第32話

文字数 1,579文字

「先生・・・」
「うん」
「・・・もうすぐ花火上がりますね」
「あ、そうだね。楽しみだな。花火を間近で見るのは初めてなんだ」
「え!そうなんです?」
思わずビックリしてしまった私に先生は恥ずかしそうに言った。
「流石に男だけで花火でも無いしね。でも僕は女性にモテないから一緒に花火を見てくれる人なんて居なかったんだ。だからどんななんだろう?って楽しみなんだ」
先生の横顔が夜の暗闇を照らす照明で仄かに浮かぶ。
それは不思議な色気を感じさせる物で、私は目を離せなかった。
この人は自分を知らないんだ。
髪型を変えて、眼鏡をコンタクトにして。
そして立ち居振る舞いを変えるだけで周囲の目は変わる。
でも、私はそれを絶対に言うことは無い。
それに気づいて欲しくないから。
私以外の人間に先生の魅力に気づいて欲しくない。
私たちはお互いさえ居れば良いんだから。
「大丈夫です。これから私がいくらでも付き合います」
本心を押さえて冗談っぽく言う。
先生は軽く笑って言った。
「ありがとう。それは心強いな。鈴村が好きな人が出来るまで、代用品で良かったら」
私は先生の目を見て首を横に振る。
「代用品なんかじゃありません」
もうすぐ花火が上がるのかな。さっきより照明が暗くなった。
それと共に先生の顔も暗闇に少し溶け込んだ。
でも、私には先生の顔がハッキリ見える。
「私も代用品じゃ無いです」
「もちろんそうだよ。言い方が悪かった。鈴村は大切な生徒だから・・・」
私は無言で先生の服の袖を軽く引っ張った。
そして体を先生に寄せる。
言いたい言葉は浮かんでる。
それを口にすれば良い。
私は可愛い。
きっと受け入れてくれる。
さぁ。
先生は何も言わない。
もうすぐ花火が上がる。先生がすっかり暗闇に溶けちゃった。
好きな人が出来るまで・・・それは今です。
さあ、言って。
周囲のカップルたちのひそひそ声が少なくなっていく。
深呼吸して。さぁ。
その時、お腹に響く破裂音と共に最初の花火が上がった。
「おお、すごい!綺麗だな」
先生の感嘆混じりの声が上がる。
「そうですね」
私も少しだけ引きつった笑顔を作って答える。
墨を流したような空に、非現実なまでに統制の撮れた光の筋が現れては消える。
その圧倒的で暴力的な美しさに思考が奪われていくようだった。
この時さえあれば何もいらないんだ。
そう、今日はこの瞬間だけで充分。
扇子だってもらえた。
私に見とれてくれた。
もしかしたら…ひょっとしたらちょっとだけでも私を女として意識してくれてたかも。
脳裏に浮かんだ数々の言葉に安堵を覚えたその時、次の花火が上がるまでの僅かな間に、手前のカップルが目に入った。
女性の方は彼氏であろう男性にしなだれかかっている。
男性もそれを受け止めて、女性の肩に手を回している。
私はその二人から目を離すことが出来なかった。
安堵したはずの胸の中にまたモヤッとした塊が浮かんでくる。
なんで。
なんであの子はあんなに当たり前に幸せそうなんだろう。
あなたはどれだけ悩んだの?どれだけ言葉を重ねたの?
きっと何もしてないんだよね?
だってあなたは女の子だから。
そして、これからも悩むことは無い。
せいぜい他に好きな人が出来た、どうしよう!くらいの事をヘラヘラ悩むふりするだけ。
それを友達と分かち合ってみんなで心地よさに浸るんでしょ?
私より可愛くないくせに。
私は先生から少し体を離した。
後、何年だろう。
私が変わってしまうまで。
変わりたくないといくら心が泣き叫んでも、体は変わってしまう。
それまでそれだけ時間が残ってるんだろう。
私もあの子みたいになってもいいんだよね、先生?
でも、なれるのかな?
隣が私でいいのかな?
花火がとても綺麗。
好きな人と見るのが夢だった。
夏になる度夢見ていた。
そして目の前には信じられないくらいのまばゆい光。
私の夢は叶ってるのに、なんで悲しくなるんだろう。
私は花火から目を逸らすように両腕に顔を埋めた。
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