第53話

文字数 3,626文字

夏から秋に変わる時の覆い被さるような熱い空気にほんのり混じる涼しさ。
それを感じる度、夏の終わりをしみじみ感じるけど、決して嫌いじゃ無い。
ただ、今は駅から結構歩いたせいだろうか、滲む汗が服をまとわりつかせていてより疲れを感じてしまう。
そのため、待ち合わせ場所のカフェを見つけたときは思わずホッと息をつく。
充分余裕を持って向かったが、念のため時計を確認するとやはり30分以上も時間がある。
俺は窓側の席に座るとアイスコーヒーを注文し、鏡を見る。
久々に会うので、ついつい身だしなみを気にしてしまう。
中学の時は休みの時なんか寝癖のままで会ってたのに。
そんな事を思いだし、フッと温かい気持ちが胸に湧き上がる。
それと共に、緊張感も感じてきた。
久々に会う相手・・・鈴村昭乃。
当分・・・いや、もしかしたらもう会うことも無いかも知れないのに、やはり緊張してしまう。
早めに来たのは、心を落ち着かせる時間が欲しかったのもあった。
心臓の高鳴りを押さえようとコーヒーを一口飲み、携帯を見たとき丁度ラインが来た。
どうやら店に着いたらしい。
嘘だろ、もう・・・
心の準備が出来ていなかったので焦りながらもう一口コーヒーを飲もうとした時、ドアの開く音と店員の「いらっしゃいませ」と言う軽やかな声が聞こえた。
俺は出来るだけさりげない風を装いながら入り口を見る。
だが、そんな小細工は一瞬で吹き飛んだ。
入り口に居たのは、グレーのパンツに白いブラウスを着て、肩まである薄い茶色の髪をカールさせた、見たことも無いくらいの美しい女性だった。
化粧もしていたが、間違いなく昭乃の面影がある。
案の定、その女性は店内を少し見回すと、俺の方を見て少しじっとしていたがすぐに笑顔で手を振ってきた。
俺もさりげない風に手を振ったが、大丈夫か。
内心ヤバいくらいドキドキしているけど。
昭乃は真っ直ぐ俺の方にやってくると、花の咲いたような笑顔を浮かべた。
「久しぶり。雄馬」
「ああ、久しぶりだな。昭乃」
「・・・本当に久しぶりだね」
昭乃は目を僅かに潤ませながら言う。
俺も無言で頷く。
ああ、ここまで本当に時間がかかった。
「13年ぶり・・・だよね」
「そうだな。あれから13年経った・・・あ、座ろうぜ」
「ふふっ、そうだね」
昭乃は口元を押さえてクスクス笑いながら腰を降ろした。
「しかし、あれだな。すっかり見違えたな」
「え、それ私のセリフだよ。雄馬、凄いイケメンになってるじゃん。ビックリした」
「それこそそっくり返すよ。お前、とんでもなく美人になってるぞ。知ってたか、入り口から俺の席に来るまででも、二人くらい振り返ってヒソヒソ話してたぞ」
「え、それって単に『女装した男がいる~』って言ってるだけじゃない?」
「んな訳あるか。驚いたのと見とれてたんだよ」
「ふふっ、なら良かった。嬉しいな」
「当たり前。って言うか、お前変わったな」
「ん?何が」
俺はオレンジジュースを店員に頼みながら、キョトンとした顔で振り向いた昭乃を改めて見た。
「何て言うか・・・吹っ切れてる感じだな。中学の時のお前はいつも何か苦しそうだった。無理してるって言うか、何かと戦ってる、みたいな。今はそれがない」
「そっか。ありがと。でもそれはあなたのお陰でもあるんだよ」
「俺の?」
「そう。あの日、公園で雄馬に言われた言葉『自分の正体を知りたい』がずっと頭にあって。あれから私も自分の正体を知りたくなった。そして、心理学の本を読み出してからもっと突き詰めたくなって・・・結局夢中になっちゃって名古屋大学の大学院まで行って心理発達科学を専攻した」
「・・・お前頭良かったけど、そこまで突き詰めるとは思わなかったよ。仕事もやっぱり心理関係の?」
「うん。卒業してからカウンセラーの仕事をして、2年前からスクールカウンセラーをやってる。非常勤だけどおかげさまでいくつかの小学校や中学校で働かせてもらえて」
昭乃はオレンジジュースを飲むと、穏やかな笑顔を浮かべた。
「私、ずっと自分のセクシャリティに悩んでた。もちろん今もだけど、あの時はそれこそ世界が自分にそっぽ向いているように感じるくらい。雄馬や健一はとても大切な友達だけど、とても言えなかった。だから一人で悩んでたんだけど、そんな私だからもしかしたら学生さんの心に寄り添えるかも、って思って。ずっと勉強してきて、自己分析してきた事を役立てられるかも、って。だからスクールカウンセラーはずっとやりたかったの。今、小学校で病気を持ってるある女の子を診てるんだけど、その子にも頼ってもらえてて凄く有り難い」
「凄いな、お前」
俺は昭乃をしみじみ見つめた。
ずっと悩んできて。途中できっと何度も歪みそうになることもあっただろうが、それでも今の昭乃は真っ直ぐ上に上に伸びているように見えた。
「羨ましいよ。お前が」
「そんな事無い。今でも悩んでばかりで。大学出る前に女性になる手術も受けたから、ホルモン投与の影響で未だにメンタルの不安定さがあって、彼にも沢山迷惑かけてるし」
そうなんだ。
サラッと言ったので聞き流しそうになったが昭乃の奴、手術も受けたんだな。
だが、今の昭乃を見ているとそれも正しいことなんだと思える。
「それは気にしなくて良いと思うぞ。その彼も、それらは受け入れてくれた上で付き合ってるんだろ?」
「うん」
「そうか。その彼って俺の知ってる人?」
俺の言葉に昭乃はいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「うん。とってもよく知ってる人。ヒント。中学校」
「もっとヒントを!クラスメイト?」
「ブッブー。正解は・・・」
「まさか山辺?」
「あ、つまんない。せっかく驚かせようと思ったのに」
「いや、充分驚いてるよ。適当に言ったんだから。ソうか・・・山辺か。と、言うことはあの日公園で言ってた『好きな人』って言うのも山辺?」
「そう。その頃には気持ちも伝えてたんだ・・・歪な形でだけど。それからずっとお付き合いしてる。今の日本じゃ結婚できないから、大学卒業してからは同棲してるんだけど。カウンセラーのお仕事も彼が色々とアドバイスしてくれるから、凄く助かってるんだ」
「はは、そうかい。山辺の事はお腹いっぱいになっちゃったよ」
「あ、ゴメン!私自分の事ばかり」
「気にするな。久々にあったんだ。色々聞かせてくれよ」
「ううん。今度は雄馬の事も聞かせて」
「俺は・・・普通だよ。あれから仙台に引っ越して、普通に暮らしてた。お前との事もあって女に興味ないのかな?って思ったけど、彼女も普通に出来たし。大学になってまた名古屋に帰ってきて、大学卒業してからは区役所で働いてる」
「え!凄い。全然普通じゃ無いじゃん!」
「そんな事無いよ。で、3年前に同じ職場の子と結婚しておかげさまで息子も居る」
「そっか・・・もうパパなんだね。雄馬、すっかり大人だ」
「馬鹿。俺たち28だぞ。充分大人だって」
「ふふっ、そうだよね。ゴメンゴメン。そしてもうすぐパパになる奴がもう一人居るんだよね」
「そうだな。アイツらしいと言えばアイツらしいけど」
「健一。出来ちゃった結婚とはね・・・あんまり意外じゃ無いけど」
「はは、そう言ってやるなよ。アイツも今では事務所抱える弁護士だ」
「まあね。でも、健一には感謝しないと。彼が結婚するって言うからこうしてまた三人で会えるんだしね」
「そうだな。ただ今日は式の話し合いがあるから遅れるみたいだし、長居は出来ないみたいだけ、って残念がってたよ」
「仕方ないよ。奥さんになる人の事を大事にしてあげないと」
「ああ、健一から結婚の報告が入って・・・ポツリポツリと連絡は取ってたけど『3人で会わないか』って言われたときは流石に緊張したよ」
「私も。健一には今の私の事は伝えてたけど、雄馬には今日が初めてだったから緊張した。引かれたらどうしようと思ったし」
「大丈夫だよ。健一の時もそうだったろ?」
「うん。彼も最初はポカンとしてけど、少しして『お前、常人とは違う何かがあったもんな』って」
昭乃は自分の言葉に可笑しくなったのか、笑い混じりでいった。
「なんだそりゃ。お前エスパーかなんかかよ」
「でしょ。私、かなり緊張して話したのに、逆に腹立っちゃって。『私、漫画の登場人物じゃないんですけど!』って言っちゃった」
二人で笑いながらまるで中学生の頃みたいだ、と思った。
お互いどうでもいい事で笑い合い、その時間を楽しむことが出来る。
そうだ、俺たち友達だったんだよな。
そう思った途端、俺の口から自然に言葉が零れた。
「これから、また友達やらないか?健一と三人で」
昭乃は一瞬ポカンとしたが、すぐに泣きそうな笑顔で言った。
「それ、凄く嬉しいかも」
 その時、二人の携帯が鳴った。
確認すると健一からだ。
「あ、もうすぐ来るみたいだな」
「そうだね。さっき言った健一の言葉、また腹立ってきたから顔見たら文句言ってもいい?」
「もちろん。言ってやれよ」
「ふふっ、そうする」
もうすぐ季節は秋。
俺たちにとってきっといい季節になる。
【終わり】
 
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