずが健一の言った言葉に私は愕然とした。
「しかし、山辺もとんだとばっちりだよな。まさか清水と会ってる所までアップされてるなんて」
え・・・
思わず表情が凍り付く。
それを見た健一が驚いたように言う。
「え?まさか知らなかったのか?今朝裏サイトに新しくアップされてたんだよ。清水が山辺のアパートから出てくるところ」
そんな・・・わたしはそんなのアップしてない。
慌てて携帯を出し、震える指でサイトにログインする。
すると、まぎれもなくあの日私がいた山辺先生のアパートが写っており、部屋から出てくる清水先生がアップされていた。
嘘でしょ。
画面を見て少しの間呆然としていたが、やがてハッと気づいた。
この写真、服が違う。
そう、私が見たあの日の清水先生の服とはブラウスの色が異なっている。
私が見たときは明るいカーキ色だが、アップされているのはグレーだった。
と、言うことは・・・
「誰が撮ったか知らないけど、かなりの執念じゃね。だって、アパートに張り付いて、なおかつ清水がイメクラに行くまで尾行して撮ってるんだぜ。どんだけ恨んでるんだよって。マジでエグいよな」
その言葉を聞きながら私は考えていた。
誰が?
私の他に別の日に二人の写真を撮った。
その誰かは、私のアップしたのを見て自分の持っていた画像も。
でも、なんでこんな事を。
私に便乗して何になるの?
考えても全く分からなかった。
先生はどうなるの?
「先生は・・・どうなるのかな?」
ポツリと言った私の言葉に雄馬がおにぎりを食べながら言った。
「どうもならないんじゃね?だって山辺は何もしてないじゃん。ただ部屋から清水が出てきただけ。アイツ独身なんだし」
「そうだけど・・・」
「今朝だって誰も山辺に向かって何か言ったりしなかっただろ?いじったら洒落にならないから黙ってるんだよ。それくらいの分別はある。だからいずれ落ち着くさ」
「でも・・・なんでアパートの画像まで出したんだろ」
「しらね。そもそも教師を盗撮して裏サイトにアップする奴の考えなんて分かるわけ無いじゃん」
あっさりとした口調の雄馬に私はそれ以上返す言葉が見つからなかった。
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