第42話

文字数 2,718文字

あの日から一月後に先生は引っ越した。
と、言っても元のアパートから車で30分程度の所だが。
あの一件、裏サイトへ自分と清水先生の写真を載せられたのがよほどショックだったらしい。今までのアパートに居ると、いつも誰かに見られているようで落ち着かないのだという。
可哀想な先生。
以前の様な迷いの無い闊達さは陰を潜め、深い疲労と焦燥感を漂わせるようになった。
でも、そんな陰のある先生も素敵。
あの日以降私は、引っ越すまでは学校の終わった後、何かと理由を付けては先生と会うようになった。
学校から離れた場所で待ち合わせて、先生の車に乗り数十分走った先の手頃なカフェや時にはカラオケボックスで二人だけの時間を過ごす。
そこでは私はずっと先生の話を聞いていた。
学校で以前のように自信を持って生徒に対して振る舞えなくなっている事への苦悩。
自分のような教師が生徒に対してどんな事を教えてあげたら良いのか。
そんな弱音や不安の数々。
それに対して私は先生の目を見ながらじっと聞き入る。
そして一つ一つにありったけの時間を使い、答える。
その度に先生の目に安堵の光が宿る。
それを見て私は体中に電流が走るような気持ちよさを感じていた。
まるで先生と心の奥、ずっと深いところで一緒になっているような。
そんな満ち足りた気分。
誰かは分からないけど、先生とあの女・・・清水先生の画像をアップした生徒に内心感謝をしたい気分だった。
私の脳裏に今日の先生の安堵した笑顔が浮かぶ。
先生は今、私を必要としてくれている。
今までは私が一方的に先生を必要としていた。
でも、これからは違う。
お互いを必要とする事が出来る。
ただ、まだ安心は出来ない。
清水先生も教師を辞めたとは言え、いつまた先生の前に現れてたぶらかすとも限らない。
あんな汚い生き物に先生を汚させたりしない。
先生の目に映るのは私だけでいい。
私と居れば安らぎも心地よさも本当の愛も全て得られる。
それを一刻も早く先生に気づいてもらわないと行けない。
先生と私はお互い欠けた物を持ち寄れる。
先生は私以外の人じゃ幸せになれない。
だって私以上にあの人を求めている人はいないんだから。
そんな相手と居て幸せになれないはずが無い。
だったら・・・
ちょっとくらいいいよね、先生。
そう、これは注射みたいな物。
最初はチクッと痛いけど、それで薬が入って治癒される。
私はあの夜すごく痛い注射をした。
それで清水先生を追い払えた。
(今度は先生の番)
(今は辛いけど少しだけ我慢して。私がついててあげるから大丈夫)
クラスでは今でも山辺先生の話でが聞かれている。
「あの画像見た?」
「うん、バッチリ。あれって・・・そういうことだよね!」
「山辺もやるねぇ!イメクラ先生となんて」
「見た目に寄らないにもほどがあるよ。ホント先生って信じられないよね」
教室内の会話を聞きながら、私は毎回平静を装っていたが、内心はその度心臓が破裂するのでは?と思うくらいドキドキしていた。
私は目を閉じ、耳を塞ぎたかったが我慢した。
ある日の昼休み。
わたしは先生にラインを送った。
放課後会いたいです、と。
断られるかも、と思ったけど先生は了承してくれた。
毎週末一緒にジョギングしている公園で待ち合わせることになった。
早めについたせいか先生はまだ来ていない。
かなり待つかな、と思ったけど予想に反して先生は少ししてやってきた。
「ゴメン、待たせたな」
「いいえ。さっき来たばかりだから大丈夫です」
「有り難う、声かけてくれて」
「そんな・・・朝、すごく辛そうだったから」
私の言葉に先生は苦笑いを浮かべた。
「そうだな。校長からも事情を聞かれたよ。ただ、あれはあくまでもお見舞いに来てくれてただけで、実際は何も無かったと言うことはキチンと説明した」
え・・・
そうだったんだ。
やっぱり先生はそんな人じゃ無かったんだ。
体から力が抜けていくように感じ、思わず近くのベンチにストンと座った。
まるで魔法の解けた人形のように。
「どうした?鈴村。大丈夫か」
「あ、はい。大丈夫です。その感じだと先生はおとがめを受けずに済むんですよね?それでホッとして」
「有り難う。そんなに心配してくれるのはお前だけかもな」
「もちろんです。この前も言いました。私は先生の味方です。絶対裏切りません」
先生は泣き笑いのような表情を浮かべると、私の隣に腰を下ろした。
「そうだな。お前は最初からずっと僕のそばに居てくれてたんだよな」
「はい。ずっと・・・これからも」
「でも、そろそろ止めた方が良い。僕と関わるとお前も変な噂が立つ」
「それでもいいです」
「え・・・」
「先生とだったら構いません。だって・・・先生は私を認めてくれた。こんな私を初めて丸ごと受け入れてくれた。だから先生のためなら、どう思われたって・・・」
先生は私の言葉を聞きながら、目元を僅かに潤ませる。
ああ、この景色見たことがある。
あの時の私。
先生に受け入れてもらえたときの。
先生。私たちやっぱり二人で一つなんだよ。
私は無言で両手を先生の両頬に当てた。
今度は先生は驚かなかった。
「大丈夫です。先生は何も悪くない。悪いのは清水先生。だってあの人がいかがわしいお仕事してなかったらこんな事にならなかった。そしてそんな仕事をしていながら、涼しい顔して先生に近づいた。それは愛情なんですか?違いますよね?先生はただ巻き込まれただけ」
私は先生の目をじっと見つめる。
その目に何が写ってるの?
全部わたしに見せて。
「先生は悪くない」
その言葉に先生は何度も頷いた。さっきより何倍も疲れているように見える。
私は先生の耳の近くに顔を寄せてコソッとつぶやく。
「良かったら・・・使ってください」
そう言うと自分の両膝に先生の頭を導く。
膝枕なんて初めてだ。
緊張と興奮で体が震えているのを感じたが、先生が体を委ねてくれているのが分かり、私も安らいだ気分になる。
先生はすぐに寝てしまったのか。微かな寝息が聞こえた。
その寝顔を見ながら、胸が一杯になり涙が出そうになった。
顔にかかった髪をそっとどかして、まぶたを、頬を、唇をジッと見る。
先生の頭の暖かさのせいだろうか。
下腹部がじわりと暖かくなってきて少し焦る。
でも、それを鎮めることが出来ない。
先生が起きちゃったらどうしよう。
落ち着かないと。
そう思うほど体が熱くなり、たまらずホッと吐息を漏らす。
いけないと思いながらも先生の頬から目を離せない。
気づくと、頭を傾け先生の頬にキスしていた。
指先ほどの距離もない場所に先生の顔がある。
整髪料に少し汗の混じった香り。
それは私の頭の奥を痺れさせ、思考を奪う。
衝動のままもう数回頬にキスをする。
唇は・・・まだ。
これは先生と心をもっと通わせてから。
先生からの愛を確認してから。
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