第12話 魔物の行列と夜の城と彼の姿

文字数 3,048文字

 昼下がり。木陰に隠れた4人が見つめる先には、ケンタウロスの長〜い行列。

「どんだけ長いんだこの行列……」
「もう幾刻(いくこく)が過ぎたか。じき王都だというのにな」
「これだけの魔物は追い払えないからね。待つしかないよ」
「お(なか)()いた」

 ギュルルと腹を鳴らすミディア。そういえば、今日は王都に着くはずだからと、朝から今まで携行用の食糧に手をつけていない。

「こんなトコで道草食ってたんだね。早く王都に来てくれないと困るんだけど」

 声に振り向く。草丈長い森の中に隠した馬車の御者(ぎょしゃ)台にティーナが座っていた。
 身を(かが)めながら(しげる)は馬車へ近付く。

「ティーナ、どうやってケンタウロスの群れを()けて来たんだ?」
「フフフ……それは教えられないなぁ。でもあいつらを散らすことは出来るよ」
「頼むよ。あのゆったり行列が通り過ぎるのを待ってたら、夜になっても王都に行けない」
「だったらちょっと(おどろ)かしてみよう」

 ニヤリとして彼女は指をパチンと鳴らす。
 その瞬間、草深い地から少し離れた場所で破裂音が発生した。一度のみならず何度もパン、パンと鳴る大きな音に(おび)えて、ケンタウロスたちの行列が崩れる。わちゃわちゃと方々に散って、混乱ここに極まれりな状態だ。

「さ、行きましょ。乗って乗って!」

 ティーナが手招きする。初めてその姿を見たモナーク、ミディア、ディロスは黒ずくめの女を不思議そうに見ながら馬車へ走り寄る。

 全員が乗り込んだのを確認し、ティーナが手綱(たづな)を大きく上下に(あお)る。指示を受けた2頭の馬は勢い良く木々の間から飛び出して、青天井の箱車(ワゴン)を引っ張って行く。
 車輪が石や段差で跳ねる(たび)(しげる)たちの体は激しく振られる。箱車(ワゴン)には簡易な木製ベンチがあるだけで(つか)める物もなく、ぐわんぐわん揺られていると、やがて馬車はスピードを落とした。

「フゥ……。ここまでは魔物もついて()ないでしょう。荒っぽい走らせ(かた)ですまないね」

 横たわったディロスに体を潰されている(しげる)は、失神寸前の彼をなんとか退()かして箱車(ワゴン)から降りた。御者台を降りて馬を(なだ)めているティーナの元へ。

「荒っぽくてもなんでも、あの行列を抜けられて()かったよ。でも、なんでわざわざ迎えに来てくれたんだ?」
「……ちょっとね、団長が大変なんだよ。言葉では伝え(にく)いから、本人に会ってくれるとありがたいかな」
「リエムに何かあったのか」
「そう、何かあったんだよぉ。お願いしたいこともあるから、とりあえずレミルガムに行こう」

 はぐらかされまくってるけど、ティーナから貰った銀の腕輪には助けられたし、さらに命の恩人であるリエムが大変な状況なら行くしかないだろう。

 モナークが腰を軽く叩きながら近寄って来た。

「ポレイト、この黒い人は?」
「リエムの部下で、諜……」

 (しげる)の腕を軽く小突いて制止し、ティーナが代わりに答える。

「レミルガム騎士団第三隊所属のティーナと言います。団長からポレイトとの連絡役を任されている者です」

 どうやら諜報役ということをあまり知られたくないらしい。

「へぇ。あたしたちの居場所がどうして分かったの?」
「うーんと、まあ、精霊の(ちから)を使って探したんですけど、そこまでしか言えません。ポレイトにも伝えましたが、団長に問題が起きていて、あなたたちをレミルガム城へお連れする必要があるんです」

 なぜモナーク相手には丁寧に説明するのか。それでもやっぱり具体的なことを言わないあたり、外部に漏れると困ることなのかも知れない。

「ポレイト、この黒いのは?」
「もう本人がモナークに説明したし、黒いのって……」

 ミディアがティーナの顔を(のぞ)こうとする。なぜかティーナはフッと身体を(ひね)って顔を()らした。おや……?

 正面に回ろうとするミディアから逃げ続けるティーナ。これは確実に何かある。

「ティーナ、どうせ一緒に行くんだから逃げてもムダだと思うぞ」

 彼女は観念したのか、ぎこちない動作でミディアと向き合う。その顔をハッキリ見たミディアが驚き(ごえ)を上げる。

「サクラ?!」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 夕間暮(ゆうまぐ)れの刻。ティーナが走らせる馬車はレミルガム城の裏手、以前リュミオに一部破壊された城壁の、川を挟む対岸に到着した。

 まだ川に落ちた土砂が取り除かれておらず、馬車を降りてそこを通り、崩れた城壁から入って回廊を抜けリエムの寝室に向かうということだ。
 まさに裏口から侵入するようなものだが、ティーナによるとこれが一番穏便な(はい)(かた)なのだとか。

 川にかかった土砂の上を歩きながら、ミディアがティーナとの出会いについて話す。

「まだ里にいた時、足を怪我して動けなくなった旅人を拾った。それがサクラ。足が治った途端に消えた。それがサクラ」
「ちゃんとさよなら言ったよ。ミディアも家の人も寝てたけど」
「それ言ってないのと同じ。しかも嘘の名前使った。ティーナなのにサクラって」

 ティーナは大きく息を()いて、ミディアをしっかり見つめる。

「ウチはティーナで、サクラなの。どっちも本当の名。ミディアに嘘をついたわけじゃないし、あの時は急いで戻る必要があったから……、ゴメンなさい」

 (こうべ)()れたティーナの黒髪を撫でて、ミディアは微笑む。

「よし。謝ったから許す」

 ミディアとティーナの仲直りは()しとして、(しげる)は他に気になることがあった。

「なあ、さっきからもの凄い数の騎士に(にら)まれてる気がするんだけど」
「ウチが一緒なら問題ない。(みんな)、監視塔を壊されたから気が立ってるんだよ。ここ最近のレミルガムは、なんだかねぇ」

 言われて見上げる。暗くてよく見えないが、確かに城の中で一番高い塔が半壊している。崩れ落ちたわけではなくて、壁の一部だけ崩落して中の階段が丸見えだ。
 さらに城壁の修理も進んでいないどころか、以前よりさらに崩れた箇所が多くなっている。これはおそらく……。

「もしかして、ワイバーンの群れに襲われたのか?」
「うん。すっごい数でさ。クライモニスに行かなかった騎士と魔導士団でなんとか乗り切ったけど、監視塔を集中して狙われてね。倒れなかったのが不思議なくらい」

 ディロスが(しげる)の肩を軽く叩いて言う。

「あれの修復には、ポレイトの知恵が必要かもな」
「石造りの塔の修復か。経験なんて無いけど、色んな知識の組み合わせでなんとか出来そうな気はするよ」

 それでふと思う。もう(ひと)つの世界を諦めたはずなのに、記憶はそのまま残っている。このこと自体、まだあちらの世界が存在している(あかし)なのだろうか。

 ティーナに続き、崩れた城壁を乗り越えて回廊に上がり、それほど幅のない渡り廊下のような道を進む。縦長に(ひら)かれた窓というか隙間から、夜空に浮かぶ(あお)い球体と薄いピンクの球体であるルーナが見える。

 一定間隔で灯火(トーチ)が並ぶ回廊を通り抜け、かなり天井の高い大広間を歩く。灯火(トーチ)の明かりが届かない範囲は闇そのもので、その闇をじっと見つめていると、吸い込まれそうな感覚に襲われた。
 その様子に気付いたモナークが、(しげる)の手を取る。

「ほら、行くよ。はぐれたら大変だからね」
「あ、ああ。ちょっと変な気分になってた。ありがとうモナーク」

 前を行くティーナが足を止めた。

「ここだよ。あのね、とりあえず笑うのも冷やかしもナシでよろしく」

 奇妙な依頼をしながら、両開きの大きな木製扉を片側だけ()けて、彼女は手振りで(みな)に部屋へ入るよう(うなが)した。

 順番に部屋の中へ踏み入り、ルーナの薄明かりに照らされた影を見て、一同は息を()む。

 そこには、右側の(ほお)を肩までだらんと垂らしたリエムの姿があった。

「……ミディアだけ笑ったな。これ、結構痛いんだぜ」
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