第24話 瓦礫の斧と水の蛇と闇の消滅

文字数 3,540文字

 ティーナを(かつ)いだディロス、それにエメキオ、ミディアは回廊を走り、監視塔へ向かっている。狭い通路は所々が崩落しており、そこから水浸しの中庭が見渡せ、さらにその先の遠景に(かす)みがかった監視塔を望む。

 監視塔の先端に近い一部は、先日のワイバーン襲撃の際に崩されていた。そこに見える人影を中心として、深い闇が徐々に(ふく)れていく。

「やっぱり戻る。ポレイト弱いから、殺される」

 ミディアが立ち止まってしまった。
 ディロスは何か言いかけたティーナをエメキオへ託し、(うなず)いた。エメキオも頷き、ティーナを(かつ)いで先を急ぐ。

 ミディアに歩み寄り、腰を(かが)めて目線を彼女に合わせ、ディロスが優しい声で話しかける。

「ワシも戻りたいよ。きっとミディアと同じ気持ちだ」
「それじゃ……」
「このまま戻ったら、もうポレイトはお前と一緒に旅をしてくれないぞ」
「どうして? 私、役に立たない?」
「そうじゃない。あいつは、自分の(いのち)を捨てても王都を守りたいと思っておるのだ。逃げることだって出来た。王都なぞ放っておいて、旅を続けることも出来たのに」
「王都を守ると、ポレイトの役に立つ……?」
「おう、そうだ。モナーク、ティーナ、リエム、ミドリ……。王都に暮らす者たち。ポミモスもいるな。……守ろう。守って、また(みんな)で楽しく食事をしよう。旅をしようじゃないか」

 ミディアは目に涙を(たた)えながら、大きく(うなず)いた。

 その時、轟音(ごうおん)とともに後方の石壁が崩落した。ディロスはミディアを(かか)えて横向きに何度か回転し、落ちる石の直撃を(まぬが)れた。

 ふたりはすぐさま起き上がり、崩れた箇所から遠景を見る。砂煙の向こう、中庭を挟んで反対側の胸壁(きょうへき)に、巨大な筒状の武器を確認した。

魔導砲(まどうほう)だな。すぐには次を撃てんはずだ。先を……」

 ミディアが何やらブツブツ詠唱(えいしょう)している。それに呼応して、崩落した瓦礫(がれき)が茶色く発光し始めた。
 何をしてるのかと(いぶか)しがるディロスの眼前に、石をやたらめったら集めて造られた巨大な斧が出現する。
 メキメキと硬い音を立て、斧はゆっくり動き出す。

「行け!」

 一気に速度を上げ、石斧は回転しながら魔導砲へ向かっていく。その周りの人影が斧に気付き慌てて逃げ出す。魔導砲に巨大な石斧が刺さり、勢いそのまま盛大に吹っ飛んでいった。

 ディロスは(くち)をぽかんと()けてしばらく胸壁を見つめていたが、ハッとして監視塔を指差す。

「ミディア、斧をあそこに放てるか」
「塔に? やってみる」

 もう一度ミディアが詠唱し、さらに大きな石斧を出現させる。崩れた壁の石だけでは足りず、まだ崩れていない箇所の石をも引き()がしてしまった。

 ミディアは監視塔を(にら)みつけ、右手を思い切り振り上げて叫ぶ。

「いっけぇぇえ!!」

 クルクルと勢い()く、石斧が真っ直ぐ監視塔を目指す。
 そして(ふく)れ続ける闇に突き刺さった。

 だが石斧はあっさり壊れ、砕け散った石が塔の下へパラパラと落ちていった。

「ふぅむ。多少は効いたような気がせんか? ミディアもう一度……」

 ミディアはうつ伏せに倒れていた。どうやら(ちから)を使い果たし、気絶してしまったらしい。

 ディロスはひと(いき)()いて、彼女を(かか)え上げる。
 (いま)だ監視塔の先端に広がる闇を(にら)み、再び回廊を走り出した。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 狭い通路で、魔導士や騎士がまばらに倒れている。

「この戦いは、一体誰のためのもの? ゼミムもメギエスも許せないワ!」
「私が捕まらなかったら……」
「ううん、あなたは悪くない。とにかく、今出来ることをしましょ」

 エメキオはティーナの足を気遣(きづか)いながら、回廊を急ぎ走る。

本当(ホント)、なんでこの城はこんなに広いのかしら」
「あっ……! エメキオ隊長、止まってください」

 ティーナは(かつ)がれたまま、崩れた壁の(あいだ)から、監視塔へ至る城壁(じょうへき)(うえ)の通路を見る。リエムと数名の騎士が盾を構え、魔導士たちに突撃していく。ティーナが所属する第三隊の隊長もいるようだ。

「よかった。隊長、生きてたのね」

 ホッとして少し離れた場所を見遣(みや)ると、魔導砲に巨大な石斧が刺さって城壁の外へ飛んでいくところだった。

「何、あの斧……。あんな大きな斧って……、まさかミディア?」

 すぐさま次の石斧が放たれ、監視塔の闇に当たって散らばる。石斧によって闇が(わず)かに揺らいだのを、ティーナは見逃さなかった。

「……ウチも魔術を放ちます。その時だけ中庭に出てください」
「でもティーナ、中庭に出たら残りの魔導士たちの標的になるわヨ」
「怖いんですか? ならウチだけ中庭に捨ててください。勝手にやりますから」

 ティーナは悪戯(いたずら)な微笑みを浮かべ、エメキオと目を合わせる。

「……分かった。準備ができたら教えて」

 (うなず)いて、ティーナは詠唱を始めた。水色の光が彼女の周りを飛び交い、方々に散っていった。
 ……今、天空神の涙のおかげで水の精霊は元気いっぱい。闇を(くだ)くほどの(ちから)が出るかなんて分からないけど、そう、今出来ることをするんだ。

「お願いします!」
「アァぁぁイッ!!」

 (たけ)(ごえ)を発して、エメキオはティーナを(かつ)ぎ直して崩落した場所から中庭へ飛び出す。(みず)()まりを越え、ぬかるみで足を止めた。
 魔導士たちが放った(いく)つもの色とりどりの光弾が、水滴のカーテンを突き抜けてエメキオたちに襲いかかる。

「ふん!」

 エメキオは両足を広げ、光弾を背中でまともに受ける。苦痛に顔を(ゆが)めながらも、腹と足に(ちから)()れてそのまま踏み(とど)まった。

 ティーナが両手を監視塔へ向ける。
 近くの川から飛び出した水の(へび)がとぐろを巻きながら、ざあざあと降り注ぐ水滴を吸収してその姿を巨大化させていく。

「お願い! 闇を(くだ)いて!」

 監視塔の外周を沿うようにグルグルと(うず)を巻いて上昇し、(くち)を大きく(ひら)いて鋭利な(キバ)で膨れた闇を噛み砕こうとする。

 水色の光が激しく散る。
 闇に食い込んだように見えた(キバ)が、押し戻され……耐え切れず崩壊する。さらに(へび)の頭が黒く(にご)り、その濁りは全体を侵食していく。

 大きな(へび)は甲高い咆哮(ほうこう)を上げ、破裂して宙へ散っていった。

「ダメか……」

 ティーナが腕をだらんと下げて項垂(うなだ)れる。

「ねぇティーナ。あそこ、亀裂が(はい)ったワ。もう一度やれない?」
「すいません。(ちから)を全部使ってしまいました」
「困ったわネェ……」

 ぐらりと体を揺らして、エメキオは卒倒してしまった。横に投げ出されたティーナは折れた(ほう)の足から地に落ちた。
 激しい痛みに(もだ)えながら監視塔を見上げる。闇は亀裂をものともせず天へと(のぼ)り始めた。

「発動……した? くそっ!」

 右腕でぬかるみを何度も叩きつける。跳ね返った泥水がティーナの服を汚す。悔しさに彼女の視界は(にじ)んでいた。
 エメキオが倒れたまま、震える左腕を上げて何かを指差す。

「あれ。は……?」

 指し示された方向に視線を動かす。
 (まばゆ)閃光(せんこう)が監視塔へ伸びていく。

 白い翼、あれは……。

 モナークが輝く翼をはためかせて飛び、白く光る長剣を深い闇に突き刺した。
 監視塔から、王都(おうと)(じゅう)を白く染め上げるくらいの強い光が放たれる。

 亀裂から光が侵入し、じわじわと闇を分解していく。

 ()がれてバラバラになった闇は、一つ一つが人の顔に変わり、それぞれ苦悶(くもん)の表情を見せる。そして()き叫ぶように奇妙な声を上げながら、光の中へ溶けていった。

 監視塔の先端を覆っていた深い闇は、消失した。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「おかしい、おかしいオカシイ! どうしてこんな所に聖エルフがいるんだ?!」

 監視塔内の螺旋(らせん)階段を()りながら、メギエスは大声を上げていた。

「話が違うぞ! 永遠の生(いのち)と際限なき(ちから)を与え、全ての欲望を叶えると言ったではないか!」
「……誰が、そう言ったんだ?」

 リエムが石階段を()がりながら、メギエスに剣を向ける。

「グフフ……。それを知ってどうする。あと一夜もすればアルウェイナから大量の屍人(しびと)が押し寄せてくる。(わず)かに残った兵たちでは止められんぞ」

 さらに階段を上がり来るリエムの鬼気迫る表情に、メギエスも間合いを取るように階段を一段、一段上がっていく。

屍人(しびと)なんざ、おれひとりで全滅させてやるよ。それより生(いのち)があるうちに教えろ。誰がお前を闇に取り込んだ?」

 メギエスは(そで)に隠し持っていたナイフを右手で(つか)み、振り上げた。

「闇はどこにでもある! 貴様らもいずれは取り込まれ……」

 背後から白く光る長剣が振るわれ、メギエスの首を()ねた。
 途端(とたん)に奴の身体は黒い(ちり)と成り果て、宙を彷徨(さまよ)いながら消滅した。

 黒い(ちり)をじいっと見つめていたモナークは、ふっと意識を失う。倒れかかる彼女の体をリエムが肩で受け止めた。
 そのはずみで銀の髪飾りが石階段に落ち、(ふた)つに割れ、転がっていった。

 空を(おお)っていた暗く分厚い雲は所々ちぎれて、雲の隙間から陽の光が斜めに()す。
 レミルガム城は、静寂と(あたた)かな陽光に(つつ)まれた。
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