第13話

文字数 2,834文字

雨の日と月曜日は気が滅入る。
変よね。私に出来ることはただあなたの元へ駈けていくことだけ。
頭の中で「雨の日と月曜日は」のフレーズが繰り返し浮かんでいた。
その旋律を浮かべると、昨日の事が改めて思い出される。
私と先生の間でしか共有されていない出来事や音楽。
それを考えると心がぽかぽかしてくるようで何だか心地よい。
やっぱり登校して良かった。
他の生徒は先生の話が退屈なのか、ひそひそと話しをしたりぼんやりとしていたが、私は先生の優しい声と口調をもっと聞いていたいと感じた。
先生の声が耳を通って胸の中に染み込んでいくような。
みんなは先生の事を知らない。
飼い犬を見捨てることが出来ずに犬用の車椅子を使ってあげていることも。
カーペンターズを大好きなことも。
度々緑地公園でジョギングをしていることも。
心にギュッとふれるような格好いい言葉を持っていることも。
私だけが知っている。
もっと増やしたい。そんな事を。
そんな事を思っているうちに先生のホームルームは終わり、1時間目が始まった。
山辺先生と入れ替わりに数学を担当する清水 香先生が入ってくると、先ほどまでの弛緩しきった雰囲気はどこへやらとばかりにクラスの中が浮き立った。
「はい、みんなおはよう。今日もみんな元気で先生嬉しいな。今日の授業もよろしくね」
清水先生はそんな雰囲気など気にも止めずにいつものにこやかな笑みを浮かべる。
軽くカールした茶髪にパッチリした瞳。それに分厚く形の良い唇と魅力的なスタイル。
それに加えて、独特のふんわりした雰囲気や話し方で男女問わず生徒の心を掴んでいた。
特に男子からの人気は絶大で、一度別のクラスの男子が清水先生を結構な至近距離からスマホで撮った時などは、私のクラスの男子までその画像を送ってもらおうとその生徒の所まで行っていたほどだった。
かくいう私も清水先生と居ると自然と心が緩むというか、こちらまでほんわかとしてくる不思議な感覚になるのが好きだった。
あと、こんな女性になれたなら・・・と言う憧れもあった。
そんな清水先生と昼を一緒に食べないか、と言う声をかけてきたのは隣のクラスの木下聡子だった。
彼女は雄馬の知り合いとの事で、その縁で以前数回ほど昼食を一緒に食べた事はあったけど、それ以来関わりの無かっただけにかなり驚かされた。
「あ、うん・・・いいけど」
しまった。驚いてつい了承しちゃった。
「ホントに!嬉しい!じゃあ決まりね。『祈りの少女像』の所でお昼にするらしいから昼休みになったら来てよね」
一人でまくし立てると木下さんは早足でクラスに帰って行った。
嵐のように現れて・・・って感じ。
まあでも、清水先生とも一度お昼をしたかったから、それはそれでありかも知れない。
あ、そうだ健一と雄馬に昼食べるの断っとかないと。

3時間目の授業が終わり、昼休みのチャイムを聞いてからしばらくして私は弁当箱を持って少女像の所に向かった。
清水先生や隣のクラスの女子たちと昼を食べると聞いて、健一は大げさな表情と身振りで「なんで俺は声かからないの」とぼやいていたが、雄馬は特に反応も少なく「昭乃が誰と食べたって勝手だろ」と言うのみだった。
元々クールな所はあったが最近ちょっと様子がおかしいので気になってしまうが、その事を聞いても「大丈夫だよ。俺だって考え事くらいするよ」と流されてしまったため、それ以上聞くことが出来なかった。
「今回だけだよ。次からはお役御免だよ」とわざと軽い口調で言いながら、後ろ髪引かれる気持ちではあった。
そんなやり取りのせいで、集合時間に遅れてしまった。
だが、待ち合わせ場所に向かうとひときわ声の大きな木下さん、心地よい高音で笑っている清水先生に混じって聞き覚えのある男性の声が聞こえ、私は胸がドキッと音を立てるのを感じた。
え?
慌てて駆け寄ってみるとそこには山辺先生がいた。
え?嘘?
山辺先生は清水先生の隣に座っており、端っこでみんなの話をニコニコと聞いていた。
私は心の準備が出来ていなかったので、かなり慌ててしまっていた。
だが、清水先生が私を見つけて「鈴村君」と手を振ったのを見て、すぐに頭を切り替えた。
「あっ!本当に鈴村君来てくれたんだ!ナイス」
「やったー、今日のメインゲスト!」
清水先生と木下さん以外に二人の女子が清水先生を挟む形で座っていたが、私の方を見てかなりはしゃいでいる。
それを見てニコニコ笑っている清水先生を見て、まるでお母さんだな、と他人事のように感じた。
そんな事よりなぜ山辺先生が。
私の目線と不思議そうな反応を見て察したのか、清水先生が言った。
「今回木下さんからお昼食べようって声かけてもらって、それを山辺先生に話したの。せっかくだからご一緒にどうですか?って。大勢で食べた方が楽しいですもんね。先生」
「有り難うございます。たまにはこうして生徒とご飯を食べるのもいいですね。新鮮で」
「そうよ!しかもこんな美人揃いなんだから、感謝しないと。先生彼女いないんでしょ?たまには女子と絡んでないと、干からびちゃうよ」
木下さん、なんて失礼な事を。
だが、彼女のからっとした口調だと、不思議と嫌な感じがしない。
「鈴村君。こっちこっち。私とこの子の間に座って」
そう言うと佳子は自分と清水先生の向かって右側に座っているポニーテールの子の間を指さした。
って言うか山辺先生、彼女いなかったんだ。
その言葉に私も気分がさらに浮き立ってしまった。
「先生、彼女いないんだ?意外とモテないの?」
私のからかうような口調に山辺先生は、困ったように笑った。
「意外なんて言ってくれるの鈴村だけだよ」
「そうだよ、鈴村君。山辺先生、ハッキリ言って女子人気ゼロだよ」
木下さんが笑いながら言った。
「えっ!そうなの?僕ってゼロ?もうちょっとあると思ったのに」
「それはうぬぼれ。女子の目は厳しいんだから。とりあえずもっと髪型からどうにかしないと。そんなボサボサヘアーじゃね。それ直せばいい線行ってるのに。ね?鈴村君」
木下さんが私の方を見て言った。
「こら、木下さん。山辺先生に失礼でしょ。十分魅力的な方じゃない。ねえ、先生」
清水先生がたしなめるように言った後、山辺先生に向かってニッコリと笑った。
「いやいや、フォロー有り難うございます。先生に言って頂けるだけで充分ですよ」
苦笑いで話す山辺先生に女子たちは甲高い声で笑った。
「やった!カップル誕生」
「もう、いい加減にしなさい!」
清水先生が困った顔で言う姿を見ながら、ああいう人が本当に居るんだな、としみじみ思った。
見た感じは肉感的で女性としての魅力を振りまいているのに、仕草や口調は大和撫子みたいな佇まいで、言葉や表情に全く嫌みな所が無く、周囲全ての人に均等に愛想が良い。
天然なのか計算なのか。
本当に羨ましい。
私がゆくゆくは目指したいところでもあるので、本当ならそういった所を教えてもらいたいけど、出来ないのがもどかしい。
その点この子たちは簡単にそれが出来るんだろうな・・・と内心ため息をついた。
 
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