第27話

文字数 1,223文字

前にも一度乗ったことがあるのに、その時とは全然違う。
こんな狭いところで先生と二人きり。
しかも当たり前だけどすごく近い。
消臭剤を降ったせいか、匂いは消えて今は先生の体の香りが鼻腔に溶け込んでいく。
その事実に信じられないほど緊張していた。
あれもこれも話ししたかったのに。
いざとなると言葉が出てこずに、ラジオのDJが話す「ありえないと思った出来事」のリスナーからのコメントを集中して聞くだけだった。
私にとってありえない出来事は・・・もちろん今だな、と思いながら。
そして緊張感から逃げるように時々サイドミラーに映る自分の顔を見ていた。
ミラーに映る私はサラサラな長めのマッシュの髪型に、パッチリした瞳と男性とは思えないほど長いまつげ。小さい鼻にやや小ぶりだけど形の良いぷっくりした唇は口紅でも付けたのかと思うくらい血色の良い赤。
自分で言うのもなんだけど、正直ウィッグや化粧に頼らなくても、そこらの女子には負けてないと思う。
実際、ウィッグや化粧は女子の自分をより完全にすることと、私自身のスイッチの切り替えのために行っている面が強い。
それが無ければ、女子の服装だけでも勝負出来るかも、と思うことはあるのだ。
そして今の格好はユニセックスを意識している。
せっかく先生とのお出かけだから、男子の自分はできるだけ押さえたい。
緊張のせいか、思考があちこちに飛ぶ。
そして妙に暑い。
先生は寒がりなのかな?冷房が最小限なのもある。
緊張もあって息苦しさも感じていたため、たまらずこっそり首元のボタンを2つほど外し大きく胸元を開けて軽く手で仰ぐ。
肌着は着ていなかったので、幾分涼しさを感じやすい。
ミラーに映る顔も火照りのせいか仄かに赤い。
「ごめん、日高。暑かったか」
「あ、ごめんなさい。大丈夫です。山辺さん運転してくださってるんだから、山辺さんの好きな温度で」
「そうは行かないよ。今日は君に楽しんでもらいたいんだ」
そう言うとカーエアコンの温度を下げてくれた。
すぐにヒンヤリした空気が流れ出し、ようやく人心地ついた。
「大丈夫か?日高」
「ふふっ、正直ホッとしました。気持ちいいです」
そう言いながらエアコンの送風口に胸元を広げたまま近づきヒンヤリした空気を入れる。
心地よさでちょっと気分が上がってきてるみたい。
お礼を言おうと先生の方を見て私はドキッとした。
ちょっとの間だけど先生の視線が私の胸元に来ていた、ように見えた。
え・・・
私は内心の動揺を抑えてさりげない風に座り直した。
心臓の音がうるさいくらいに耳に響く、響く。
気のせい?いや、違う。絶対に私の・・・見てた。
私はドキドキしながら高揚感を感じていた。
ワザとでなかったと言えば嘘になる。
暑くてついやったのは確かだけど、清水先生の匂いが飛び込んでから意識してしまったのは正直あった。
対抗意識・・・なの?
でも、清水先生より私の方が可愛いんだから。
先生の好みにも合っている。
香水なんかに頼る必要は無い。
私の方が可愛い。
私は絶対負けてない。
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