第8話

文字数 3,046文字

5月の風は心地よい。
草木の香りもこの時期は特に心地よく体を包んでくれるような気がする。
これがもう少しすると梅雨に入ってしまい、これはこれで雨の香りも大好きなのだが、やはりこの時期特有の心地よさも捨てがたい。
そんな気分に浸っていると、ふと前方から数人の女子の笑い声が聞こえた。
駄目だと思いながらつい目で追ってしまう。
あの娘たちは楽しいのだろうか。
どんな事を話し、どんな繋がりを深めているのだろうか。
そんな事を考えてしまう。
そうしている間に雄馬の家に近づいてきた。
私は家の前に自転車を止めると、チャイムを鳴らした。
するとすぐにドタドタと足音が聞こえて、健一がドアを開けた。
「遅えよ!もう勝負始まってんだぞ」
健一は口調とは裏腹に笑顔だった。
野球部に入っていて坊主頭のため、まだ小学生のようにみえる。
また、軽薄な所があり未だに小学生の気分を引きずって、女子にちょっかいをかけるため、女子受けは非常に悪かった。
「悪い。これでも急いで来たんだよ」
「さぁさぁ遠慮無く。まずは俺と雄馬の勝負を見届けてくれよ」
するとリビングから「ここはお前の家かよ」と苦笑混じりの声が聞こえる。
雄馬だった。
健一とは対照的に早熟な性格のせいか、すでに髪を伸ばし始めておりその毛先を整髪料を使って動きを付けていた。
顔立ちは特筆するところは無かったが、ぶっきらぼうな性格がどうやら女子にはクールと見えるらしく、密かに数人の女子から行為を持たれていることを私は知っている。
そんな二人だが、私にとっては彼らと絡んでいる時間はとてもリラックスして過ごせるので、気に入っている。
それから二人の勝負を見ていると、こちらもウズウズしてくる。
「おし!勝った」
「うう~!」
勝ったのは雄馬だった。満足感を前面に出さず小さくガッツポーズを取るところはらしい所だ。
一方負けた健一は全身を小刻みに動かしながらコントローラーを上下に動かしている。
「じゃあ健一、次は俺な。コントローラー貸して」
私の言葉に健一は名残惜しそうにコントローラーをもてあそんでいたが、私は半ば無理矢理奪い取った。
彼は負けず嫌いなので、ほっといたら再戦を挑みかねない。
「さて、よろしくな雄馬」
「待ってたよ。前回ボコボコにやられた恨みはしっかり晴らすから」
この口ぶり。
どうもかなりやりこんできたらしい。
いいだろう。相手に不足は無い。
お互い好きなキャラクターを選び、対戦を始める。
さすがに言うだけあって、前回とは比べものにならないほど動きがスムーズになっている。
軽く驚きながら雄馬の方を見ると、画面に夢中になっている。
かなり本気なようだ。
だが・・・
相手の隙を突いて私のキャラの必殺技が決まり、薄氷を履むようではあったが何とか勝った。「・・・やっぱ強えな昭乃」
苦笑いする雄馬の肩を軽く叩くと言った。
「いや、今回かなりヤバかった。雄馬エグいくらい強くなってるよ。俺ももっと練習しないと」
「今度、あの崖際でのかわし方教えてよ。あれに毎回やられているから」
「オッケー」
「・・・あのさ!二人だけで盛り上がるの無しで。俺も入れてよ」
「じゃあもっと強くなれよ。下手っぴは入れないから」
雄馬の毒のある冗談に健一はわざとらしく胸を押さえた。
「そこは置いといて。お前らに追いつくにはまだ修行が・・・」
「ってか健一、全然上手くならないよな。家でやってるの?」
「一応やってるけどさ、親がやたら見に来るから集中できないんだよ」
私の言葉に健一は困ったような表情で返した。
健一の家は勉強熱心な家で、健一は一日の勉強時間をかなり厳しく決められていた。
だが、健一も勉強が嫌いでは無いようで、口では不満を言いながらもまんざらでも無いようでうらやましい。
私も雄馬も勉強は得意な方だが健一には敵わない。
「所でさ、昭乃。3組の新藤って知ってる?」
形勢不利を悟ったのか、健一が突然話題を変えてきた。
「新藤?いや、知らないけど」
「3組の女子で結構可愛い子だったよ」
「お前なんでそこまでアンテナ広げてんだよ」
苦笑いしながらつぶやく雄馬に健一は不満げに返した。
「いやいやいや、俺が調べ回ってたわけじゃなくて、新藤から俺に声かけてきたんだよ」
「おっ!おめでとう。ついに彼女できた?」
私のからかい混じりの言葉に健一は近くにあった個包装のせんべいをぶつけてきた。
「ば~か、お前だよ。お前のことを聞かれたの」
「俺?」
「そう。新藤、俺に向かって『あなたって鈴村君の友達だよね?鈴村君って彼女いるの?』とか聞いてきてさ。めちゃ目を爛々と輝かせて聞いてくるから、なんか嬉しくなって『いや、今はいないよ』って答えちゃった」
「なんでお前が告白されたみたいになってんだよ」
なぜか自分の事のように胸を張って答える健一に雄馬はぶっきらぼうに言った。
「まぁまぁ、そんな冷たく突っ込むなって。ともかくそうやって答えといたから、近いうちに新藤ってヤツが声かけてくると思うよ」
「・・・ああ、了解」
私の気のない返事に物足りなさを感じたのか、健一はまたせんべいを投げてきた。
「また来た、強者の余裕。いいねぇ、相手を選べる立場のヤツは」
「昭乃、モテまくりだからな。俺やお前とは違うの」
雄馬は携帯を触りながら言った。
「そう言いながら雄馬だってモテるだろうが。それだって彼女からのラインだろ」
「彼女じゃ無くて友達。お互いに付き合ってるとは思ってないから。昔からの腐れ縁なんだよ」
「いいな~幼なじみ!そのワードって憧れるよね。昭乃もいるんだろ?」
「まぁ・・・特には」
私は歯切れ悪く答えた。
「まぁ、昭乃はガチでモテるからな。うらやましいよ」
言葉とはうらはらに淡々と話す雄馬を私はどこか他人事のように見た。
『モテる』か・・・
モテるって何なんだろう。
健一や雄馬にとっては女子からの人気というのは、勉強以上の重大事なんだろうが、私にとっては特にどうと言うことは無い。
自分で言うのも本当にどうかと思うけど、この容姿ならそれはモテるだろうなと思う。
小学校5年生辺りからそれは顕著になってきていたけど、6年生の後半から中学に入ってからは特に女子から声をかけられることが増えた。
しかも学校内だけで無く、時には街を歩いていても。
健一と雄馬の二人と歩いていることがほとんどだが、そうなると二人にも迷惑をかけているようで正直煩わしさの方が先に立つ。
二人はむしろ面白がっているようだが、自分としてはそんな事がある度にまるで二人との間に壁が出来るようで嫌なのだ。
彼女たちと友達として遊べるなら嬉しい。
でもそれらの女子は皆共通して私を異性として意識し、近づいてきていた。
そうなると単なる「やや面倒な出来事」意外の何事でも無い。
とはいえ、そのたびに男子に対しては嬉しそうなフリやテンションが高くなったフリはしなければならず、いい加減面倒になった事もあり、今は「モテるのに慣れた」と言うフリをすることにしていた。
これなら自然に振る舞えるので胸のつかえが産まれることも無い。
「今のところは彼女を作るつもりはないよ」
「えっ、じゃあ新藤もいつものように?」
「うん。友達ならいいけどさ」
「・・・マジで友達じゃ無かったら絶対呪ってるわ」
健一はわざとらしく険悪な口調を作って言った。
「そう言うなって。お前らと遊んでるのが今は一番楽しいんだから」
「嬉しいこと言ってくれるね」
「まぁ、俺もそうだけどな」
健一と雄馬はまんざらでもなさそうに返してくれた。
そう。
私に恋愛なんて、漫画の出来事だ。
イメージ出来ない事なんて考えても意味が無い。
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