第5話 忍者と皇帝と魔導士団長

文字数 3,193文字

 (しげる)、リエム、ティーナを乗せた小船は、川の水面(みなも)からふわり浮かんだ状態で進んでいる。
 どんな仕組みで浮かんでいるのか気になって、(しげる)は膝を着き船縁(ふなべり)から下を(のぞ)く。もの凄い蒸気が顔に襲いかかってきて、思わず()()り尻もちをついた。

「おぃポレイト。なーにやってんだ」
「いや、どうやって浮かんでるのかなって……」

 さっきまでのキザな喋り(かた)ではなくなったリエムが豪快に笑う。

「アハハハ! お前は風の精霊術士(エレメンタラー)だろうが。水の精霊は見えねぇよ」

 なるほどそういうことか。水の精霊が必死にこの小船を(かつ)いでいると。それならなんとなく想像出来る。水がある場所だと、こういうことも可能なんだな。

 それはさておき、さっきからチラチラと視線を送ってくるティーナに(たず)ねてみる。

「どうしてニッポンジンのことを知ってるんだ?」
「ウチの親父(おやじ)がそうだから。あなた、カタナを持ってるでしょ。あんなの普通は使わない。それに顔が少し親父(おやじ)に似てるのよね」
「……お父さんの名前、聞いてもいいかな」
「サクラヨシオ。あなたの本当の名は?」
「ぽ、ポレイト。ポ・レ・イ・ト」

 ティーナは困り顔で微笑む。

「そんなに何回も言わなくても分かってるよ。……()いちゃいけなかったかな」

 (しげる)はウンウンと大きく頷いた。日本人としての名を(くち)にしたら、またあの強烈な頭痛で死にそうになるかも知れないのだ。

 黙って聴いていたリエムが口を挟む。

「まぁ、そいつは別の機会に話そうぜ。もうすぐ崩れた城壁が見える。城ではおれに失礼な物言いをするな。おれの部下に殺されるぞ」
「え……。あ、はい」
「あと、陛下と話す時も気を付けろよ」
「そういえば、なんで俺は呼ばれてるのかな」
「お、いっけね。言ってなかったな。クライモニスへの遠征の手伝いをして欲しいとさ。おれの騎士団だけじゃ不安なんだろ」
「遠征? 手伝い?」

 リエムは(しげる)の肩をポンと叩き、ニヤリと笑う。

「ちゃんと見返りを求めておけよ。(あと)から言っても聞かねぇだろうからさ」

 なにかとても変なことに巻き込まれそう、いや、もう巻き込まれてる気がする。ティーナから日本人の父親の話を聞きたいが、それも今はお預けのようだ。

 困惑顔の(しげる)を乗せた小船は、細かく揺れながら進み、城壁の修復現場へと到着した。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 細マッチョな男たちが、崩れ落ちた大きな石の(かたまり)欠片(かけら)、折れた木材を回収したり、新たに積み上げるための石材を削る作業をしている。まさに工事現場の装いで、(しげる)は少しだけ懐かしさを覚えた。

「この石はどこから持ってきたんだ……でしょうか」

 リエムが(しげる)のぎこちない言葉遣いに含み笑いしながら答える。

「この丘……レミルガムは元々、山だったんだ。それを切り拓いて城を築き上げたのが初代と2代目の皇帝。城が完成した時に余った石材は、城の北側に積まれている。今回はそれを使ってるからすぐに用意が出来るというわけ」

 レミルガムってこの場所そのもののことだったか。うーん、地理、歴史についてはディロスにでも聞いてみよう。

「で、皇帝……陛下はどこにいるん……でしょうか」
「ププッ。無理しなくてもいいぞ。陛下はまだお見えでないな」

 お前が(おど)すから丁寧に喋ってるんだろうがという視線を投げて、(しげる)はさらに問う。

「ティーナの姿が見えなくなりましたけど」
「彼女は用事が済むとすぐに消えるんだよ。なんだったかな、確か……ニン、なんとかっていう種族の真似事をしているらしい」
「ああ、ニンジャ……かな」
「そうだ、それだよ!」

 楽しそうに話すリエムだが、ふと城壁の内部である回廊(かいろう)に視線を移して、姿勢を正した。

「ついて来い。陛下の元へ行くぞ」

 急に真面目顔になった彼に対して苦笑しながら、(しげる)はリエムの後ろについて歩く。崩れた壁を乗り越えていったん城内へ(はい)り、木製の扉を()けて城壁の中、狭い石階段を()がる。

 城壁内を()()できるように作られたであろう回廊の、崩れた場所付近に男がふたり(たたず)んでいた。

「ポレイト。こちらがこの辺り一帯の国を治めるフィゼアス皇帝陛下。そしてレミルガム魔導士団長であるゼミムだ」

 白髪の男がふたり。整った顎髭(あごひげ)で金色の鎖かたびらを()けて、真紅(しんく)のマントを肩から垂らしている(ほう)がいかにも偉そうで、皇帝なのだと分かる。
 ただ、もうひとりのローブを(まと)った魔導士団長なる男は随分とやつれていて、顔の(シワ)が深く、猫背気味なのもあって皇帝よりも年寄りに見える。どういう間柄なのだろう。

 ゼミムが(うな)るような低い声でリエムに命令する。

「リエム。用が済んだならすぐに修復を指揮せよ。騎士団の動きが悪くて日ばかり過ぎているぞ」
「ですが遠征の用意もありなかなか人員を()けず……」
「兄にクチごたえする気か? お前は言われた通りに動いていれば()いのだ。この役立たずが」
「……分かりました。すぐに指揮を」

 苦虫を噛み潰したような表情を見せて、リエムは石階段を()りて行った。
 それを見届けて、皇帝が話し始める。

「旅人よ。先の戦いでは塔を守ってくれたそうだな。まずは礼を言おう」
「い、いえ……。俺はその、リエムと共に動いただけです」

 巻き込まれただけですとは言い(にく)い。それにしても、魔導士団長はリエムの兄……。ということは目の前のふたりは親子? どう見ても皇帝の(ほう)が若々しいのだが。

「それで、もう一度リエムを助けてやって欲しいのだ。騎士団は一夜明ければクライモニスへ旅立つ。聞くところによれば其方(そなた)は風の(ちから)を使うそうだな。それに第二研究所にいたディロスも連れていると聞いた。其方(そなた)らは必ず役に立つと考えている。どうか、頼まれてくれぬか」

 明日、か。やっぱり王都の観光はさせてくれないみたいだ。それは別にいいとして、ディロスやミディア、モナークが承諾してくれるかどうか。クライモニスに行くということは、またシイラと戦うことになるかも知れなくて、モナークはシイラに一度負けている。それでも行くと言ってくれるだろうか。

明日(あす)の朝に返事をしても()いのでしょうか」

 (しげる)の問いに、なぜかゼミムが答える。

「これは依頼ではなく命令だァ。断ればダークエルフを王都に引き入れた罪でリエムを罰することになるぞ」
「命令? 陛下は頼みごとのように(おっしゃ)ったと思います」
「お前もクチごたえか。やはりリエムも、リエムの連れてくる者たちも、揃いも揃って役立たずだなァ!」

 なんだ、こいつ……。

「リエムは……!」

 (しげる)の言葉を右腕を上げて制止し、左手で回廊の先を指して、皇帝は強い口調でゼミムを(たしな)める。

「ゼミム、お前は下がりなさい。この旅人は(わし)の客人でもあるのだぞ。無礼な言葉を()くな」

 ゼミムは歯をギリギリと鳴らし歩き始め、(しげる)の横を(かす)めるように通り抜けざま(ささや)く。

常闇(とこやみ)には気をつけるんだな。くくく……」

 耳に(のこ)る気色の悪い声。何やらブツブツ言いながら、ゼミムは回廊を渡り去って行った。

 皇帝がひと息フゥと()いて、修復現場を見ながら(しげる)に話しかける。

「あれをどう思った?」
「え、あれ……とは」

 皇帝は視線を回廊の先へと移す。どうやら魔導士団長ゼミムについての感想を述べよということらしい。

「怪しい……、いや、えっと……」
「フッ。素直に言ってくれて構わんよ。怪しい、か。初めて会う者にそう言わせてしまうのでは困りものだな」
「リ、リエムは面白い……です」

 皇帝は豪快に笑う。

「ハッハッハ! ……ありがとう。実は其方(そなた)を呼びつけたのは、これが目的でもあったのだよ。(わし)はどうしても親の立場で見てしまうからな」

 それ以上何を言えば()いのか分からず冷や汗をかく(しげる)の目を見ながら、皇帝は打ち明ける。

「リエムの命を守ってやってくれ。残念なことだが、ゼミムの心は闇に取り込まれつつあるようだ」

 いつの間にか(そば)に居た風の精霊がウンウンと(うなず)く。

『確かにあの男の心の奥には闇が(うごめ)いてたよ! ありゃもう駄目ね、追い出さなきゃ!』

 なにこの(しゅうとめ)みたいな精霊。
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