第14話

文字数 4,037文字

「どうしたの、鈴村君?調子悪い?」
横から聞こえた声にハッと振り向くと、木下さんが心配そうに見ていた。
まずいまずい、すっかり忘れてた。
そこからは木下さんとお互いの学校の事や、先だって終わったテストの事を話した。
木下さんは活発で良くしゃべる子のため、思ったより楽しく話すことが出来た。。
本当は女子の友達も欲しいけど、木下さんを見ていると異性として見てるっぽい。
中々難しいな。
 その時、急に木下さんが「そういえば、清水先生と山辺先生それぞれの好みのタイプってどんな人なの?」と話すのが聞こえた。
私は思わず山辺先生の顔を見たが、すぐに慌てて清水先生の方を見るようにした。
清水先生は少し考えると、優しい笑顔で言った。
「私が運動全然だし、そんなに話しも上手じゃないから明るいスポーツマンがいいかな」
「じゃあ体育の高橋先生とかじゃない!」
木下さんがそう言うとドッと笑い声が起きた。
「いやいや、高橋は無いって。清水先生と真逆じゃん」
「こら!失礼でしょ」
「こわ~い、先生怒った」
大げさに体をくねらせた木下さんは、次に山辺先生の方を見た。
私は興味ないフリをしながらも、つい耳に神経が集まってしまう。
山辺先生はしばらく考えていると、少し上の方を見ながら言った。
「僕は・・・長い黒髪で瞳の綺麗な楚々とした女性かな。あ、楚々って言うのは『清らかで美しい』って意味なんだけど」
「先生、なに真面目に答えてるの」
また女子がドッと笑い出す。
だが、私は先生の言葉が頭の中に響いていた。
黒髪で瞳が綺麗な・・・
「所で鈴村君はどんなタイプが好みなの?」
木下さんの声が聞こえてきて、ハッと我に返る。
すっかり自分の世界に入ってしまっていたらしい。
慌てて考えるフリをする。
今の私の答えることは決まっている。
「外見はこだわり無いよ。自分をしっかり持ってて、優しい人かな」
「う~ん、何か優等生、って感じ。出来ればもっと具体的に!」
「でも、いいじゃないか。何か芯が通っている感じで鈴村らしいよ」
「・・・どうも」
 突然の山辺先生の言葉に思考が止まってしまう。
きっと社交辞令なんだろう。
それは分かっているのだが、やっぱり嬉しい。
山辺先生を改めて見る。
外見なんかじゃ無い。自分を持ってて優しい人。
もちろん外見も髪型をもうちょっと何とかすれば、実は良い線行く・・・はず。
それからはみんながそれぞれテレビやSNSの話しなどをそれぞれ自由に話し始め、ほどなくして昼休みは終わったので、それぞれ解散となった。
クラスに帰ろうと歩き出すと、木下さんも着いてきた。
ふと見ると他の女子の姿は無い。
なるほど、と一人で勝手に納得して私は木下さんにニッコリと笑いかけた。
女子の付き合いも色々あるんだな。
木下さんは嬉しそうに私の横に並んで来たが、そんな様子を見るとこちらもつい嬉しくなってしまう。
ボーイッシュで豊富すぎるエネルギーがまさに漏れださんとしている木下さんはいかにも姉御肌の女子、って感じだ。
こういう子と仲良くなりたい物だけど、私の「仲良く」とこの人の「仲良く」は大きく異なっているのだろう。
でも私は今でも私の憧れてきた「仲良く」の未練を捨て切れていない。
健一や雄馬は良い友達だけど、やっぱり奥の方では薄皮一枚のような仕切りを感じてしまう。本当は木下さんや清水先生のような人・・・そういう人たちであれば仕切りの無い友達として振る舞えるんだろうな。
「所で鈴村君って・・・清水先生と山辺先生ってどう思う?」
「えっ!?」
いきなり二人の名前が出たので、少々面食らった。
「いや、どうって・・・二人ともいい先生だよね」
私は少し考えて無難な答えを言ったが、木下さんは私の返事を待たずに返した。
「あの二人って結構良い感じだと思わない?」
瞬間、喉の奥に苦い物が広がるのを感じた。
「え・・・なんでそう思うの」
答えながら、苦い物が口の中にも広がり、そのせいだろうか妙に口が渇いて気持ち悪い。
「だって、さっきのお昼の時もちょいちょい二人とも目を合わせてたし」
「でも、全然お互いに話してなかったじゃん。特に清水先生が全く相手にしてなかった感じで」
そう答えながら、自分の言葉にホッとしていた。
「う~ん、でもそれって付き合ってる二人には良くあるって聞いたことある。職場恋愛とかだと周りにバレないようにあえて人前では素っ気なく振る舞うんだって」
「そうかもだけど、清水先生の好みのタイプじゃ無いでしょ。あり得ないよ」
話しながら、自分の口調がぶっきらぼうに鳴っていくのを感じて、焦った。
だが、内心感じているモヤモヤを中々コントロール出来ない。
「じゃあ大きめのを言っちゃうけど、あの二人職員室ではいっつも二人でお弁当食べてるんだって。楽しげに顔を見合わせて話してるって、他の女子も言ってたよ」
それは机が隣だから・・・
そう内心反論しながらも、それを言う事が出来なかった。
これ以上二人について私の知らない事実を聞くことが怖かったのだ。
もう充分。
話しは切り上げよう。
有り難いことに丁度お互いのクラスの前に来た。
木下さんは名残惜しそうにしていたが、私は軽く手を上げるとそそくさと教室に入った。
席に座ると早速健一が「おかえり。女子との華やかな中で食べる弁当はどうだった?」と茶化してきたが答える気が起こらず「疲れた。もういい」と苦笑いで返すのが精一杯だった。
それからも我ながら完全に上の空になっており、木下さんの言葉がグルグル回っていた。
だが、6時間目の授業中。
ふと私の頭に一つの決心が浮かんだ。
考えるだけで心臓が大きく音を立てているのが分かる。
だが、明日は土曜日。
明後日は雨。
その日の夜、部屋の鍵をかけた私は化粧を始めた。いつもよりも念入りに。目元を特に注意して。
それからウィッグを着ける。
鏡に写る自分を角度を変えながら何度も見返す。
「楚々とした人って・・・」
思わず声に出してしまい、自分に笑いそうになった。
何をやってるんだろう。
心の中でつぶやくと化粧を落としてお風呂に入った。
そして念入りに体や髪を洗う。
明日のために早く寝ないと。

翌朝。
7時半過ぎと言うこともあって、土曜日だというのに緑地公園内は人の数もまばらだった。すでに6月と言うこともあってか日が強く照っており、肌に刺さるような感じがする。
だが、私はそんな事も気にする余裕は無く、ジョギングコースの入り口近くのベンチに座って頭がクラクラするような緊張感を感じていた。
普段は好きだったむせかえるような草木の香りや、木々の緑も心なしか暴力的に感じる。
公園に着いてからじっと早鐘のように鳴っている心臓の音が耳に響いてより緊張感を増す。
そんな自分に焦りを感じながら、私はウィッグを何度も撫でる。
そして小さな鏡を見ては化粧を施した自分を確認する。
場違いにならないよう薄化粧にしたつもりだったが、大丈夫だろうか。
先生は引いてしまわないだろうか・・・
そう、私は化粧を施しウィッグを着け、ランニングウェアに身を包んで山辺先生を待っていたのだ。
以前、授業の後に何気ない感じでジョギングに関して聞き、そこで犬の散歩のため毎日平日は6時頃。土日は8時過ぎに緑地公園を走っている事はたまたま確認していたのだ。
それを元に昨日私が考えたこと。
それは山辺先生と一緒に走る機会を得ることだった。
女性である自分で。
清水先生に負けないために。
ただ、家を出て公園内のトイレで化粧等行う時までは意気揚々としていたが、こうして先生を待つ段になって初めて後悔し始めていた。
あまりにも衝動的すぎたような・・・。
そもそも今の自分が先生とどうやって走るんだろう?
鈴村昭乃であることは内緒にするつもり。
もちろん当然。
バレてドン引きされてしまったら比喩で無く生きていけない。
だったらそもそも一緒に走る切っ掛けなんて作れない。
犬を褒めて、それを切っ掛けに一緒に・・・と思っていたが、いざとなるとあまりに不自然すぎると分かった。
それに仮に一緒に走れたとして、それからどうする?
(とっても楽しかったです。良かったらこれからも定期的に一緒に走りましょう)
そんな事を初めて会った中学生に言われて「喜んで!」と答える大人がどこの世界に居るんだろう?
やはりこの格好は辞めようか。
そんな事が浮かんだが、軽く首を振った。
それは嫌だ。
私は清水先生に負けてない。
私の方が・・・
それを気づいて欲しい。
その時「どうしたの?大丈夫」と男性の声が聞こえ、驚いて顔を上げた。
どうやら考え込み過ぎて、周りが目に入っていなかったらしい。
そこに居たのは見たことのない中年の男性だった。
散歩だろうか。
だが、白いポロシャツもどこか薄汚れており所々黄ばんでいる。
髪もボサボサだし、よく見ると顔にも垢らしき物が浮かんでいる。
「あ、大丈夫・・・です」
不安を感じた私は、愛想笑いを浮かべて軽く頭を下げた。
だが、男性は私の方をまじまじと見てきて、そのうち顔をグッと近づけて来た。
「君、可愛いね。まるでアイドルみたいだよ。声も・・・あ!あれだ!宝塚みたいな感じの声で、それもまたいい。ね、よく言われない?アイドルみたいとか、絶対言われるよね?」普段なら嬉しくなってしまう言葉だが、今はただ恐怖感しかない。
「ありがとう・・・ございます。あの、私これで」
急いで立ち上がり公園の出口へ向かうが、男性は同じペースで後を追いかけてきた。
「君ここ走るんだよね?俺もここ良く来るんだ。一緒にどう?」
どうしよう。
足が震えて、足取りもおぼつかない。
周りには誰も居ない。
走って逃げようか。
でも追いつかれたら・・・
泣きそうになりながら小走りで歩くが男性も歩調を早めてくる。
「一緒にどうって言ってるじゃん。無視しないでよ。ねえ!」
男性の強い口調に血の気が引くのを感じ、目の前が涙で滲んできた。
足が震えて立ち止まりそうになったその時。
「どうしたんですか」
横の方から静かな口調の声が聞こえた。
この声。
弾かれたように声の方を見ると、そこには車椅子の犬を連れた山辺先生がいた。
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