第19話

文字数 1,281文字

翌日。
日曜日の朝早く。私は日高亜季として公園のベンチに座っていた。
6月も終わろうとしている事もあり、初夏の日差しが照りつけるが風が心地よく吹いているせいかそれほど不快じゃなかった。
むしろその心地よさに勇気づけられる気がして、考えも前向きになっている。
いや、後ろ向きの中の前向きさとでも言うのかな。
今の私は鈴村昭乃じゃない。
日高亜季なんだから。悩み事はテストの成績が振るわないことだけ。
友達と週末には街を歩いたり、カフェ巡りをしたりする穏やかで楚々とした大和撫子。
昨夜、その事を改めて考えると亜季であれば先生に会える、と思ったのだ。
ウィッグをつけて特に念入りに、まるで儀式のように念入りに化粧を施す。
みるみる別人の顔が現れる。
うん、大丈夫。今の私は嘘つきじゃない。
ある程度元気が出たので緊張しながらも思い切ってベンチに座って待っていたが、中々先生は現れない。
腕時計を見るとすでに8時50分を過ぎている。
いつもなら必ず8時には来てくれていたのに。
もちろん、必ず8時に来て私と一緒に走る約束をしていたわけじゃ無い。
たまたま行動する時間帯が同じで、毎回たまたま顔を合わせると言う事になるよう私が行動していた。
それだけ。
でも、私は先生に裏切られたように感じ、やり場の無いイライラが溢れそうになっていた。もういい。
先生のくせに決まった時間に動くことも出来ないんだ。
どうせ家でゴロゴロしてるか、まだ寝ているに決まってる。
なんていい加減な大人なんだろう。
もっとしっかりしてると思ったのに。
もういい。もういい。
今度から一緒になんて走ってやらない!
このまま帰ってやる。
今更来たって遅いんだから。
先生のこれからの人生で私みたいな可愛い子と一緒に走る事なんてないのに。
・・・でも、もう10分だけ。
今帰ると私が意地悪してるみたいで嫌だ。
それに10分過ぎたら9時だから切りも良いし。
それから何回時計の針を見たんだろう。
9時15分が過ぎていた。
腹立ち紛れに立ち上がるとペットボトルの水を一気に飲んだ。
もういい。もう帰る・・・
泣きそうになりながらとぼとぼと自転車を置いてある駐輪場に歩いていた時。
駐車場の方から聞き覚えのある犬用車椅子の車輪の音が聞こえた。
ぼんやりしていた頭が一気に目覚めて、急いで深呼吸すると何気ない風に立ち止まった。
そして自分でも驚くくらいに言葉が一気に浮かんだ。
(今日は遅かったんですね。もう走り終わって帰ろうと思ったんです。めずらしくお寝坊さんだったんですね。しっかりしてそうだったんでイメージと違ってビックリしました。今から走られるんです?どうしようかな・・・このままリンゴちゃんとお別れもさみしいし、せっかくだからお付き合いしてもいいですか?)
すぐにリンゴちゃんを呼ぶ先生の声も聞こえたので、やっぱり、と思い体が訳もなく熱くなった。
さりげなく振り向こうと思ったが、先ほどまでの脳内での恨み節を思いだし急に恥ずかしさが湧き上がってきた。
しかも困ったことに、嬉しさも入り交じっている。
結局、先生が突っ立っている私に気づいて声をかけてくれるまで振り向くことが出来なかった。
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