第6話

文字数 1,160文字

あの日以来、今までは完全に男になってしまわなければいけないと思っていたのが、そうでは無かったのだ。
それは絶対的ルールでは無くあの日、両親からもたらされていた鎖に過ぎなかったのだ。
バレなければいい。
それ以来、自室の中のみで私は女性になった。
ある時は鏡の中で。
ある時はノートへのイラストの中で。
リビングでもテレビの中のアイドルや女優に自分を重ね合わせた。
この頃には自分の顔立ちが中性的で、かつ非常に整っている事が周囲の反応で何となく分かってきたため、ますます鏡の中の自分に夢中になった。
鏡に向かってまるで取り憑かれたように、ドラマやCMで見た女優やアイドルの表情やしぐさを真似続けたのだ。
最初はノートにも自分の顔を描いていたが、もし見つかったらと言う不安もあり程なくしてノートは処分した。
それに鏡の中の自分を見る方が遙かに楽しい。
それから小学六年生の冬。
それまでほとんど手を付けず貯めてきた小遣いやお年玉を使って、一年前から考えていた計画を実行した。
電車に乗って1時間ほどの地方都市に向かい、そこのショッピングモールへ向かった。
ここなら学校のみんなと顔を合わせることは無いだろう。
そのモール内のブティックに迷わず入った。
ここはかねてから目を付けていたショップで、小中学生の女子に人気のあるブランドを多数そろえていた。
そこで私は服を選んだ。
もちろん自分自身のための服を。
すでに購入していたポイントウィッグを付けていたため、見た目は肩まで伸びた黒髪の少女だった。
声色も女性っぽく聞こえるために、携帯に録音した自分の声を聞き返して練習していたが実際にしゃべる勇気は無くて、やむなくだんまりで通したけど、幸い店員には不審がられることは無かった。
顔から火が出るほど恥ずかしかった。
もし気味悪がられたらどうしよう。
追い出されたら・・・
そうなったら自分は立ち直れない。
だけど、そんな不安も服を選び始めてしばらくすると消えた。
店員さんが私に向かって「あなたくらい可愛かったら大抵の服は似合うけど・・・」と真剣なトーンで話し、店内にいた二人組の女子中学生だろうか―彼女たちが小声で「あの娘めちゃ可愛くない?どこの学校の子かな」と言うささやき声が聞こえたのだ。
私は夢の中にいるようだった。
変な言い方だけど、自分が通用すると言う自信を得た。
そうして買った服を宝物のように大事に抱えて家に帰った。
帰ってから両親が寝静まったのを確認し、部屋に鍵をかけて買ってきた服に着替えた。
その後ウィッグを付けて鏡を見ると・・・
そこには間違いなく少女がいた。
まるでテレビで見たアイドルのようだった。
その姿を見た時。
胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちになり、それからすぐにまるで絵の具が紙に広がるように暖かい物が胸の中にこみ上げてきた。
気がつくと私は泣いていた。
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