第46話

文字数 4,238文字

室内は表のケバケバしいほどの光や装飾から一転して、落ち着いた感じだった。
空調が切れていたせいかムッとする暑さの重々しい空気だったが、有線のジャズが静かに流れており全体に落ち着いた雰囲気だった・・・が、今の私には目に映る物や肌に感じる物全てが私を追い詰める物のように感じられた。
清水先生はエアコンを付けると、ソファにどっかりと腰を下ろし電子たばこを吸い始めた。
「何?その顔?ああ、これ。元々タバコは高校生の頃から吸ってたのよ。学校ではお嬢様みたいにしないといけなかったからしんどかったけど、極めつけは教職員の飲み会ですらこれを吸えなかったことね。ま、そのお陰で昭乃ちゃんみたいに純粋無垢な子を騙せた訳だけど」
私は目の前の人を改めて見た。
この人は一体だれ?
「座って。昭乃ちゃんには衝撃のラブホデビューになって申し訳ないけど、ここに来てもらったのは二つ要件があるの。一つは邪魔の入らない所で話しがしたかったから。今更な気もするけど、個人的に確認したいことがあったからね」
私は言われるままにソファに座った。
すると先生は私ににじり寄ると、突然ウィッグに手をかけてそれをずらした。
(!!)
そして驚きで固まっている私に向けて携帯のカメラを向けて何枚か写真を撮った。
「ふむ、良く撮れてる。『学校一番の美少年、鈴村昭乃は実は男じゃ無く女の子でした』どう?これ私もアップしていい?裏サイトに」
私は激しく首を横に振った。
「あのさ。あなた自分のやった事自覚してる?あなたのやった事はそういう事。お利口さんのくせになんでそんな想像も出来ないわけ」
そう言うと清水先生は突然私の胸元の服を掴み、グッと激しく引き寄せた。
「あなた、大人をなめてるでしょ。いつもそう。みんなから一線引いて『何やってんだコイツら』みたいな感じでシレっとして。その癖、顔がいいからチヤホヤされて。今だから言うけど、私あなたが一年の頃からずっと大嫌いだったの。何回胸ぐら掴んでやろうと思ったか。今みたいに。ねえ!」
最後の怒鳴り声で、私は心臓が飛び出しそうになりまた少量だが失禁してしまった。
清水先生はそれを見て、気持ちよさそうに笑い出す。
「あなたのやった事で唯一感謝できるのはこうやってあなたに好き放題出来る事ね。クラスのみんなが見たらどう思う?昭乃ちゃんが実は女装趣味の変態で、先生に怒られて2回もお漏らししちゃいました、なんて」
清水先生の言葉・・・「女装趣味の変態」に対し私は恐怖を忘れてキッとにらみ返した。
「わたしは・・・変態なんかじゃ無い。わたしはずっと・・・ずっと・・・」
「ふん。やっとまともに話せそうね。あなたの事情はどうでもいい。私が聞きたいことに答えればいい。言っとくけど、素直に答えなかったら分かってる?この部屋にあのボーイも呼んで3人で朝まで仲良く過ごすことになるけど」
私は悔しさでまた涙が出てきた。
あんなに許せない言葉を言われたのに、先生の言葉で悲しいくらいに怯えてしまっている。「あなたがなんであんな危なっかしい真似をしてまで私の事を書き込んだか。理由は分かってるけど確認のために言うね。あなた、山辺君の事が好きなんでしょ?だから女装までして近づいて。そして、あの日私があの人のアパートから出てきたからヤキモチ焼いたのと、私を追い落として彼を独り占めしようとした。違う?」
ぐうの音も出ないくらいにその通りだった。
私が黙っているのを見て、清水先生は鼻で笑うと続けた。
「馬鹿馬鹿しい。私があんな人に興味あるわけ無いでしょ?あの日アパートに行ったのは、食べ物を届けに行くついでに、あの人を完全に私の味方につけるため。私が狙っていたのは石橋先生の方」
石橋先生。
教務主任のあの人。
でも、確かあの人結婚しているはず。
「あなたはどこまで知ってるか分からないけど、中学の教務主任って俗に言う出世コースなの。しかもあの人生徒や教師たちの受けがいいからかなりの確率で上に上がる。結婚してるみたいだけど、関係ない。私なら奪い取れる。ただ、そのためには手足のように動いてくれる相棒が欲しかったの。その点、山辺君なら素直そうだしね。後、ポイント高いのはあの人みたいに冴えない人だと、まかり間違って恋愛感情を持たずに済む。恋って怖いのよね。一旦囚われるとあばたもえくぼで損得勘定無くなっちゃうから。で、冷めてからヤバい物件に手を出しちゃった事に気づく。話戻すと、あの人が私に惚れてもあの人程度なら代わりはいくらでも居るから切っちゃえばいいし」
話しを聞きながら、私はいつしか恐怖も忘れて清水先生への怒りで目の前が真っ赤に染まり始めているのを感じていた。
「あの人の良さはあなたなんかに分からない」
「こわ~い。さっきまで『許してください』って泣きわめいてた子とは思えない。所で山辺君とはもうセックスしたの?」
私は突然の言葉に思考が停止した。
え・・・セッ・・・
「可愛い。その反応だとまだみたいね。まぁ、もしイエスとか言われてたら流石の私もドン引きだったけどね。じゃあキスは?」
「・・・あなたに言いたくないです」
「ふん、生意気に。そっちもまだみたいね。でも、あまりゆっくりしてられないんじゃない?昭乃ちゃん、これからどんどん男らしくなっていくんだから。今はどう見ても女の子にしか見えないけど、そのうちそれも通用しなくなるよ。その時、好きで好きで大好きな山辺先生がどう思うかな?あの人、アッチの趣味はないからね。知ってた?彼、結構グラビアアイドルとか好きなミーハーだから。昭乃ちゃんポイ捨てされないといいけど」
私は彼の事を汚い言葉によって汚されているような怒りと共に、心の奥で不安に思っていたことを踏み荒らしながら指摘されたため、気分が悪くなってきた。
そう、汚らしい言葉ではあるが、彼女の言ってることは間違いなく正しく、それは私が見ないようにしていた事だった。
この人をグチャグチャに消してしまいたい。
全部全部壊れてしまえば良いのに。
目の前の醜い生き物も自分も、この建物も全部全部。
「もう・・・結構です。もう何も・・・聞きたくないです」
「なにこの場を仕切ろうとしてるの?主導権は私にあるんだけど。最初に言ったよね?『2つ要件がある』って」
私はその言葉にハッと我に返った。
そうだ、確かにそう言っていた。
次の瞬間清水先生が突然、私の目の前に座り両手で私の頬を挟んだ。
そして、逃れようとする間もなく私の唇に乱暴に自分の唇を押しつけてきた。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
だが、次の瞬間自分が取り返しの付かない事をされてしまった事に気づき、顔を振って逃れた。
言葉を出そうとするが、混乱して言葉にならない。
ただ、切れ切れに悲鳴のような叫びのような声が出るだけだった。
清水先生はそんな私を無表情で見つけながら、同じく感情の無い声で言った。
「逃げないで。じっとしてなさい。さもないとあなたの女装写真と、あなたのやったことを裏サイトにアップするから。知ってた?あなたとのやり取りは最初から録音してたの。編集してあなたに都合の悪い部分だけアップすればどうなると思う?あなたはもうおしまい」
そんな・・・
部屋の中が酷く寒い。それに酷く明かりが眩しい。
「もう・・・いや・・・やめて」
「なんども言うけど大人をナメすぎ。あなたは一線を越えちゃったの。でも、今から私の言うとおりにするならこれ以上は何もしない。これは取引じゃ無い。命令。そのままじっとして、今から私が許すまで私のものになりなさい」
経験したことは無いが、恐らく死刑宣告を受けたときはこんな気持ちなんだろう。
身体が震えて、歯がうるさいくらいに音を立ててる。
涙が溢れて目の前がぼやける。
身体が勝手に後ずさる。
「いやです。いや!だって・・・わたし」
「初めては山辺君に?そんな事は分かってる。だからこれが今回の復讐。あなたに愛する人との初めてはない。それは私がもらう」
私はソファから立ち上がると、清水先生の後ろにあるドアへ向かって走り出そうとした。
だが、信じられないくらいの動きで清水先生に腕をつかまれ、乱暴に引き寄せられた。
「もう二度と言わないから。私の物になりなさい。嫌ならあなたの事をサイトに書き込む。そしてあなたのやったことを全て山辺先生にバラす。この場で選びなさい!今すぐ!」
部屋に流れるトランペットの音が、私の胸の奥を気持ち悪いくらいにかき回す。
清水先生の声が。トランペットが。空調の大きなモーター音が。
私の脳に、肺に、胃に乱暴に入り込んで、いじり回してるみたいだった。
わたし、どこにいるんだろう。
はやくせんせいのところにかえらなきゃ。
そうだ、わたしきょうたんじょうびだった。
私はそうすることで目の前の全てを遮断する事が出来ると思っているかのように目を閉じた。清水先生はそれを同意と受け取ったのか、私を抱き寄せた。
「ごめんね。私、嘘ついてたの」
そう言って、私に顔を寄せてつぶやく。
「私、可愛い男の子が大好き。あなたみたいな」
私の唇に先生の唇が重なる。
それは想像よりも遙かに柔らかく、暖かく、そして気持ち悪かった。
我慢していると突然、口の中に先生の舌が割り込んできた。
(!!)
驚いて、顔を話そうとするが先生に顔を押さえられていて動かせない。
やがて私は天井を見つめると、あの日の花火を思い浮かべた。
(綺麗・・・)
口の中に先生の唾液が無遠慮に入り込んでくる。
吐きそうになるが、必死に耐えた。
(もうすぐ終わる。もうすぐ終わる)
その時、先生の手が私の服の下へ入り込み、素肌に触れた。
たまらず顔を離した。
もう嫌だ。
「もう・・・いいでしょ。気が済んだでしょ。許してください!」
清水先生は私の声が聞こえていないかのように、手を動かしていく。
先生の手の温度が素肌を通して、体内に入り込んでくる。
それは身体の中まで汚されている様だった。
「ここまで来て止めるわけない。ずっと・・・あなたとこうしたかったんだから。忘れられないようにしてあげる」
ずっと我慢していたが、もう限界だった。
私は大声で泣き叫んだ。
そうしてもどうにもならないと知っていても。
もしかしたら泣き叫んでいるのは、私や私を取り巻く全てに対してなのかも知れない。
身体の奥に感じる、恐怖を伴う不気味な疼き。
ドロドロになったゴミを流し込まれているように感じるはずなのに、何故か身体は異なる反応をする。
それら全てが怖い。
その怖さに耐えきれず、私は子供のように泣きじゃくった。
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