第9話 謎料理と砂漠の都と試作剣

文字数 3,897文字

 ミディアの前に置かれた茶色い陶器の皿には、豆と肉をごちゃ混ぜにした緑色のかたまり、何かの卵を煮たもの、何の木から()ったか不明な小さく赤い実、そして少し()っぱい(にお)いを放つ薄い皮のようなものが適当な配置で乗っている。

「これ、食べても死なない……?」

 とてつもなく無礼な言葉を()いて、彼女はリエムを見る。

「砂漠の(みやこ)(たみ)は、これをいつも食べてんだとよ。さっきおれも食べたけど……。ま、とりあえず()ってみろって!」

 その勧め(かた)で食べたくなるわけがない。
 しかし、腹が減っては土の精霊の(ちから)を引き出すこともできぬ。ミディアは銀製のスプーンで緑色の豆と肉を(すく)い、その小さな(くち)へ放り込んだ。

「……不味(まず)ーい」

 がっくり肩を落とすリエム。彼はミディアからスプーンを取り上げ、皿から小さな卵を持ち上げてミディアの顔の前へ持っていく。

「これは美味(おい)しいぞ。少なくともこの緑のよりはな」

 卵をじっと見つめていたミディアは、覚悟を決めてパクッと食らいついた。

「モグ……。うーん、干し肉が食べたい」
贅沢(ぜいたく)言うな。だいたい干し肉だってよっぽどだろ。あー、ポレイトたち早く戻ってこないかなぁ」

 リエムは天幕の下から()い出て、腰を伸ばした。

 砂漠で神獣と大捕物(おおとりもの)を繰り広げ、結局は魔物に神獣を連れ去られただけで、騎士団にとっての成果は無かった。だがシイラの去り際の言葉を信じるならば、クライモニスからの襲撃はしばらくの(あいだ)止まりそうだ。

 道中で見かけたワイバーンたちの動向も気になるし、砂漠で神獣の下敷きになったり飛んできた岩などにぶつかって命を落とした同盟国の騎士4人と、レミルガムの騎士3人の遺体をそれぞれの国へ運ぶ必要があるため、リエムはシイラの言葉を信じることにして団を帰路につかせた。

 土蜘蛛(スパイダー)の大群に踏まれて傷を負った騎士たちの治療、尽きかけていた食糧の補充、汚れた身体を洗いたい者多数。色々な目的を果たすために、騎士団一行は砂漠と荒地の境界にある砂漠の(みやこ) クヌワラートを訪れた。二百ほどもいる騎士たちの数に対して宿の部屋が足りず、高く(そび)える壁の外にそれぞれ天幕を張り野宿を余儀なくされている。

「おー。アイツらようやく戻ってきたぞ。これで子供の世話も終わり!」
「私は子供じゃない。リエムと同じくらい長く生きてる」
「食べ物に好き嫌いがある(ヤツ)なんてな、おれに言わせりゃ子供なんだ」

 ミディアは(ほお)を膨らまして抗議の意を示す。そして真剣な顔つきに変わり、持っていたスプーンを(ちから)なく動かし、皿の上の料理を恐る恐る(くち)に運んでいく。

「やっぱり不味(まず)ーい!」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 湯浴び場から戻ってきた(しげる)は、リエムに連れられて門を通り(みやこ)の中へ。

 ここクヌワラートは大昔に建立(けんりつ)されて以来、他のどの国にも属してこなかった。塩や陶器、鉱石などの特産品を近隣諸国に売り、銀製品をはじめとする様々な加工を請け負う工業国でもある。
 王都に匹敵するほどの広大な街。建物は基本レンガ造りだが、色とりどりの鉱石が散りばめられており華やかさを演出している。君主は存在せず、民衆の代表たちが頻繁に交代しながら政治を(にな)う。

「……ってとこかな。一夜だけ泊まる所の話なんて、どうでもいいか」
「そんなことないよ。案外、発展してる地域もあるんだなって感心してた」
「クヌワラートは自治と防衛のために精霊術士(エレメンタラー)の育成が(さか)んだと聞いてる。正直、敵には回したくないな」
 
 なんだか少々真面目な話をしつつしばらく歩いて、レンガ積みの平屋に(はい)った。

 白い布で全身を覆い隠した(みやこ)(たみ)が、床に並べられた7つの遺体に薬を塗りこんでいる。防腐処理だろうか。

「お前はこの3人に襲われたんだよな」

 胸を潰されたれた騎士、腹を(えぐ)られた騎士、仰向けで分かりにくいがおそらく背中を斬られた騎士。シイラの斧は騎士たちの鎧をあっさり砕き、一撃で致命傷を負わせた。

「ローブと砂のせいで、顔も、どこの国の鎧なのかもハッキリとは見てないんだ。でも襲われた時、ティーナに貰ったこの腕輪は(あか)く光ってた。それに傷の場所だって同じ……かな。そもそも同盟国の騎士に襲われる理由なんて思い当たらないし」
「それならレミルガムだってそうだろ。お前なんか殺して誰が喜ぶんだよ」
「どうだろう。リエムに対する見せしめとか?」

 リエムは一瞬ハッとしたような顔をして、その(あと)すぐに首を横に振った。おそらく何かの可能性が頭に浮かび、それを振り払ったのだろう。

「……ポレイト。お前には(わり)ぃが、こいつらはシイラと勇敢に戦って死んだことにする。王都につまらん話を持ち帰りたくない」
「俺は別にいいけど、誰の(めい)かは気になるなぁ」
「まだお前を狙う奴がいるかも知れない。おれが(そば)にいない時は、モナークに守ってもらえ」
「そうするよ。モナークは、シイラとの決着がつけられなくて不満ばっかり言ってるけど……」

 それで(しげる)は思い出した。両手をパチンと合わせて、リエムに(たず)ねる。

(みやこ)鍛冶屋(かじや)はあるのかな? 岩にぶつけたからだと思うけど、モナークの剣がちょっと欠けたらしい」

 防腐処理中の男が腰を上げて、その質問に答える。

「大通りに英雄の像がある。そこを南に(はい)ってしばらく歩くと大きな食堂があってな。その向かいが『ミズタニ』って鍛冶屋(かじや)だ」
「み、ミズタニ? ニッポンジンがいるんですか?」
「おお、久しぶりに聞いたなニッポンジン。ミズタニは今、その部族の息子がひとりで切り盛りしてる。少々値が張るけど腕は一流だぞ」

 (しげる)は顔を紅潮させてリエムの腕を(つか)む。言葉にならない高揚感。日本人の話が聞けるかも知れないのだ。

 鼻息を荒くする(しげる)の姿に、リエムは苦笑しながら(うなず)いた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 いったん(みやこ)の外に出て、モナークを迎えに行く。彼女は剣を直せるかも知れないと聞いて喜ぶ一方で、ダークエルフが(みやこ)に入っても()いのかと心配そうな顔を見せた。
 そんなモナークに、リエムが軽い口調で伝える。

「心配すんなって。王都が厳しすぎんだよ」

 クヌワラートには人族と他種族の混合である亜人が多く住んでいるし、モナークをひと目見てダークエルフだと分かる者はそうそういない。そう聞いて、ローブを(まと)わず胸を張って門兵の横を通り抜けた。

 幅の大きな通りを進み、(みやこ)建立(けんりつ)当時に活躍したという英雄の像を目印に曲がり、道の脇に連なる店々を眺めながら歩く。
 遠くからでもそれと分かる人集(ひとだか)り。他の建物よりも間口が広く、道まではみ出すように石のテーブルをたくさん並べている。これが食堂ということは向かい側に……、あった。

 赤いレンガ造りの平屋。その入り口の上に、思いっきり片仮名で『ミズタニ』というドデカイ字。壁を削って文字を(えが)き、さらに削った部分を黒色で染めあげている。
 (しげる)はドキドキしながら、半開きになった鉄の扉を押して店に入った。

「お、見ない顔だな。旅の(モン)かね」

 肌は浅黒く、凛々しい眉毛と濃い(ひげ)、黒髪をポニーテールにして革のエプロンを身に着けた初老の男が、愛想良く話しかけてきた。

「はい。剣を直してもらいたいのですが」
「剣の修理は久しぶりだな。見せてみなさい」

 モナークが(さや)から長剣を抜いて男に渡す。男はしげしげと剣を眺め、おもむろに金槌(かなづち)を手にして、()が欠けた部分をコツンと叩く。
 すると、いとも簡単に剣が折れてしまった。

「これは作り直しだな。ふむ、ミスリルも少し含まれていたか」

 男はチラリとモナークを見て、右手を広げた。

「ミスリルはこの折れた剣から取り出してみよう。銀貨5枚だ」
「銀貨5枚かぁ……。ディロスに借りるしかないかな」

 モナークは腕を組み、険しい顔で(つぶや)いた。
 店の中に展示されているナイフ、農具、取手(とって)などを見ていたリエムが、腰に下げた革袋から銀貨を取り出した。

「おれが払うよ。でも一夜(いちや)じゃ仕上がらないだろ」
「なんと、一夜とな。それは無理だ。せめて数夜は欲しいな」

 リエムとここで別れて、剣の再生を待って王都に戻るか、もしくは王都に戻って別の鍛冶屋に任せるか。

「モナークはどうしたい? 王都で店を探すって手もあると思うんだ」
「あたしはしばらくここに居てもいいよ。ミディアは嫌がるだろうけど」
「ああ、食事が(くち)に合わないってぼやいてたな。うーん、どうしよう」

 (しげる)とモナークの話を聴いていた男が笑みを浮かべて提案する。

「王都に行くのか。それなら運び屋を使って仕上がった剣を届けよう」

 ……運び屋って、宅配便みたいなものかな。でも届くまでモナークは剣無しになってしまう。
 (しげる)の不安そうな顔を見て察したのか、男は店の奥から長剣を持ってきた。

「届くまでは、この剣を使うといい。試作品だが切れ味は抜群だ。何を斬るつもりかは知らんがね、カッカッカ!」

 陽気に笑いながら男はモナークに試作の剣を渡した。

「へぇ、こっちのが丈夫そうね。えーと……」
「私はブダクド。王都のどこに届ければ()いのかな」

 そう言ってブダクドは獣の皮を広げ、その上に彫刻刀のようなものを置いた。宛先を書けということらしい。
 (しげる)とモナークは目を見合わせて互いに戸惑う。そこでリエムがペン代わりの小刀を手に取り、ササッと字を書いた。なるほど、この世界では字を右から左へ書き進めるらしい。

「レミルガム城へ届けてくれ。おれに渡すよう書いておいた」
「……リエム? 聞いたことがあるような、ないような」
「どこにでもいる名だ。気にするんじゃない」

 いっそのこと、皇子(おうじ)宛てと書いてくれた(ほう)が丁寧に運ばれそうだ。それはまあいいとして、他にも()きたいことがある。
 (しげる)(さや)から抜けない日本刀を下ろし、カウンターに置いた。

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